「菊丸。ここはこういう事をする場所ではありませんよ」
闇の中、くぐもった声で樹が囁いた。
真夜中は別の顔2
「いきなり、なに言ってんの」
菊丸は少し顔を上げて、戻す。
深夜、2人きりの部屋で、同じ布団に潜って、うつ伏せの格好の樹の上に、菊丸が覆いかぶさるように交接をしていた。
「ここは眠る場所であって、ラブホテルではないのですよ」
は…。
言葉に混じり、樹の口から吐息が漏れる。
苦痛と快楽の判別を、情欲が狂わせていた。
「樹。お前が誘ってきたんだろ」
「何言ってるのね。俺にはそんなつもりありませんでした。ただ一緒に眠りたかっただけなのね」
「それが誘ってるって事だよ」
「どうしてそういう事になるのね。俺………セックスは好きじゃないです」
ふてくされたように、声が小さくなっていく。
「俺は、お前と寝るの好きだよ」
吸うように、首元に口付けた。唇を離すと、赤い痕が残る。
「知ってますよ」
「せっかく同じ部屋になったのに、つれないんじゃない?」
大きな瞳で、つまらなそうに口を尖らせて覗きこむ。ゆっくりと首を傾げてみせる。
「もし、同じ部屋にならなかったら、こんな事しないんですか?」
「まぁそうなったらそうなったで、良い場所見つけるよ」
「呆れた」
目を細めて、鼻で息を吐いた。
「…ん」
舌を絡めるように唇が触れ合う。
「なぁ、いい加減、動いて良い?」
滑るように、指が腰に触れる。
「え…………ちょっ…………待ってくださ…………」
「なに」
「隣で皆が寝てるのね。ゆっくり、やって下さいね」
隣の壁一枚という薄さで他のメンバーが眠っていた。起こさないように今も小声で話している。そう、起こす訳にはいかないのだ。
菊丸は身を起こし、腰を動かすと、確かになってきた樹の意識が、再びバラつき始めた。
「あ………………っ…………はっ…………」
声を出すまいと、手の甲で口を押さえる。その横から暗闇の中に浮かぶような白く、艶かしい指が塞いでいる手の中に入ってきて、口の中まで進入して弄ばれる。
「は………………………」
指を伝って唾液が水のように流れた。
「…………………………は………ぁ……………」
目許から切ない涙が零れる。快楽に掻き乱され、ぼやける意識の中に、耳へ遠い水音が届く。交わっている箇所から聞こえるそれは卑猥で、肉と肉が合わさる音は荒々しい獣のようで。体が合わさる歓喜が高まっていくにつれ、音は早く、大きくなっていく。
「……あ……………!」
心地良いところを突かれ、高く掠れた声で反応した。
「……ぅっくり………って言った……でしょう…………」
「無理、だって…………猿轡でもするか?」
「やです」
シーツを掴んで、声を出すまいと我慢する。すると音が良く聞こえてきて、羞恥にさらに体が熱くなる。
周りに挟まれているこの状態。ひょっとして聞かれているかもしれない、見られているかもしれない、考えてみれば仲間の真ん中でやっているのも同じかもしれない。恥ずかしさで燃えてしまいそうだ……。シーツの端を甘噛みするように銜えた。
「…………そろそろ……イって良い?」
「んんっ…………」
菊丸は自身を強く押し入れて、樹の中へ欲望を放つ。吐き出すと、張り付くようにもたれかかった。
「はぁ………はぁ………」
「………はぁ」
汗を纏ったままの体で抱き締めあう。
「顔、見せて」
髪を耳の後ろにかけさせて、菊丸は火照った樹の顔を愛しげに見つめてくる。
「やですよ……」
照れ臭くて、樹は視線を逸らす。
「可愛い」
ついばむような短い口付け。それを何度も繰り返す。
「昼間は俺の事見てくれるくせに」
嫌な笑いを浮かべて、愛撫し続ける。
「昼間は俺の事嫌いっていうくせに」
菊丸の髪を掻き揚げさせて言った。
「なぁ、もう一回したい」
「………あ……だ、駄目………」
顔を向き合わせたままで、菊丸は自身を入れてくる。
「………あ…………ああ……」
ひくひくと体を震わせて、異物感に耐える。
「……っく……」
菊丸の首に手を回して、彼の体に任せるように受け入れた。
「ふっ………は………」
ゆっくりと揺らし始めた。
「は…………」
何かを訴えるように樹は菊丸を見る。その瞳に乱れる様の全てを映す。
「お前、すげーやらしいよ」
耳の中に舌を挿入して囁く。
「俺以外に、見せんじゃねえぞ」
「菊丸、わかっているのね?俺は、菊丸以外にこんな姿見せないんですよ?菊丸が好きだから」
最後の言葉は口付けで塞がれた。
飽きもせずに愛を囁くのか、限りある2人の時間を惜しむのか、夜明けまで何度も抱き合い続けた。
日が昇ったら何もなかったように仲間と合流して、いつもの顔を見せるのだ。片方は相手を苦手視して、片方は興味深そうに眺める。求め合うのは2人きりの時だけ、夜の間だけ、真夜中は別の顔であった。
大部屋と知らずに妄想した話の2つ目です。
Back