「おめでとう」
「おめでとう」
行く先々で祝われる。今日は、菊丸の誕生日であった。
君がいない
友人も多く、持ち前の人懐っこい性格で、たくさんの祝いの言葉とプレゼントを受け取る。嬉しい、そして幸せなはずなのに。なぜか、寂しい気持ちが胸に染み込む。
時計ばかりを気にして、時間が過ぎていくのを眺めていた。早く放課後が来るのを待っていた。樹に会える時を待っていた。
授業中にぺたりと、机に頬をくっつけて思いを巡らせる。
たくさんの人に囲まれ、慕われているはずなのに、孤独な気持ちが包み込む。幸せが、心に届かない。贅沢で、嫌な奴かもしれない。なぜ樹一人に、こんなにも孤独になるのだろう。
休み時間になると、菊丸の憂鬱の理由を知っている不二がからかってきて、彼は適当に流すだけであった。怒る気力もないのかと、不二は開眼してぽかんと口を開ける。
「不二ぃ」
机に頬を付けたまま、菊丸が呼ぶ。
「明日は平日だよなぁ」
「そうだよ」
「学校あるんだよなぁ」
「うん」
菊丸の問いに、不二は淡々と答える。
「変な英二。樹くんの事になると、変になるよね。でも英二らしいって思う」
「言っている事、良くわかんないよ」
「僕も今、そう思った」
2人は顔を見合わせ、喉で笑った。
そして放課後。菊丸は足早に学校を出て駅へ向かい、電車に乗った。東京と千葉の間の駅で、樹と待ち合わせている。ただ、菊丸の誕生日の日に出会うだけである。特別、何をするなどとは決めていない。けれど、特別な日だから、何か良い事が待っているかもしれない。特別な日だから、期待をせずにはいられない。
「菊丸」
電車を降り、改札へ向かうと、樹が歩み寄って手を上げた。
「早いじゃん」
「ええ。今日は待つ側にいたいと、思ったのね。おめでとう、菊丸。誕生日でしょう」
「ああ。有難う」
樹の祝いの言葉に、顔が熱くなる。心に直結して届き、胸に染みていく。
「なに照れているのね。学校でも祝われたんでしょう」
「お前だからだよ」
不意に口に出してしまった本当の言葉。
「いや、違う。違う。何でもにゃい」
慌てて取り消した。
「改札出て、駅の周り歩かないか」
「そうですね」
同意をする樹の手に、菊丸の手が滑り込んで握られる。人の目がある時、菊丸の方から触れてくるのは珍しいことであった。驚く樹の視線を横顔で受け止めて"行こう"と呟く。
外に出ると寒さに息が白く染まった。もう数日で12月。冬の真っ只中である。まじまじとお互いの姿を見た。2人ともコートにマフラー、暖かいものを身に着けている。
駅の周りを歩くはずだった。なのに、足は遠くへ、遠くへと向かってしまう。菊丸の隣に並び、ときどき後ろを歩く樹は、じっと彼を見つめていた。冬は日が短く、暗い中でも街の明かりは明るく、クリスマスのイルミネーションが温かい気分にさせる。慣れない場所で、たった一人の見知った顔のはずなのに、その姿が酷く遠いものに感じた。
「駅から離れちまったな」
菊丸は呟くように言い、樹は小さく頷いて相槌を打つ。気付いてはいたが、言い出すのを待っていた。
「樹」
背を軽く叩いて指を差す。公園が見えた。
「寄って行こうか」
もう一度、小さく頷いた。
公園は人気が無く、明かりはあるが、まばらで逆に気味が悪い。菊丸は樹の手を引いて、奥へと入っていく。ベンチがあり、そこへ座ろうと樹は声をかけようとしたが、菊丸はベンチの裏へ足を踏み込み、茂みの中へ連れて行こうとする。
「菊丸?」
「こっちが良い」
菊丸が何をしたいのかは、もうわかっていた。
鞄を置き、樹は木の幹へ身体を押し付けられる。菊丸は身を寄せ、胸元のボタンに手をかけた。だがボタンを掴んだまま、彼ははずそうとしない。何も言わず、樹の肩口に顔を埋めた。
「どうしたのね菊丸。おかしいのね」
そっと髪を撫でた。
「………………………」
ボタンを離し、樹の背に腕を回す。
「何か、あったんですか」
「無いよ」
くぐもった声で答える。
「何にも、無いんだよ。何にも、変わらない。俺は東京で、お前は千葉。わかってるけど、わかりきってる事だけど。辛いよ。寂しいよ。遠いよ。1人ぼっちみたいだ」
「………………………」
「ごめん。どうにもならない事なのに」
詫びる菊丸の背に、樹の手が回った。
樹は菊丸の顔を上げさせ、静かに首を横に振る。
引き寄せられるように、2人の唇が吸い付き、影が重なった。
樹のコートの襟の中へ菊丸の指が滑り込み、首元に触れる。
「冷たい」
そこへ顔を寄せ、口付けて、菊丸が呟く。
「あったかい」
つ………。顎の方へと舐め上げる。
「……………は……」
喉がひくりと震え、熱い吐息が吐かれた。白く、闇の中にふわりと広がる。
一つ一つの愛撫を、名残惜しそうに離し、また触れる行為を繰り返す。
「………………………」
少し上を見上げると、夜空が見えた。目を凝らすと、僅かにちりばめられた星を見つけた。自然と溢れた涙に歪み、滲む。
「樹」
菊丸の手が腰に当てられた。
「…………ん…………」
短く呻いて、背を向けて幹に手を付く。
菊丸は鞄からローションを取り出し、絡める。そして樹のコートを捲し上げ、ベルトのバックルをはずし、隙間からその手を入れた。水音が聞こえ、その冷たさに樹は身を震わす。しかし菊丸の指は行き先を見失い、見当違いな場所を彷徨う。
「こっち」
後ろへ手を回し、菊丸の手を重ね、誘い込ませる。樹が力を抜き切っているのか、スムーズに指が探していた場所へと入り込んでいく。
「………あ……………」
自ら誘い込んだのに、菊丸の侵入を受け入れた樹の身体が、また震えた。
菊丸は空いた手で樹の背を押さえつける。やんわりとしているようで、力が篭っている。さきほどの愛撫とは違い、馴染ませようとする指は乱暴で、荒々しい。一本、また一本と指を増やし、素早く出し入れを繰り返し、内壁を引っ掻かれるように摩擦を感じた。
「強引なのね」
笑ってみせる樹だが、息は乱れて、高まる熱に頬は上気している。
菊丸は何も答えず、馴染ませ続ける。何も告げぬまま、指を引き抜き、自身を取り出した。避妊具を取り付けようとするが手が悴んで開封にてこずってしまう。
「なにをそんなに焦るんですか」
樹は振り返り、菊丸の持つ避妊具を取って歯で封を破って見せた。取り出したものを咥え、膝を突いて手を使わずに嵌めてやる。様子を見下ろす菊丸の頬が、赤く染まった。
準備を整えると、菊丸はローションを絡ませた自身を、すぐに樹の中へと侵入させようとする。
「ま、待って………っ……」
何度身体を重ねようとも、挿入の瞬間は心の準備が必要であった。強引に腰を沈められ、引き寄せられて突かれてしまう。
「………あ………っ………はっ………ああっ……」
不意打ちになすがままにされ、樹は声を抑えきれず、いやらしくも上げてしまう。淫らさに嫌悪し、さらに羞恥が増していく。そのさらに奥にある歓喜が徐々に込み上げ、身を焦がした。
「……ふっ…………ぅ…………っ……はっ………」
菊丸は呻くだけで、何も語ろうとしない。一心に律動を行う。
「んっ」
合わさっていた腰を、さらに密着させ、深く沈めようとする。追い討ちをかけるように、手が樹自身に触れ、握りこまれるように捕らえられてしまう。樹の腰元で、淫らな音が前後で重なり、高まっていく。
「菊丸…………っ………待って………そんなに………」
これ以上、強引に突かれてしまえば、理性が全て飛んでしまう。必死で理性の糸を紡ぎ、菊丸に話しかける。その最中にも、口の端から唾液が水のように伝う。
「……いっ………」
快感が一気に突き上げ、全身に電流が走るように感じた。
もう壊れてしまうと心は拒否するのに、身体は乱れる事を望んでいる。
腰の動きを合わせなければ掻き乱されてしまう。だが、合わせれば余計に淫らになってしまう。どちらにしても、何を選んでも、淫猥な部分をさらけ出し、菊丸を求めるしかない。
「ん……っ、……んうっ……………」
幹を引っ掻くように掴んで身体を固定させていても耐え切れず、頬を擦り付けるようにして支えようとする。
「……はっ……!………ああっ……あっ、あ………!」
善がり、上がった声が静寂の中に響いて溶けていく。身体が焼けそうに熱くてたまらない。
「ああ………」
限界はとっくに近付いていたようで、樹は先に達してしまう。幹と包まれていた菊丸の手を、欲望が濡らした。
「俺、も…」
菊丸も続くように欲望を放った。樹の背に、もたれた身体が圧し掛かる。
「俺、もう駄目です…」
樹はその場に座り込んでしまった。菊丸の方を向くのがやっとである。
「はあっ、は………ぁ………っ………」
背を上下させて呼吸をするが、濡れて、淫らさを感じさせた。
菊丸も座り込み、介抱されるのかと思えば、自身から使い終えた避妊具をはずし、まだ仕舞われていない樹自身と擦り合わせる。
「駄目、駄目だって言ってるのね……もう……」
何かを言って欲しい。
そう言いたいのに、再び高まる歓喜に飲み込まれてしまう。飽くなき欲望と愛情が、まだ身体を重ねる事を望んでいるとでも言うように。
「こんなに、されたら…………帰れなくなってしまいます………」
倒れそうになる身体を支えるように、菊丸にもたれ、彼も抱き留めた。
「いいよ、それで」
耳元で、菊丸が囁く。
「帰るな」
「はい?」
思わず聞き返してしまう。
「帰るなよ。一緒に、いよう」
「駄目」
樹は断った。
「明日は平日なのね」
「わかってる」
「学校もあるのね」
「わかってるよ」
菊丸の抱き締める手に力が篭った。
「言うくらい、良いじゃないか」
「そうですね。今日は、特別な日なのね」
なだめるように、菊丸の頭を撫でる。
「あ、プレゼントがあるんでした」
樹は今になって思い出した。
「マジ?」
はじかれるように顔を上げる菊丸。顔を見合わせ、その現金さに樹は笑ってしまう。
「大したものじゃないのね」
「お前のくれるもんなら、なんでも嬉しいよ」
「いつもそう素直だったら良いんですけど」
少し涙ぐんでいた菊丸の目元に、そっと口付けた。
行きよりは活気さを失った夜の街を、2人は手を繋いで駅へ帰っていく。顔は自然と笑みがこぼれ、喜びが溢れ、幸せに包まれていた。
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