君の心は、何処にあるの?



それは炎のように



 誰の視線もこちらの方を向いていない時、春の風のように温かくも荒々しく、伊武は桜井の頬に顔を寄せて来る。それは愛の更新のように、顔を合わせればしてくる事であった。
 3つ数えるうちに、他の視線が向かないのならば、その緩やかで深く刻まれた形の良い唇を、押し付けてくる。




 1つ。
 2つ。




「ん………うん………」
 桜井は言葉を濁して、伊武の口付けを避ける。
 逃しまいと、手首を掴んだ。
「ほら、部活中だぞ………」
 やんわりとたしなめると、掴む手が緩んだ。




「なに、安心した顔してんの………?」
 去っていく桜井の背に向かって言う呟きは、彼の耳には届かなかった。




 優しい声が、大好きな声が、チクリと痛んだ。
 自分と彼の間に、何かを感じた。




「なんなんだよコレ……………」
 胸が苦しい。ムカムカする。
 部活を終え、着替え終わったロッカーに寄り掛かるように、拳をくっつけた。








 昼休み、人気の無いプール更衣室で、何か木製の物が軋む音がする。中では伊武が伸しかかる様に、桜井の体を押さえつけていた。古い木の床が、ギシギシと音を立てる。白くしなやかな腕からは想像できない程の圧力であった。
「いてーよ、伊武」
「桜井が逃げようとするからだよ」
「逃げないから」
 桜井がそういうと、伊武はすぐに彼の上から降りる。軽く咳き込んで、桜井は身を起こす。顔を上げるより早く、伊武は彼の顎を押さえ、吸うように頬に口付けた。
「ねえしようよ」
「え……………………あ………うん………」
 困惑するように瞳を動かした後、伊武の目を見て桜井は頷く。




 もしもこの時、桜井が断ってしまったら、とても酷い事をしてしまったかもしれない。
 そんな事が脳裏を過ぎり、伊武は掻き消そうと頭を振った。




 季節は夏。しかしこの年の不動峰中のプールは使用禁止となっており、更衣室は全く使われていなかった。換気の悪いこの部屋はさながらサウナのように蒸し暑く、いるだけで汗ばんだ。体を寄せ合えば、汗が滴になって流れ出す。




「…………は…………………」
 くぐもった息が、桜井の口から吐かれる。
 伊武の舌は歯茎を舐め、それを割って中の舌と絡み合わせる。飲み込めない2人分の唾液が、グッと喉の方へ沈んだ。口内を犯した後は、眼球を舐める。
 生理的に流れた涙を掬うように舐めあげ、頬から首筋、そして制服のシャツを捲し上げられて、さらされた背中を、線を描くように口付けを落としていく。桜井が身を振るわせるのを喜ぶように、もう一往復させた。
「ねえ桜井、気持ち良い?」
「ふぅ……っ……………んっ…………」




 後ろから抱き締めるように桜井の体を固定して、壁に寄り掛かる。汗で張り付いたシャツの間から手を滑り込ませ、指で胸の突起を転がせた。耳の窪みをなぞるように舌を這わせ、奥の方を先で突く。
「気持ち良い?」
「…………う……ん……………」
 息を乱す桜井の体は火照って熱くなっている。転がす度に、ひくひくと身を動かした。
「だよね。桜井はいじられるの、好きだもんね」
 伊武が肩口に顔を埋めると、漆黒の艶やかな髪が、こぼれる様に流れる。




 埃で曇っている窓から差し込む夏の日差しが、伊武と桜井の白い肌とシャツに反射して、色が溶け込む。
 シャツの中から覗かせた白魚のような伊武の指が、桜井のズボンのベルトのバックルに手をかけて、緩められた中に入っていく。
「温かい………足の付け根、温かいね」
 指が自身に触れると、僅かに震えた。その震えを、伊武が見逃すはずもない。
「今、ビクってした。固くなってる」
 くすくすと笑う。そんな伊武のもう片方の手を取り、桜井は軽くくわえてみせる。伊武に良く見えるように、艶かしく唇から赤い舌をチラつかせ、舐めあげた。
「伊武の、とっくに当たってるぞ」
 ゆっくりと一本一本、丁寧に舐めていく様を、自身と連想させるように口で愛撫する。
 桜井の舌の動きを追いながら、伊武は手足を併用させて自分と桜井のズボンを下着ごと下ろした。
「こんなになってる。ほら」
 伊武は桜井自身を手で包んで上下させ、桜井に見せようとする。
「や、やめろって」
 火照った顔をさらに赤くして恥らった。
「可愛いね、興奮してる?気持ち良い?」
「………ふぁ…」
 自身が涙を零し始め、桜井は気持ち良さそうに身を捩じらせる。
「……は………どうし……て、そんなに聞くん…………だ……………」
「……どうして………かな……」
 ツーっと蜜を絡めた指で自身をなぞった。




 桜井の心がここにあるように。
 今抱いているこの体が桜井である事を確かめるように。
 何度も問いかけてしまう。




「ねえ桜井、いつもどんな風にしてる?」
「………え……?」
「俺に見せてよ」
「嫌に決まってるだろ………!」
 伊武は桜井の手を上に重ねて、自身を包ませた。
「……や……………やだって………や……」
 ぽろぽろ涙を零して足を閉じようとするが、湧き上がる快感に腰を動かしてしまう。
「腰振るの、まだ早いよ」
 伊武は企んだ笑みを見せて、手を早める。水音が大きくなった。
「…そんなに動かさないで………うぁ…………」
 蹲るように、桜井は達してしまう。




「桜井、良いかな?」
 耳元で問いかける伊武に、うなだれるように頷く。
 放たれたモノで濡れた手の上から、横に置いてあったローションを流して絡めた。
「力抜いてね」
 指で押し当てるように触れた最奥は、自身から伝わった蜜で、緩んでいた。
 馴染ませてやりながら、桜井の髪をすくように撫でる。桜井はくすぐったそうに、喉で笑う。力を抜けきっているせいか、簡単に指の本数を増やしていける。
「うん…………可愛いよ………良い子だね………桜井………」
「……………ん………………」
「……………………大好きだよ…………桜井…………大好きなんだよ…………」
 心なしか、伊武の声が震えているように聞こえた。




 指を抜いて、避妊具を付けた伊武自身にローションを流し、桜井を仰向きにさせて中に押し込んでいく。
「………あ………あ………あ………」
 声にならない声をあげ、涙で濡れた瞳は伊武だけを映していた。
「もっと、顔を見せて………」
 額に張り付いた前髪を避け、伊武は優しく口付ける。
「…………すげ…………あっついわ……………」
 根元まで呑み込ませると、体を揺らした。
「………あっ………!………………そんなに動かすなよ………」
「んっ……キツいんだよ………………」
 押し付けるように、伊武が重心をかけると、呻くように桜井も腰を揺らし始めた。
「…………ぅ……んあ…………っ………はぁ………」
「ん………はっ………はっ…………あ……」
 床がギシギシと軋み、卑猥な水音と乱れて絡まる息に包まれる部屋の中で、遠い虫の鳴き声と、生徒達の声が聞こえた気がした。




「………く……ぅ…………」
 伊武の目から零れた涙を、擦り寄るように桜井が口付けで拭う。
「…………桜井…………締めてくれない…………?」
「…………んんっ………………」
 桜井は締めようとするが、意識がバラついて思うように力が入らない。
「…………ほら、もうちょっと…………」
「……ん………伊武………」
「そ…………!……桜井っ…………桜井っ…………」
 ゴンッ。
 ぶつけるように、伊武は激しく突いた。
「ねえ桜井………………知ってる………?」
 手を休めずに、伊武は問いかける。
「………んぁ……………?」
「オスってのはさあ……子孫を残す為にメスと交尾するんだけど……そのままコロッとイッちゃうのもあるんだよ………」
「………は……ぁ…………」
「………セックスってのはオスにとって一世一代の事なのかもね………俺はね、桜井」




 いつも死ぬ気で君を抱いてる




 伊武が何を言ったのか、最後の部分は桜井には上手く聞こえなかった。
 桜井の腰を引き上げて、足を抱くように抱えた。
「…………は…………ぁ………」
 身を震わせて、伊武は欲望を放つ。




「はぁ、はぁ…………はぁ……」
「……はぁ……はぁ……はぁ」
 自身を引き抜いて、桜井を抱き締めた。肌蹴た胸と胸が合わさり、汗をかいているせいか、貼り付く感じがする。




 このまま、一つになれたら良いのに。
 そう思って頬をくっつけようとした時、顎を伝った一筋の汗は首を通り、胸の隙間へ流れていった。
 決して、一つにはなれないと教えるように。




「…………ふ………ぅっ…………ぅ……」
 強く瞑った目の横から、涙が零れ落ちた。閉じられた口から、こらえきれなかった声が漏れた。




 いっそ、このまま死んでしまえば良いのに。
 そうしたら、この胸の痞えも、いくら抱いても満たされない想いも、引き摺ることは無いのに。
 一時的な快楽を得ただけで、何も解決にはなっていなかった。




 ねえ、君の心は何処にあるの?




 疑いを吐き出せたら良いのに、冷静でいられる広い心があればいいのに、
 嫉妬で体が燃えてしまいそうだった。







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