2人きりしかいない部室で、桜井は伊武に後ろから抱きすくめられた。
その瞬間、昨日の出来事がフラッシュバックされて、桜井の体は硬直する。
「ねえ今日、用があって家族出ちゃっているから、家に誰もいないんだよ」
伊武は淡々と桜井の耳元で囁く。
「良かったら、家においでよ」
下心丸見えな誘い。
「………………………ん」
桜井は小さく返事をした。
夢のつづき
放課後、石田と雑談をしながら帰路を歩いて行くが、頭は伊武の家で行われるであろう事を想像するばかりで、ちっとも話の内容は入って行かない。
「じゃ、俺はここで」
裏返りそうになる声を抑え、張り付いたような笑顔で桜井は石田と別れた。
1人になった後。とぼとぼと、伊武の家へと向かう。
考えてみれば、伊武の家へ行くのは初めてだ。
どこにあるのかは、知ってはいたけれど。
石田の家へは行った事がある。
森の家とか、内村の家とか、神尾の家とか、
橘の家にも行った事がある。けれど、伊武の家へは行った事がない。
神尾はきっと行ったことがあるだろうから、何かしら聞いた方が良かったかもしれない。
ああでも、聞かなくて正解だった。
ボロが出てしまうだろうから。
「……………………………」
“伊武”と書かれた表札のある家の前で、桜井は立ち止まる。
ぽむ。
後ろから肩を叩かれる。
「来てくれたんだ」
振り返れば伊武が立っていた。
何となく、彼だという事がわかっていたから、あまり驚きはしなかった。
恋人の家へ行くのに、別々のルートから来た2人。
考えてみれば、おかしな話だ。
「おいで」
伊武に手を引かれ、桜井は彼の家へと入って行く。
「お邪魔、します…………………」
桜井はおずおずと玄関をくぐる。
家の中は、しんと静まり返っている。
「そうか。家族、出ているんだっけね」
「うん」
「兄弟、いるの?」
「妹2人」
「お兄ちゃんなんだ」
「うん」
手を繋いだまま、伊武は桜井を2階へと連れて行く。
焦っているのか、簡単に桜井の言葉を受け流す。スポーツバックが床に置かれた状態で、持ち直す間もないまま引き摺り、桜井は伊武の後をついていく。
2階の突き当たりの部屋の戸を開ける。
「ここ、俺の部屋」
「へえ」
ぱたっ。
桜井は鞄を持っていた手を緩め、それは床に置かれる。
恋人の部屋を見回そうと、視線を動かそうとした時
ぎゅっ。
桜井は正面から伊武に抱き締められる。
瞬時にして顔に熱が集まった。
腰に手を回されたまま、ベッドへと連れて行かれる。
気分は柔道で帯をつかまれ、技をかけられるまでの間とでも言った所か。
「ま、ま、まっ……」
まった。
早まるな。
展開早ッ!
様々な言葉が頭の中を通過するが、どれも喉が絡まって言う事が出来ない。
ばたっ。
ベッドに押し倒され、2人の体は沈み込む。
伊武は体を起こし、桜井の見下ろす。
桜井は口を硬く閉じて伊武の顔を、視線を逸らさずに見つめる。
「しよ?」
ぼそっと、呟くように伊武は言う。
「う、うう」
そういう目的で誘われ、こうして来たのだから、断るつもりはないのだが、どうもOKのサインを素直に出したくない。
「させてよ」
「い、良いんだけどよ……」
「この体勢で、聞くなよな」
「そうだね」
あっけらかんと答える。
もはや桜井は呆れてしまう。
「もっとさ、ムードを考えてだな」
「だって、したかったんだ」
正直な返答に、桜井は言葉もない。
「桜井の気持ち良さそうな顔、もっと、もっかい、良く見たかったんだ」
「…………」
桜井にとっては昨日の事は、あまり思い出したくなかった。
頬を染め、横を向いて“そうかよ”と小さく呟く。
OKのサインを出した。
ああ、するんだよな、脱ぐんだよな。
桜井は詰襟のボタンに、ゆっくりと手をかける。
ぷちぷちぷち。
伊武は桜井の詰襟のボタンを、次々とはずしていく。
「な、なななな、何を」
混乱する桜井を横目で見た後、伊武は黙々と桜井の服を脱がしていく。
「や、嫌っ、やめっ」
桜井は声を出して拒絶をする。恥ずかしくて、恥ずかしくて仕方がない。昨日はどうにかしていたんだと思う。抵抗して、伊武の体を押し退けようとするが、やや強い力でベッドに押し付けられる。性急に引ん剥かれるように、桜井は全裸にされてしまった。
「やだって、言っているだろ」
シーツに身を摺り寄せて、体を隠そうとする。
「怖がらないでよ」
伊武は桜井の頬に手を当てて、顔を向かせた。
「俺の服、脱がせてみる?」
耳に口を近付け、囁く。
「いいよ」
「じゃ、やってみて」
「嫌だって意味だ」
伊武は桜井の利き手を掴み、自分の胸にくっつけた。
「やってみて」
早鐘のように鳴る伊武の心音を感じる。
「わぁったよ」
投げやりのような返事だが、照れ隠しなのはバレバレだった。
ぷち。
ぷち。
ぷち。
震える手で桜井は、伊武の詰襟の金属ボタンをはずしていく。
そういえば昨日は伊武、服脱いで無かったぞ?
ふと、そんな事が桜井の頭を過ぎる。
伊武の裸など、部室の着替え中とか、プールの時間に上の階からチラッと見た程度な訳で。
桜井の手は完全に停止していた。
「意地悪言ってごめん」
やんわりと桜井の手を下ろさせて、伊武は自分で脱ぎ始める。
緊張で強張っていて“そんなんじゃない”とは言えなかった。
2人の着ていたものをベッドから追い出すと、生まれたままの姿になった伊武は桜井を抱き締めて、もう一度一緒に沈み込んだ。2人を遮るものは何もない、素肌と素肌が合わさる。
噛み付くように伊武は桜井の首筋に口付け、きつく吸い上げた。
「あ」
桜井が声を漏らす。
くちゅっ。
耳の中へ舌を入れ、唾液の絡まる音がダイレクトに伝わる。
「桜井」
伊武が桜井の名を呼ぶ。
「俺をあげるから、桜井を頂戴。全部頂戴」
少し顔を離し、桜井は伊武を正面から見つめる。伊武の体は予想以上に白く、引き締まっていた。それに比べて…と思うと、自分に自信が持てなくなってくる。
「いいのかよ」
ぽつりと言う。
もう何も覆うものがない、体と体、心と心が正面に向き合う。
もう隠す術がない。
強がりも、突っ張りも、ハッタリも、効果がない。
口だけなんだ、何もかも。
弱いんだ、何もかも。
駄目なんだ、何もかも。
そんな事分かりきっているのに、
何もかも、欲しいんだ。
何もかも、伊武の全てが欲しいんだ。
伊武は、俺なんかでいいのかよ。
「俺も伊武が欲しいんだ。でも、い」
続きの言葉を、伊武に口で塞がれる。
「…んっ、………ぅう」
舌と舌を絡め合う。
濡れる音
滑る感触
乱れる吐息
淫猥を五感で味わい、歓喜する。
先日とは、また一つ違っていた。
口を離すと、桜井は自ら伊武の背中に手を回し、彼がしたように首筋をきつく吸い上げた。
シーソーゲームのように、2人口付けをし合う。
感じるところを狙ったり、恥ずかしがるようなところを狙ったり、目立ちそうなところに痕をつけてみたり。
狂ったゲームだった。
「あ…っ、はぁ…………はぁ……は…………」
ゲームは桜井の方が圧倒的に劣勢で、目許からは生理的な涙が零れ落ちる。
その潤んだ瞳で、上気した頬で、息を乱しながら、桜井は伊武を求める。
それ、反則だ。
伊武はクラクラする。
汗ではりつく髪を、簡単に除けながら、同じように涙を零す桜井自身に、そっと手を合わせた。
「や…………恥ずかしいから…………」
逃れようとするが、もう力が抜けきっていて、身を捩じらすぐらいしか出来ない。
「昨日もしたじゃない」
「でも……………」
その後の言葉が続かない。
いやいやと首を横に振った後、哀願するように伊武の瞳を覗き込むが、その瞳はたよりなく揺れる。
「怖がらないで」
伊武は桜井自身を握り込むと、桜井は背を大きく反らした。
桜井の反応を伺うように顔を覗き込みながら、手を動かす。
蜜と指が絡まり、卑猥な音を出し始める。
「ふあっ」
自らが発した女のような声に、桜井は指で口を押さえようとする。
「んぅっ、ふぅっ……」
目を瞑り、唇で指を押さえようとする姿は、とてもいやらしい。余計に伊武の情欲をかきたてる事になる。
くちゅん。
濡れた音が大きくなった。
「っめぇ…!!」
ビクリと体が跳ね、指が離れる。
桜井自身は達して、脈打ちながら熱い精を放つ。
また彼の手の中で達してしまった。
桜井は羞恥に身を返す。
伊武は桜井に覆いかぶさるように身を寄せて
「気持ち良かった?」
意地の悪い笑みを浮かべて問う。
「知らね」
赤くなった目許で、素知らぬ振りをする。
「続けるね」
伊武は桜井の放ったモノで濡れた指を、最奥に触れた。
「え………伊武?」
普段自分ですら触れたことのない秘められた場所に触れられ、困惑と羞恥に、桜井の体が強張る。
「力、抜いて」
円を描く。
「そんなトコは」
「全部頂戴って言ったでしょ」
桜井の言葉を遮り、やや強めて言う。
「……………」
桜井は体の力を抜いて、伊武の侵入を受け入れようとする。
伊武の指が入った。
「痛て」
異物感と違和感に、桜井の体は拒む。
「力、抜いて」
「う、うん」
もう一度力を抜く。
「ん」
伊武の指は桜井を暴いていく。
「どう?」
「うん………」
桜井は肌を震わせながら、肯定とも否定とも取り辛い曖昧な返事をする。
気持ちが悪い。
だが、痛くは無いかもしれない。
自身ははしたなくも、再び蜜を零し始めている。
弄られ、そこが馴染んで行くのもわかる。
「桜井」
伊武は含ませた指を抜くと、自分の欲望を押し当てた。
そこにはいつの間にか、避妊具が付けられていた。
「お前、いつの間に…」
伊武の用意周到さに、思わず桜井は声をあげる。
「そうしないと、大変な事になるし」
「そうなんだけど、その」
桜井は口ごもる。無意識のうちに時間稼ぎをして、躊躇してしまう。
「力、抜いて」
普段のぼそぼそとした声ではない、しっかりとした声で言う。
指とは容量も熱も力も違うものを、桜井の中へと押し入れる。
「った!!い!!」
痛い。
痛くて痛くて堪らない。
口調は落ち着いていたが、伊武はかなり焦っていた。もう少し馴染ませた方が良かった。
「…はっ、はっ……大丈夫?」
「んっ…大丈夫」
喉に絡まる声で、痛みに耐えながら桜井は薄く笑ってみせる。
伊武にも気持ち良くなって欲しくて、我慢をした。
伊武は腰を抱えて、さらに奥まで押し当てる。
「あ、あ、あ、ああ…」
意識がバラつく。
途中からスムーズになったかもしれない。
ひょっとして、切れた?
しかし痛みは快楽へと変わっていく。
もう、どうでも良かった。
伊武に愛され、求められ、体は快感に溶けていく。
「はあっ、あ、あっ、あ、はあ、あ」
シーツを引っ掻くように掴む手の甲に、目許から溢れる涙を擦り付けた。
「あ、あ、伊武っ、あ」
「桜井っ」
深く突き上げられ、桜井の神経が焼き切れそうに、頭の中が真っ白になる。
同時に締め付けられ、伊武の欲望も弾けてしまう。
2人並んで同じ蒲団で寝転びながら、余韻を楽しんでいた。
「桜井。痛くなかった?」
伊武は桜井の髪をやんわりと撫でながら、心配そうに覗き込む。
「ん〜、痛かったかもな」
くすぐったそうに頬を染めながら、桜井は正直に言う。
「薬塗ってあげるよ」
「そんくらい自分で塗るって」
「心配だし」
伊武は瞳をきょろりと動かす。
「治った所確認しないと、次出来ないとか考えているんだろ」
「あ、わかった?」
ばさっ。
桜井は伊武とは反対方向に寝返りを打つ。
「桜井って結構、怒りっぽいね」
伊武は後ろから抱き付いて、宥めようとする。
「伊武は結構、ちゃっかりしてる」
背中を向けて、ぼそりと桜井は呟く。
「「ふっ」」
同時に吹き出して、クスクスと2人で笑い合う。
同じスピードで互いの事を知っていく事が心地良く、幸せだった。
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