刺激
菊丸は練習を終え、シャワーを浴びてロッカーの前でしゃがみ、荷物を整理していた。彼に続いて大石も上がり、ドアを開けて入ってくる。残っているチームメンバーは今シャワーを浴びている樹の3人。入れ違いに出て行った手塚は、入り口近くで恐らく大石を待っているのだろう。菊丸は嫌な予感がした。
「英二」
「なに?」
素っ気無く、返事のみをする。
「樹くんとはどう?」
手が僅かに止まるが、また動き出す。こめかみが引き攣るのを感じた。
樹との関係を知られてからというもの、2人きりになった時にしつこく聞いてくるのだ。菊丸にはそれがたまらなく嫌であった。いくら親友といえども、こればかりは放っておいて欲しかった。大石としては手塚との付き合いもあり、菊丸にアドバイスをしてやりたいと思っているので、関係を探りたいのだ。
「どうもしないって」
話を流そうとする菊丸だが、大石は逃してはくれない。
「昨日のミーティング室」
「へ?」
思わず声が裏返りそうになる。
先日、練習を終えた後、ミーティング室で樹と情事を交わしていた。
「のっ、覗きなんて趣味悪いぞ」
「俺、何も言ってないよ」
「嵌めやがったな」
顔が熱くなり、耳までも赤く染まる。
「嵌めてないし。椅子がギシギシ鳴っているのは聞いたけど」
長椅子の上に樹を寝かし、身体を重ねて、椅子を鳴らす事で気持ちを高ぶらせていたので、大石の言うように椅子が鳴っていた。
「やっぱ覗いてたんじゃねえかっ」
立ち上がり、不快を露わにする。
「俺は横を通っただけだって。人聞き悪いぞ」
菊丸の声が良く聞こえていたのは黙っておいた。友人としての奇妙な友情であった。
「人聞きも何もあるか。放っておいてくれっ」
菊丸は怒り出している。さすがに不味いと感じた大石は、話を本題へ持っていくことにした。
「なあ英二、新しい刺激が欲しいとは思わないか?」
「そういう話は手塚とでもしてろよ」
ふん、と菊丸はそっぽを向く。
「じゃんっ」
大石はどこから取り出したのか、あるものを前に出す。
横目であるものが視界に入った菊丸は、引いた熱をもう一度呼び戻された。
「おまっ、何持ってきてるんだよ」
早く仕舞えと促す。
大石の取り出したあるものとは、俗に大人の玩具といわれるバイブレーターであった。男性器を思わせる形をしており、色もどぎつい。
「ほーら、凄いぞ」
スイッチを入れると陳腐な電子音がして、卑猥に蠢いた。その動きに、菊丸は樹に挿入した様子を想像
してしまい、ただでさえ赤らんだ頬を、さらに赤らめる。知らぬ内に釘付けになっていた。
「英二〜、なーに想像しているんだ」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる大石。
「なにもっ」
慌てて否定する。だが、頭の中は樹の淫らに善がる姿で埋め尽くされて、さらなる妄想が広がるばかり。
「使ってみるか?」
「へ?」
大石の言葉の意味が整理できず、きょとんとした菊丸の手に玩具を持たされる。
「俺から英二にプレゼント。樹くんと仲良くな」
「な、仲良くたって、こんな、こんなん……」
返したいのか、返したくないのか、混乱していた。
しかし、時間は待ってはくれない。樹がシャワーを浴び終えて、部屋の中へ入ってきた。
「樹くん、おつかれー」
大石が笑いかける。その横で菊丸は、素早く玩具をジャージのポケットの中へ突っ込むように仕舞う。
「じゃ、俺はこれで。また明日」
手をひらひらと振り、樹の横を通る。
「大石、着替えなくて良いのね?」
樹は大石がジャージの姿のままなのを指摘した。シャワーから上がり、菊丸とずっと話していたのだから、着替える時間などは無かった。
「今日はこのままで帰るよ。じゃあ」
大石はそのまま部屋を出て行ってしまう。目をパチクリとさせた後、樹は菊丸を見た。彼もジャージ姿のままである。十分時間はあったのに、着替えていない。着替えるのも忘れて話し込んでいたのかと思うと、樹の胸がちくりと痛む。息を吐くように、ドアに寄りかかって閉めた。
そんな樹の気持ちは露知らず、菊丸は玩具を使うか使うまいか、その事ばかりを考えていた。
「はぁ」
樹の口から、2度目の溜め息が吐かれる。ロッカーを開けて制服を掴み、菊丸を横目で見て言う。
「お前も着替えたらどうですか」
「ん、ああ」
返事をしながら、菊丸は樹の背に回り、重心をかけるように抱き締めた。密着して、伝わっていく熱の心地よさに包まれる中、どう話を持っていこうかと思いを巡らせる。せっかく、というのも可笑しいが使ってみたかった。使った時の樹の反応を、想像すればするほど興奮する。興奮の隙間からチラつかせ、顔を覗かせるのは独占欲。好き勝手に弄び、自分のものにしたいという欲求。樹の全てを自分のものにしたかった。
立てられた襟をそっと指で避けて、樹の首筋に菊丸は唇を付けて吸い上げ、痕を残す。制服を掴んでいた手は下り、疑いの心は溶けて力が抜けていく。痕に舌をつけ、耳の裏側まで線を描くように舐め上げた。
「……………………は」
樹は熱い息を吐いて、身体に巻きついた菊丸の手を1つ剥がし、指を口に含んだ。愛撫のされていない、片方の手がハーフパンツの中へ滑り込み、下着の中までもすり抜けて、樹自身へ到達する。柔らかい指の腹で甘く刺激させてやると、堪えきれずに前へ屈んだ。服越しに双丘の間に菊丸自身が当たる。柔軟な菊丸の身体は、樹の背の丸みに張り付くようにぴったりとくっ付く。
「っ………」
樹は口を開き、声にならない息を吐く。含まれていた指が解放され、口元から水のように零れた唾液が床へ落ちる。膝が折れると、菊丸も膝を曲げて床へ座り込んだ。
ぐい、と樹の腰を引き上げられると上半身が倒れ込み、拍子で頬が床へ付いた。身体が熱いせいか、床が氷のように冷たい。ハーフパンツは下着ごと下ろされ、耳元から鞄を漁る音が聞こえる。恐らくローションを取り出しているのだろう。
「あっ」
合図もなしにいきなり指を挿入され、声を上げた。身体全体がぶるりと震える。次に流れ込んでくるのは快感。痛みなど遠くへ置いていったように、菊丸の指を易々と受け入れてしまう。樹は唇へ自分の指をつけて、声を抑えて愛撫に耐えた。樹自身は菊丸の手から解放されたというのに、はしたなく蜜を垂らしてしまう。
ローションをたっぷりと絡ませた指は、抜いて差してを行う度に、卑猥な水音を立てる。菊丸はこれから待つ快感への期待に興奮していくが、意識はジャージのポケットの中へ向いてしまう。どうする、どうする……選択を迫られていた。その焦りに集中力が散漫して、指は普段とは異なる動きを見せる上に、乱暴で荒々しくなっていく。樹は箇所を捉えられたのか、切なく喉を鳴らした。
「…………んん………」
「………………」
樹の呻きに彼を見た菊丸は、生唾を飲み込んだ。どうして今日という日に、こうも彼はいやらしいのだろう。心臓はどくどくと脈打ち、背中では汗が滲む感触がする。ますます玩具を使ってみたくなってしまう。見惚れて迷っている内に指は樹の中へ入ったまま、動きを止めてしまう。
「菊丸?」
床に頬を付けたまま、樹は首を動かして菊丸を見上げた。上気させて瞳は濡れている。やけにしおらしく従順な姿に、支配欲をくすぐられる。
「やめないで、欲しいのね」
「ん、ああ……」
おねだりまでされ、身体の内が急速に欲情していく。指を動かそうとした菊丸に、樹はもう1つねだった。
「指、増やして」
「ん、うん」
樹から目が離せないまま、指をもう1つ増やし、深く入り込ませる。
「気持ち、良い……」
恍惚とした表情で、樹は快感に酔いしれる。
「あっ………は…………」
愛撫されて善がる樹に見つからないように、菊丸は音を立てないようにポケットの中を探り、玩具を取り出した。そうして、指を引き抜いた後に、玩具を慣らした場所へ押し込んだ。
「んっ」
指とも自身とも異なるモノが入り込み、樹は驚く。スイッチを入れると玩具は彼の中で蠢いた。
「あっ…!あっ、あ…………」
不意をつかれ、樹は玩具になすがままにされてしまう。正体のわからないものに犯され、腰を揺らした。
「菊丸、なんなのね………ぬ、抜いて……抜いて下さい」
樹は懇願するが、菊丸は玩具をさらに奥へと挿入させていく。肌と玩具のコントラストがグロテスクで、陵辱をしているかのようだった。
「っ…………ねがい………抜いて………っ抜いて…!」
ひくひくと震える中、樹はとうとう達してしまう。だが欲望を吐き出した後も、玩具は樹の身体の中で蠢き続け、逃してくれはしなかった。
「うんっ…」
菊丸は玩具を引き抜き、樹の目の前へ持って来る。卑猥な動きを見せるそれに、樹は羞恥に身を焦がした。
「最低」
冷たく言い放つが、羞恥は拭えない。
「なんだよ、気持ち良かったんだろ」
「気持ち悪いのね」
「そう言うなら、もう一回試してみるか」
樹の腰を押さえつけ、強引ともいえるように、無理やり玩具をもう一度挿入させてしまう。
「やめて、やめて下さいっ」
身体を小さく震わせ玩具の振動に耐える樹に、菊丸は彼の前へ座り込み、行き場を失った自身を取り出した。樹の頭を押さえ込み、強引に咥えさせ、奉仕させようとする。
「ん、んうっ…」
菊丸自身が口の中へ入り込み、樹の目元から涙が零れ落ちる。頭を上げさせるように持って行くと、唾液に濡れた自身が姿を現す。舌からは銀糸が伝い、熱い息がかかった。
樹は大人しくなり、赤い舌でチロチロと菊丸自身を刺激させていく。滲み出る蜜は丁寧に舐め上げて、ごくりと飲み込んだ。頭を下げ、尻を突き上げた姿は獣のようで、玩具に刺激されて腰がカクカクと揺れている。菊丸の身体の内では、血潮と共にどす黒い何かが注がれ、流れ込んでいた。眺めているのも良いが、やはり1つになりたいという欲求が勝ってくる。
「あー、駄目だ」
菊丸は樹の口から自身を離させると、肩を引き上げて起こし、今度は仰向けに寝かせた。樹は呻くだけで抵抗せずに彼に従う。玩具を抜き、両脚を抱え込むように腰を引き上げて、自身を樹の中へ挿入させ、腰を引き寄せていく。
「……それで…遊ぶんじゃ…なかったん…ですか?」
腹で呼吸をし、荒い息をしながら樹が茶化す。
「遊ぶ、だけじゃ物足りねえ…」
菊丸は一回一回味わうように律動をする。その度に、抱えられた樹の脚が揺れ、肉のぶつかる音が聞こえた。
「は…………っ……………あ…………は………。ふっ………」
「………うっ…………く……………んんっ…………」
既にギリギリまで追い詰められていた自身は、数回揺らしただけで欲望を吐き出して、樹の中へ注ぎ込んだ。
「あ、あっ………あ…」
菊丸は身を屈め、欲望を受け止める樹を抱き寄せた。受け止め切れなかった欲望は、溢れて結合部の辺りを汚した。
「はぁ…はぁ、は…」
力の抜けた樹の顔に、ついばむ様な口付けを何度も落とす。自身を抜くと、白濁した液体が太股をゆっくりと伝う。菊丸も力を抜き、へばりつくように樹に身を寄せ、肩口に顔を埋める。
「また、汗ばんじまったな」
「ですね」
身体を合わせると、素肌の部分が汗でくっつき、胸の部分は呼吸をしている様が良くわかった。気持ち悪く、鬱陶しいはずなのに、離れたいという気持ちを起こさせない。
熱い湯が注がれると、湯気が立ち登った。情事で汚れた身体を、シャワーで流す。誰もいないのを良い事に、狭い個室の中に2人で篭る。入るなり、樹は手で湯を集めて口をすすいで排水口へ吐き出した。
「俺の咥えてたっけ?」
ぼけとも言える菊丸の無責任な発言に、樹は口を尖らせる。
「忘れていたとか言ったら、首を絞めるのね」
「おーこわ」
両手で頬を押さえ、唇と唇を合わせた。ぶちゅっと音が鳴る。そのまま舌を入れて、角度を変えながら交わされる長い口付け。菊丸はまだ逃してはくれず、壁を叩いて樹は限界を伝える。
「は」
唇が解放されると、注がれる湯が伝って口の中へ入り込みんだ。生まれたままの姿で頭の上から爪先まで身体は濡れて、抱き合うと張り付き、とろけるような快楽が脳の中へと侵食し、内を熱くさせる。汗を流すはずが、再び身体を重ねて汗を浮かばせていた。だが湯が全てを流し、汚れを落としてくれるものだから、いくら汚しても大丈夫なのだと、もっと深く絡まり合おうとしてしまう。おまけにシャワー室という空間もあり、僅かに漏れた声すらも良く響き、興奮が加速していく。突いて肉を合わせれば、止まらない。
「新しい刺激も、良いもんだな」
菊丸は背中から樹を抱いて、大石の言葉を思い出し、口にする。
「新しい刺激?」
壁に身体を預け、樹が問う。
「こっちの話。……ごめ、先に…」
詫びの言葉の最中に、菊丸は達して2度目の欲望を樹の中へ注ぎ込んだ。
「…ふ…………っ……ぁ!……いつも、言うのが遅いのね………」
頬を擦りつけ、目を固く瞑り、欲望を受け止めようとするが、腰から身体全体へ震えてしまう。
「は―――――っ、は――…」
呼吸を整える樹に、菊丸は擦り付けるように唇を寄せ、また細かく落とされる口付け。だが自身は引き抜かず、舌は耳の溝をなぞって、性感帯を刺激し始める。まだ止める気はないらしい。2人上せるまで抱き合った。
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