伊武はベンチから、コートで森と打ち合う桜井を見つめていた。
 伊武と桜井は恋人同士で、2人の関係は体を重ね合うまでに至っていた。


 桜井が愛しくて堪らなかった。
 愛しくて、愛しくて、愛しくて
 もう彼無しでは生きていく自信さえ無いかもしれない。


 ずっと側にいて欲しい
 ずっと俺を愛して欲しい。


 俺だけを見ていて欲しい。


 この想いを
 どうしたら君はわかってくれるんだろうか。
 どうすれば君は受け入れてくれるんだろうか。



愛が止まらない



 部活を終えて着替える桜井に、ジャージ姿のままで伊武は歩み寄る。
「なに?」
 伊武に気がついて、桜井は彼の方を向く。


 さらっ。
 手を伸ばし、桜井の耳の後ろに髪をかけた。


「そ……………そう。わかった」
 赤くなる顔を上着で隠し、小さく頷く。隠し切れない赤い耳がチラリと目に入る。
 頷いたのを確認すると、伊武はそのまま自分のロッカーの前へ戻って着替え始めた。


 耳の後ろへ髪をかけたら、
 それはセックスしようというサイン。
 2人だけの秘密の約束だった。


 桜井は着替えを終えるなり、まだ着替え中の伊武の背中をつねって
 “皆がいる所であんな事をするな”と怒りを示す。
「ごめん」
 伊武はぼそぼそと、この後の待ち合わせ場所を桜井に耳打ちした。
 彼はいつも一緒に帰るメンバーに断りを入れて、その場所へと向う。








 体育倉庫室の内側のドアに寄りかかって、桜井は伊武を待った。
 倉庫の中は埃っぽくて暗い。使用用途の少ない用具には黒い汚れがついていた。天井近くにある小さな窓から注ぐ外の明かりに、埃が見え隠れする。


 もうちょっと清潔な所が良いよ。
 でも伊武がここでしたいと言うなら仕方ない。


 顔の前を手でパタパタと振りながら、折り畳まれて重ねられたマットの上に腰掛けた。




 ガララララ……
 丁度その時に、伊武が体育倉庫のドアをスライドさせて中へ入ってくる。


「わっ」
 驚いた桜井は体が後ろへ傾いて、マットに背中がついてしまう。
 誘っているかのような格好になってしまい、顔が火のように熱くなる。
「何やってんの?」
 目をパチクリさせて、伊武は桜井のいるマットの側に荷物を下ろした。
「べ、別に……………座っていただけなんだけど」
 体を起こし、赤くなった顔をパタパタと扇ぐ。
「そう」
 伊武も隣に腰掛ける。




「ん……………」
 そのまま伊武にキスをされ、桜井の口から息が漏れた。


 口を割って進入して来た舌を、同じように舌で絡める。
 手を首に回し、体を密着させる。布擦れの音が、耳の横で騒いだ。


 伊武が桜井の足の間に片足を割り込ませる。動こうと体を横へずらすと


 ばさばさばさっ
 マットが崩れ、ずり落ちたマットと共に、2人は床へ着地する。体も自然と離れた。


「………………」
 ぽかんと口を開ける伊武に、笑おうとした桜井の表情が静止する。
 2人の下に敷かれたマットに手をつき、伊武が身を乗り出して、擦り寄るように彼の肩に顔を埋めた。


「伊武?」


「お願いがあるんだけど…」
 低くて小さい、やっと聞き取れる声。


「今日は全部、俺に任せてくれない?」


「任せる?」
 良く意味がわからない。


「そう、全部」


「………………」
 やはり意味がわからない。


 けれど、伊武の頼みには出来るだけ答えてやりたい。


「良いよ」
 桜井はすぐ横にある伊武の髪に口を寄せた。




 ねえ、誰よりも桜井が好きだよ。




 声というより音に近い、吐息のように伊武は囁く。




 桜井から顔を離した伊武は、マット横に置いてあったスポーツバックの中から、スポーツ用の長めのタオルを取り出した。
「ちょっと背中向いて」
 言われるままに、桜井は背中を向く。


「えっ……………」
 困惑した表情で首を曲げ、後ろにいる伊武を見た。


「なに、やってんだ」


「手首を縛ってる」


 桜井の両手首はタオルで巻かれていた。


「嫌だよこんなの、やめてくれ」


「怖くないよ。ほら」


 するっ。
 裾を掴んで引っ張るだけで、手首を拘束していたそれは、いとも簡単に解ける。


「すぐ解けるようになっているから、大丈夫だよ」
 そしてまた結びつけた。


「縛られて痛い?」
「え………いや、別に」
 違和感はあるものの、痛くは無いかもしれない。


「無理に動かさなければ、痕も付かないと思うよ」
「……………う、うん」
 旨いように説明され、つい納得してしまう。




「大丈夫だから」
 桜井の肩を押さえ、崩れかけの折り畳まれたマットの山に、彼を寄り掛からせる。マットに拘束された手が触れた時、ビクっと体が震えた。
「痛かったら、怖くなったら、すぐ声に出してね」
 伊武は優しく桜井の頬を手で撫でて、安心させようとする。
 まだ恐怖が拭いきれない表情で、桜井は無言で頷いた。


 2人座ったまま、しばらく見詰め合うと
 伊武は視線を動かして、桜井の体全体を眺め始めた。


「な、なんだよ」
 怪訝そうに桜井は口を開く。


「桜井の体ってさ、エッチだよね」
「は?」


 舐めるように、体の一箇所一箇所を見つめられ、羞恥心が体の奥底から湧き上がる。


「ジロジロ見んな」
 後ろへ下がる事も出来ず、身を捩じらせた。


「もっと良く見せて」
 伊武は桜井の足の間に体を滑り込ませ、閉じられないようにする。
「やだ…………」
 桜井は伊武の視線を逃れようと俯いた。
 ただ見られているだけなのに、体全体が熱くなっていく。
 顔も耳も首も全てが赤い。
 白い制服のシャツ越しに、火照った体が見透かされているかもしれない。
 ふと過ぎったそんな考えが、余計に熱を煮え立たせていく。


「その体見てると、興奮するんだ」


 くいっと、顎に手を当てて顔を上げさせた。
 目を合わせられると、射抜かれたように逸らせなくなる。


「その表情も、潤んだ瞳も、興奮するよ」


 愛しい人だけに見せる柔らかな笑顔で伊武は微笑み、桜井の唇に自分の口を押し付けた。
 口付けたまま、シャツのボタンとボタンの間に手を入れ、そのまま下ろす。


 パチッ
 パチッ
 パチッ


 魔法のようにボタンは綺麗にはずされ、胸が肌蹴た。外気に晒され、寒く感じるはずの肌は熱いままだった。
 口付けを終え、伊武の手の平が桜井の胸に触れる。僅かに浮かんだ汗が吸い付ける役割を果たす。
 5本の指が艶めかしく動き、肌の上を這っていく。


「………ん………ぅ…………うん…………」
 まだ触れられているだけの段階なのに、徐々に息が乱れていった。


 敏感な場所は、すれすれの所で避けられているはずなのに。


「は………っ」
 伊武の舌が肌を舐める。冷やりとした感触と唾液の滑りに、吐息のような声が響く。


 ちゅっ
 ちゅっ
 ちゅっ


 わざと音が出るように、胸に細かく何度も口付けをされる。
 やはり敏感な箇所は外されていた。


「あ…………はっ………………くぁっ…………」
 手が動かせないので、身を捩じらせて桜井は快感を訴えた。
 どうしてこんなに感じるのか、乱れるのかわからない。
 ああ、ただ今は歓喜に浸っていたかった。




「桜井」
 伊武は口を離し、上目遣いに桜井の顔を見上げる。
「まだ桜井の好きな所はどこも触れていないのに、どうしてそんなに感じているの?」
「…………わかんねえよ………」
「触れられるだけで感じるなんて、いやらしい体だね」
「…………っ………」


 またいやらしいと言われ、体の奥底の熱が蓄積されるのを感じた。


「………………」
 じっと伊武に見つめられ、見透かされているような羞恥に身を焦がす。


 カチャッ
 ベルトのバックルに手をかけ、伊武は桜井のズボンを下着ごと下ろした。


 薄暗い中で衣服によって隠され、伊武にも知られる事のない中、ずっと内で熱を貯めていたものが暴かれる。それは正直に伊武を求め、その行為に快感を示していた。
 触れられるかと思えば、伊武の手は通り過ぎて下肢に行ってしまう。


 どうしようもなく感じるのに。
 それはそれで気持ちが良いのに。
 一言で言ってしまうなら、あれしかないだろう。




 じれったい。




「伊武」
「なに?」
「どうして、どうして…………触ってくれないんだ?」
 裏返るのも忘れ、桜井は不満を訴える。


「おねだり?」


「え……………」
 そうだ。
 俺は、伊武に触れて欲しい場所に触れて欲しいと、要求している。


「俺にどうして欲しいの?」


 伊武は意地悪な笑みを見せた。


「ちゃんと、言葉で言ってくれないとわからない」
 顔を近付け、鼻の頭をくっつける。


「伊武の知ってる…………俺の体が……気持ち良いって感じる場所に………触れてくれよ………………」
 途切れ途切れに、震える声でお願いをした。
 もうこの熱を早く解放してくれないと、どうにかなってしまいそうだった。
「わかった」
 伊武は桜井の額に小さく口付ける。




「あっ!」
 噛み付くように胸の突起を口に含まれ、掠れたような高い声を上げた。
 伊武の手は桜井の感じる場所をピンポイントに押さえていく。留めようのない快感が一気に溢れ出し、血潮を騒がせ、体が弓なりに反った。生理的な涙がポロポロと頬を伝う。
 もう寄り掛かるのすらやっとで、桜井は体を動かして、床のマットに身を倒す。その上に圧し掛かるように伊武が乗りかかる。再び足の間に体を割り込まれた為、涙を零す秘められた部分を閉じて隠す事が出来ず、大きく開かれた状態になってしまう。
「今日の桜井は泣き虫だね」
 また恥ずかしい言葉をかけられる。


 ひっく。
 ひっく。


 反論せず、桜井は涙を流し続けた。


 ひっく。
 ひっく。


 伊武の顔が曇る。


「もう………嫌だ………」


「どうして…………そんな事ばっかり言…………」




「愛しているから」
 一言、ぽつりと言う。




「……………………………」
 誰もが口にしたことがあるその言葉。
 君が言うだけで、一瞬にして絆されてしまう。


 今日は、お前に任せるんだった。




 伊武は鞄からローションを取り出して、トロトロと手の平に零し、指を絡ませる。
「入れるよ」


「うぁ………」
 力を抜いたすぐ瞬間に、伊武の指が桜井の双丘の狭間に入り込み、最奥へと侵入していく。


「ああ…………………」
 桜井の体が震える。




 静まり返った倉庫に、吐息と水音だけが響いた。
 2人だけの閉鎖された空間。まるで2人だけの世界みたいだった。
 君を焦らしたら、君は俺を求めるしかない。


 それが一時的な、儚い仮想だとしても。
 俺は君が欲しい。所有しているという実感が欲しい。


 そんな歪んだ欲望を、君に受け入れてもらおうとしている狂った俺を。
 どうかこの愛で、許して貰えはしないだろうか。


 愛しているんだよ。誰よりも。




「桜井の中……絡みついてくる」
 指を抜き差ししながら、伊武が呟く。


「感じているの?こんな所に指を入れられて」


「なっ…………………」
 力が抜けきっていて、何も言う事が出来ない。


 伊武は入れる指を一本増やし、抜き差しするスピードを上げた。内壁を掻くように擦る。
 水音は卑猥な音へと化して、より情欲を掻き立てていく。


「あ!ああ……ああああ……やぁっ……!」
 体がバラバラになるような快感に、桜井は堪らず悲鳴のような声を上げた。


「桜井、今何本飲み込んでいると思う?」
 スローペースに戻して、嬉しそうに伊武は問う。
「………………………に…………だろ……?」
「3本」
 感じやすい場所を一気に突き上げて、一気に引き抜いた。
「ひぁっ!」
 意識が飛びかける。




「そろそろ良い?」
 桜井が項垂れるように頷く。
 伊武は自身を取り出し、避妊具を装着した。そしてローションをたっぷりと付けて、最奥に押し当てる。


 ゆっくりと桜井の中へ押し入れていく。


「くっ…………うう………………う………」
 焼かれるように熱く、圧倒的な力に、声が続かず枯れてしまう。
 支える手の自由が利かないので、頬を擦り付けるように体を支えようとする。
「動くよ」
 伊武は前へ回り込んで、桜井を抱きすくめる。彼に足を絡めさせて、固定させた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
 伊武は激しく揺り動かし、桜井は肩口に顔を埋めて息を乱す。


 本当は優しく押し上げるつもりだった。


 けれど、どうにもこの衝動を抑えきれない。
 あくまで桜井を興奮させる為に行った焦らす行為は、自分自身までも興奮させてしまったようで。
 激しく、過激に、誰よりも愛しい目の前の恋人を、めちゃくちゃにしてしまいたい欲望に支配されてしまった。


「い、伊武、俺、もう駄目…っ、ぐちゃぐちゃになりそうっ!ああ、す、すごっ」
「桜井の中が、熱くて…キツくてっ……も………限界…!一緒に行こう!」


 ぎゅうっと、深い抱擁をして、2人同時に欲望を弾けさせた。








「気持ち良かった?」
 体を離し、伊武は汗で張り付いた髪を横に分けた。


 するり。
 ずっと拘束していたモノを解き、やっと桜井の手は解放される。


 激しく動いたせいで、くっきりとその両手首には痛々しい痕が残ってしまった。
 こうなるから、あれほど優しくしようと思っていたのに。


「すんまそん………」
 泣きそうな顔で、伊武は桜井の両手を労わる様に包み込んだ。


「すぐ治るよ、こんなもん」
 桜井は優しく微笑む。


 最初は怖くて仕方がなかったが、終わってしまうとおかしくて笑ってしまう。


「なんか、すっげー興奮しちゃった。危ねー!」
 胸を押さえ、驚いた振りをする。
「あ、俺も…………」
 ぽそっと伊武も呟く。


「次、何しようか。目隠しとか?」
「え?桜井本気?」
「伊武なら良いよ」
「…………実は丁度良い目隠し用の布があるんだけど………」
「は!?ちょっ、待って、やっぱ無理………!」
「嘘だよ」
「…………………」


 しばらく見詰め合った後、吹き出すように2人で笑って、抱き締め合った。
 今、俺たちの瞳には最愛の人しか映っていない。
 止め処無く愛が溢れる。愛が止まらない。







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