どうすれば、伝わるんだろう。
伝えたいこと
それは偶然だった。
放課後、一番乗りで部室へ入った神尾と伊武がロッカーからある物を見つけた事から始まった。
「……………グラビア誌?」
表紙をまじまじと見つめながら、神尾が首を傾げる。
昔、自分達をいじめた憎たらしい先輩の誰かが残して行ったモノだろう。
「……………」
伊武は雑誌を手に取り、パラパラとページをめくった。
「!!!!!」
普段無表情の伊武もさすがにこれはギョッとする。
「え?何?どうした深司?」
神尾は伊武の後ろに周り、本の内容を覗く。
「うわっ!!!モロにエロ雑誌じゃんっ!!!」
顔を真っ赤にして手で覆う。
グラビア誌と思ってめくってみたが、実際はかなりハードな成人向け雑誌であった。
もはや過激すぎて、グロテスクな内容である。
「ああでも何でこんな可愛い娘が…………」
神尾は指の隙間から、雑誌を盗み見る。
「俺、気持ち悪くなった…………神尾、パス」
伊武は雑誌を神尾に渡そうとするが
「この娘、外国人じゃん。深司、好きって言ってたろ?」
彼は伊武を無視して股を広げている金髪の女性を指差し、キャッキャと笑う。もはや神尾は羞恥心より好奇心の方が勝ってしまったようだ。
ギィ………………
鈍い音を立ててドアが開く。石田と桜井が入って来た。
「あれ?お前ら何見てんの?」
2人は近寄って、伊武の持つ雑誌を覗く。彼は金髪の女性のページを開いたまま、閉じられないでいた。
「すっげぇエロエロじゃん」
石田は"なあ桜井?"と桜井の方を向く。
「え……………………………うん」
桜井はどことなく嫌そうな表情をしていた。
それもそのはず。伊武と桜井は仲間には内緒で付き合っており、恋人が女の雑誌を見ていたのなら快く思わないのは当然である。それが成人向き雑誌だったのなら尚の事だ。同姓で付き合っているのなら、雑誌に載っているような行為が出来るわけ無く、不安にもなってくる。
「もうこれ閉じたいんだけど…………」
「深司って外国人が好みなんだぜ♪」
またもや伊武を無視して神尾がはしゃぐ。
外国人が好み
そんなの、知らなかった。
桜井は静かにショックを受ける。
好みのタイプなどは、友達に打ち明けても恋人には進んで打ち明けないものだし、しかも付き合って間もないのだから、当然の事といえば当然の事だが、傷付いた。
「伊武って外国人好きだったんだ」
あはは、と桜井は笑う。
その表情を見て、石田は密かにマズイと感じる。神尾は鈍いから仕方ないが、石田は伊武と桜井の関係に感付き始めていたからだ。友人だからわかる。桜井は普段明るく、気さくに色々と話す性格だが、肝心の事になると途端に黙り込み、溜め込む性格だった。
偶然は、重なるものだった。
先ほどまで騒いでいた元凶の雑誌は、橘に見つかる前に中身が見えぬよう袋に包んでゴミ箱へ放り込んだ。黙々とテニスウェアに着替えていたが、偶然伊武のロッカーから教科書がバサバサと床に落ちた。持って帰るのが面倒でずっと置いてあった罰であろう。支えていた金具が見事に折れ曲がっている。
「あらら」
伊武は無表情で教科書を拾う。
「深司は教科書置き過ぎなんだよ」
カラカラ笑いながら、隣にいた神尾は拾うのを手伝ってやる。
カツッ。
神尾が拾った教科書から一通の手紙が床に落ち、角に当たって音を出す。
「おわ―――――――――――――――ッ!!!これラブレター!!!?」
神尾の絶叫に、不動峰メンバーがガバッと伊武に注目する。
またコイツ余計な真似を………………と伊武は思う。
「すげっ!すげっ!実物初めて見るよ!」
手紙はヨレヨレに波打っていた。随分大昔に貰ったものであろう事が一目でわかる。
「これ、何の手紙だよ。知らなかった」
手紙を拾い、伊武は呟く。彼の言うとおり、手紙には開けられた形跡がない。
その場で開けて、内容を読む。
………………………………………………。
伊武は体の体温が下がっていくのを感じた。
マズイ。
ヤバイ。
しまった。
参った。
困った。
調子の悪い単語が頭の中をグルグルと回る。
手紙は神尾の予測したとおり、ラブレターであった。
しかも差出人は…………………
「これ……………………俺のクラスの奴じゃん」
いつの間にか手紙を盗み読みしていた内村が言う。
それ以上言うな
それ以上言うな
伊武の無言の念も空しく
「確か………………
ハーフだよなぁ」
内村は続きを喋ってしまう。
「やったじゃん深司!!純血とは言わないが外国人だぜ!!今からでも遅くない!!返事しちゃえ!!」
神尾は伊武の肩を掴んでガクガクと揺らす。
「いや…………その……………………」
混乱して言い訳の言葉が思いつかない。
「ああこの娘って、いつもフェンスの外で練習見てるよね。伊武の事、まだ好きなんじゃない?」
内村の横で森がクスクスと笑う。
どいつもこいつも、俺に恨みでもあんのかよ。
心の中で伊武は悪態をつく。
ふと横目で桜井を見る。
彼はただニコニコと笑っていた。
着替えを終え部室を出る時、すれ違い様に伊武は桜井に
「誤解しないで」
と小声で言うが、やはり桜井は微笑み返すだけであった。
伊武は、手紙の差出人が誰かわかっているみたいだった。
チクリと、桜井の胸に痛みが走る。
そんな事より、今は練習に集中しよう。
桜井は顔を上げる。
桜井は石田とペアを組み、神尾&伊武ペアと練習試合をしていた。
森の言葉が引っ掛かり、視線がフェンスの方へ行ってしまう。
伊武にラブレターを渡した娘は、応援に来ているんだろうか。
その娘は、伊武の好みの子なんだろう?
可愛かったらどうしよう。
スタイルが良かったらどうしよう。
頭が良かったらどうしよう。
歌が上手かったらどうしよう。
優しかったらどうしよう。
伊武が好きになったらどうしよう。
伊武を見ないで。
伊武を好きにならないで。
伊武を取らないで。
女の子には敵わない。
お願いだから、伊武を取らないで。
どんどん気持ちが沈んでいく。
不安で胸が締め付けられる。
なんだかクラクラする。
視界もブレる。
「桜井!」
石田の呼ぶ声が聞こえる。
「え?」
桜井が反応した時には既に遅く、ボールが彼の頭を直撃した。
当たり所が悪く、脳震盪を起こして意識を失う。
気がつくと、視線の先には真っ白な天井がある。
息を吸うと独特な匂いがした。きっと保健室だろう。
「桜井?」
ベッド横の椅子に座っていた伊武が身を起こし、桜井の顔を覗き込む。
彼が意識を取り戻したのを確認すると、再び椅子に腰掛ける。
「ごめん。ボール当てたの、俺」
「そう」
「ごめん。考え事していたら、ついやっちゃって」
「そう」
桜井は伊武のいる方向の反対側に寝返りを打つ。
「みんなは?」
「練習してる」
伊武は“加害者だから”と言い張って保健室に残った。去り際に石田に肩を掴まれて“桜井を傷付けたら許さない”と言われた。その言葉にボールを当てた以外の内容も含まれていたのも、当然わかっている。
「俺も考え事していたから、伊武だけが悪いわけじゃない」
ぼそっと言う。
「考え事をさせたのは、俺が」
「自惚れてんじゃねぇよ」
伊武の言葉を遮り、先程よりもはっきりした声で言う。
「俺、もう行くわ」
乱暴に蒲団を払い、桜井は上半身を起こす。
「桜井」
伊武は椅子を引いて桜井の真横につく。
「ごめん」
桜井の肩に手をそえ、自分の方へ向き直らせる。
「ごめん」
桜井の目を真っ直ぐと見つめ、もう一度謝る。
「謝るなよ」
「雑誌、すぐ捨てれば良かった。手紙も、読まずに捨てれば良かった」
「何を」
「怒って良いよ。怒られて当然だ」
ぱしっ。
桜井は肩に置かれた伊武の手を払った。
「俺は妬いてなんかねえよ」
俺は嫉妬なんかしていない。
桜井は自分に言い聞かせながら、軽く息を吸って伊武に言い放った。
「俺は男なんだから、女みたいな嫉妬するわけねえだろ!」
しん…………………と、静まり返る。
伊武はキレ長の目を丸くして驚いていた。
沈黙の中、桜井はぽつりぽつりと話し出す。
「女に…………嫉妬してたら、キリ無いだろ。
あんな…………雑誌に載っていた事なんて、体の構造からして無理だろ。
気持ち良いみたいだけどさ…………俺にはそんな事、してあげられないし。
して欲しいって言われても、困っちまうよ」
キュッというシーツを握り締める音がした。
「神尾みたいに、伊武の好みとか知らないし………………
俺、足りないものばかりだ………………………………………」
桜井は膝を抱えて顔を伏せる。
「桜井が、好きだよ」
伊武の声に、桜井は顔を上げた。
「桜井が、好きだよ」
もう一度、伊武は言う。
「………………」
桜井は伊武を見るが、その瞳は不安そうに揺れる。
伊武はそっと顔を近付け、桜井の左頬に口付けた。
しかし、桜井の表情は変わらない。
右頬にも口付ける。
顔を離し、桜井の顔を覗き込んだ後、目を瞑って彼の唇に口付けをする。
それでも、桜井の表情は変わらない。
どうすれば
どうすれば
桜井の不安を拭えるんだろう
どうすれば
どうすれば
そんな詰まらない事を気にしなくても良いって
そのままの桜井が好きだって
伝わるんだろう
どうすれば、伝わるんだろう
伊武は桜井の体をきつく抱き締める。
きつく、きつく、抱き締める。
桜井の体温を感じる。
桜井の匂いを感じる。
桜井の心音を感じる。
愛しい。
こんなにも愛しいのに。
愛しくて仕方ないのに。
涙がこぼれた。
「泣いてるのか?」
桜井は伊武の体を離し、涙を舐め取った。
だが、伊武の目許は再び涙の珠を作って、頬を伝う。
舐め取ったり、指の腹で拭ったり、口で吸ったりしても、後から後へと涙がこぼれていく。
泣くな。
泣かないでくれよ。
願いを込めて涙を拭う。
伊武は桜井の目許に口付けた。
気がつけば、桜井も泣いていた。
涙をとめどなく流したまま、2人は見詰め合う。
互いの瞳に、涙を流す愛しい人が映る。
「「愛してる」」
声が重なった。
声が重なるなんて、初めての事だった。
すうっと、今までの不安が一気に拭い去られた感覚に襲われる。
なんだか嬉しくて、桜井の漏らした嗚咽が2人きりの保健室に低く響いた。
伊武は桜井の頬を押さえて深く口付け、共にベッドに沈んだ。
いつもとは違うキスに桜井は電流が流されたような痺れを感じた。
「……………っ…………」
角度を変えて、何度も桜井の唇を捕えて離さない伊武。
こんなにも桜井を求めて来たのは初めてだった。
飲み込めない2人の唾液が桜井の顎を伝って流れ落ちる。
心臓が異常な速さで脈打ち、体がどんどん熱くなっていく。
先ほどまで泣いていたせいもあって、呼吸がどうにも上手くいかない。
苦しくて息が出来ない。
一度、体を離して。
伊武の胸を押すが、思うように力が入らない。
伊武の力が強いのもある。
コイツ、こんなに力があったか?
とにかく離さないと窒息して死んでしまう。
桜井は精一杯の力を込めて、伊武の胸をもう一度押す。
「……………っなれろ!!」
2人の体が離れ、ゆっくりと身を起こす。
ぜえ、ぜえ、ぜえ…………
やっと体を離せた桜井は、身を起こし荒い息をしながら呼吸を落ち着かせる。
「苦しかった?」
ちょっと強引すぎたかもしれない…………
背中を擦ってやろうと、伸ばしかけた伊武の手が止まった。
ズリ落ちて、鎖骨が見えているジャージの上着
捲り上がって太股が丸見えのハーフパンツ
そして全身を真っ赤にさせて涙目で荒い息を吐く桜井。
十分過ぎるほど、伊武の欲情をかきたてる。
「桜井………………もう俺、駄目だ」
襲い掛かるように伊武は桜井を押し倒し、組み敷いた。
「いっ、伊武!!?」
裏返るのも忘れて桜井は伊武の名を呼ぶ。
熱っぽい伊武の瞳に、その真剣な表情に、桜井の心臓は跳ね上がる。
「駄目!駄目だ!とにかく、駄目!駄目!駄目!」
桜井は高速で首を横に振った。
体は燃えるように熱く、ガチガチに固まっている。
「俺変だから!なんかおかしいんだ!これ以上なにかされたら、変になる!壊れちゃうから駄目!」
もう何を言っているのか自分でもわからない。
ひたすら混乱する桜井を見下ろしながら、伊武は優しく微笑んだ。
「俺も、凄く変なんだ。でも、桜井となら変になっても、壊れちゃっても良い」
「………………」
桜井はきょとんとした顔で伊武を見上げる。
「大丈夫だよ」
伊武は桜井の首筋に口付けた。桜井の体がびくりと震える。
上着を脱がそうとファスナーを下ろすが、中に着ているシャツに引っ掛かって上手く下がらない為、シャツごとジャージの上着を捲し上げた。
素肌が部屋の空気に晒され、桜井は“ひっ”と声を上げる。
思ったよりも白かった桜井の肢体。伊武は存在を確かめるように、ぺたぺたと手で触れ、撫でたりする。
「く、くすぐったぁ」
堪らず桜井は笑う。
笑うと肺が動く様子がリアルに見えた。
桜色の突起をそうっと摘み、顔を近づけてそれを口に含む。
「うぁ」
耳元で桜井の声が漏れるのが聞こえた。
舌で転がす。
「気持ち悪ぃ…………」
本当に気持ちが悪いのか、それとも照れているのか、桜井が不満を声に出す。
顔を上げ、もう片方の胸の突起に口付ける。
「んっ」
桜井は身を捩じらせたが、逃がしまいと伊武は足を絡めた。
ちゅっ
ちゅっ
水音が聞こえるように、小さく何度も口付ける。
「………っ…………あぁ…………はぁ……………」
桜井の息遣いが荒くなっていく。横目で彼の手を見ると、シーツをギュッと掴んで愛撫に耐えているのが見えた。
さわっ。
桜井が伊武の頭を掴んだ。
桜井は涙目でふるふると首を横に振る。
「嫌だった?」
囁いて、唾液で濡れた突起を指で弄び、桜井の反応を伺う。
桜井は口をパクつかせて、声にならない声で何かを訴えている。
「大丈夫みたいだね」
伊武は意地悪な笑みを浮かべて、突起を甘噛みしながら円を描くように舐め転がし、舌先で突付く。
「……いぶっ」
こくりと、唾を飲み込む音がして桜井が声を発する。
「お前、舐め方…………エロすぎ…………つか、やめろ。今すぐそういう舐め方」
「そういう舐め方?」
強く吸う。
「ふぁ………っ……ああ」
甘い声を出して、桜井はそのまま掴んでいた伊武の頭を抱き締めるように胸に寄せた。
心地良いなぁなんて、幸せに浸っていれば。
「バカっ」
「いて」
げしっ。
桜井は伊武の足に蹴りを入れる。
胸から腹へと口付けを落としながら、伊武は桜井の体を伝って下へと向かう。
桜井はボーっとして、伊武の愛撫を黙って受けていたが
「あ?」
いつの間にか伊武の手は桜井のハーフパンツを掴んでいて
我に返った時には時既に遅く、一気に下着ごとそれをずり下ろされていた。
かああぁあああっ!!
桜井の全身が真っ赤に染まる。
大事な部分を押さえて、桜井は起き上がるが
がしっ
伊武に両肩を押さえられ
ぱたっ
そのままベッドに戻された。
「イブサン……ムリデス…………ヤメテクダサイ」
不安と恐怖のあまり、声に高低が無く棒読み状態となっている。
「大丈夫だから」
伊武は桜井の内股に指を這わす。
「根拠ねぇし」
突っ込む桜井の顔が強張る。
伊武は桜井の手をいとも簡単に退かし、桜井自身をじっと見つめた。
「視姦の趣味は、良くないと思います…………」
口調は落ち着いているが、彼の両手は伊武の胸を押し退けようと頑張っている。
「そうだね」
伊武の手は桜井自身を包み込み、ゆっくり上下に動かす。
「……ぁ…………あっ………………伊武…………」
指で裏筋を刺激させる。
「いっ……………」
桜井の目許からポロポロと涙が零れ落ちた。
桜井自身から溢れた蜜が、伊武の指に絡まって水音を立てる。
「はぁ…………はぁ…………はぁ…………くぁっ…………」
女のような声で桜井は吐息を漏らす。
伊武の行為を止めさせようと、伸ばす桜井の手は弱々しく空を泳ぐ。
「………っ!」
桜井の体が震え、伊武の手が瞬時に濡れた。声も無く彼は達してしまう。
脱力感に襲われながらも、肘を使って桜井は身を起こした。
ムスッとした表情で伊武の顔を見つめたまま、手で乱れた髪を直す。
オールバックだった髪はもはや修復不可である。
全て、夢であって欲しい
けれど、伊武の手についた自分の精と、保健室独特の匂いで、これが現実である事を知らされる。
保健室…………
桜井の顔が、サーっと青くなっていく。
「次に俺も気持ちよくなりたいなぁ。でも桜井かなり怒ってるっぽいし……」
一段落?ついて、伊武はぶつぶつとぼやいている。
「伊武……」
上目遣いで伊武を見上げる。
どきっ。
期待と欲望で満ちる心と、焦るなと静止する心と、伊武の中では双方の大戦争が行われていた。
「どど、どうしよう…………」
桜井はへなへなと伊武の腰にしがみつく。
いきなり!?桜井大胆だなぁ。
伊武は嬉々として桜井を抱き締め、彼の額に口付けようとするが
「おい、やめろって!」
「照れないでよ」
ギリギリギリ……
桜井は伊武の口を押さえ、押し戻そうとする。
保健室での出来事の証拠隠滅よりも、あと5分後に不動峰メンバーが様子を見にこちらへ近付いている事の方がピンチなのだと、彼らは知る由も無かった。
神尾「橘さーん!深司が帰って来ませーん!」
橘「桜井の様子も気になるし、ちょっと様子見に行って見るか!」
石田&内村&森「ウィーッス!!」
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