彼を受け入れる痛みが快感だけに変わってしまったのは、いつからだっただろうか。



掛け違い



 練習を終えたミーティング室で、打ち合わせと称して二人きりの時間を作った。
 部屋の端に座り込み、寄りかかる体勢で樹は菊丸を受け入れる。制服にも着替えず、ウェアのままで。
 上着はボタンがはずれて肌が覗き、首元から胸にかけて愛撫の痕がうっすらと色付いていた。
 机の陰に隠れれば、もし入って来られても隠せる位置。後ろから入って来られればおしまいだが。
「ん…………う……」
 向かい合い、ズボンと下着を下げて樹が腰を浮かせると、菊丸は抱き締めるように彼へ腰を沈めていく。合わせる部位には潤滑油として使用したローションが絡められており、滑りを持って自身はぬるぬると入り込んだ。
「あっ」
 樹はひくひく震え、声を堪えようと菊丸の腕を掴んで前屈みになる。それがさらに自身の侵入をスムーズにさせた。
「はー……」
 自身を呑み込まれ、沈め終わると長い息を吐く菊丸。
 樹の内の締め付けのきつさに腰を動かそうとするが、樹は腕を引いて待って欲しいという合図を送った。
「痛むか?」
 心地よさに上気させて菊丸は囁く。
「え……あの……」
 樹は言葉を濁した。
 痛みではない。どうしようもない快感に理性を奪われそうになったからだ。今動かれたら完全に飛んでしまう。
 あんな場所に、こんなモノを入れられて、それだけで快感に身体が浸されていく。
 身体を重ねていくにつれ、痛みは快感へと変化し、快感だけが残った。
「抜こうか?」
 腰を引こうとする菊丸だが、それさえも樹に止められる。菊丸としても体制の維持は辛い。
「痛くは、ないのね」
「じゃあ良いだろ」
 “痛くはない”と聞いた途端、菊丸は一回突き上げる。
「あっ!」
 声を上げ、心地の良さそうな音だとわかると、菊丸は本格的に突きを始めた。
 堪えていた分、止められもせずに激しく打ち付ける。
「あ、あっ、あ、あ」
 樹は理性の糸を紡ごうとするが、離れて、紡ぎを繰り返す。
 菊丸の首に抱きついて責めに耐えようとする。
「気持ち、良いよ。菊丸。すっごい、気持ち良いっ」
 乱れる息を整えながら、言葉を伝えた。
「もっと、して、やるよっ。ほらっ」
 菊丸は強く突きつけ、深く突き刺そうとする。
「うあっ!」
 身体から脳へと快感が電流のように突き走った。


「そんなに気持ち良いかよ」
 密着して存在を感じていた樹自身を握り込む。
「はっ」
 彼の方も昂っており、蜜も垂らして快感を示している。
 震えて、首に巻きついていた腕が解け、床に寄りかかった。
 合わさった場所も樹自身も体液でぐしゃぐしゃに濡れ、薄暗い部屋の中で淫らな光と音を放つ。
「目で見りゃこんなになってたのか」
 樹に見せ付けるように指で樹自身の先端をいやらしく弄りだす。弄るたびに蜜が菊丸の手が揺れて、絡まって音を増していく。その下では菊丸自身が入り込んで、両側から理性を掻き回した。
「んっ……菊丸、許して……!」
 開いたままの口の端からは唾液が伝い、手で拭いながら樹は許しを請う。
「許してじゃないだろ。もっとして下さいだろ」
 手を変えて根を上下させた。
「ああっ!あ!」
「んうっ」
 樹が感じる事で中がぎゅうと締まって、菊丸にもさらなる快感が襲う。
「すげえ」
 菊丸は自身から手を離して、床に両手をついて再び打ち付けた。
「ほら、ほら!おらっ、良いかよ、樹っ」
「うんっ、良いのね……菊丸……っ……」
 肉と骨がぶつかり、樹は大きく足を開いて淫らそのものの格好になってしまう。
「はっ………あ……う……」
「んく……う……んっ」
 菊丸は樹の足をあげさせて床に背を付けさせ、上から押し付ける体勢に変える。
「……ふ…………っ」
「………………は!はっ……」
 乱れて善がり、二人にもそろそろ限界は訪れてきていた。
「あ」
 菊丸はぶるりと震え、達してしまう。
「………は、あ」
 その後に樹も欲望を吐き出した。


「ん」
 自身を引き抜くと、樹は僅かに震える。
「……………ん」
 樹は名残惜しそうに濡れた瞳で菊丸を見つめるが、違うと彼は気付く。
 まだ欲しいと、求めているのだろう。菊丸としてもまだ終わらせたくはないが、これ以上身体を重ねればさすがに他の仲間が様子見にやって来てしまうだろう。
「まだ欲しいのかよ」
 わざと声に出してからかってやる。けれども樹は素直に頷いて認めた。
 欲望を吐き出しても、どきりと胸が鼓動する。
「今度は、もっとゆっくり出来る場所でさ」
「そんな場所、あるのね」
 会うのだけでも機会が限られるのに、場所となればさらに難しい。
「あるよ」
 たぶん。言葉を飲み込み、菊丸は樹の瞼の上に口付けを落とす。




 体液を拭い、衣服の乱れを直し、打ち合わせをしていたかのようにテーブルに筆記用具を置き、樹は席についた。しかし情事の他に練習での疲労もあってか、ぐったりと突っ伏す。
「樹、大丈夫か」
 負担をかけた張本人が慰める。
「お前、今日は激しかったですね」
「樹がもっとなんて言うからだろ」
「言ってないのね」
 突っ伏した格好でぼそぼそと答えた。
「んじゃあ、俺はちょっと行ってくるから」
 菊丸は汚れを拭ったものや挿入する際に使った避妊具の処理に部屋を出て行く。歩く途中で腰をさすり、彼も腰がだるかった。
 一人きりになった後、樹は汗もかいたしシャワーでも浴びようかと思考を巡らせていたが、今は動く気は無く、席でじっとする。そんな中、後ろのドアが開き、菊丸かと顔を上げれば別の人間であった。
「樹ちゃん、どう?」
 ウェーブのかかった髪をいじりながら樹に声をかける。天根であった。
 彼は同じチームの仲間であり、同じ学校でもある。
「ダビデ。まあまあなのね」
 捗っている訳が無い。これから菊丸と二人で考えようとしているのだから。
「菊丸さんは?」
「部屋を出ているのね。すぐに戻るとは思いますけど」
「そっか。遅すぎても明日に負担かかるし、残りは後に回したら?」
 天根は樹の隣に腰をかけた。
「そうですね」
 相槌を打ち、愛想笑いを浮かべる。
「電気、付けないの?」
「えっ?ああ」
 部屋に入った頃は夕日が明かり代わりだったが、電気がいい加減必要な程、暗くなっていた。
 樹が思うには天根はボケより突っ込みの方が上手い。
「あれ?」
 天根は樹の胸を指差す。今度はなんだと内心冷や冷やしてしまう。
「ボタン、掛け違えてる」
「本当だ」
 指摘され、樹は下を見て、ボタンを掛け違えている事を知る。
「…………………………」
「…………直さないの?」
 きょとんとして問う天根。
 掛け違いを直すには、一回ボタンをはずさねば戻せない。鏡で確認は当然していないが、まだ胸元には菊丸に口を付けられて吸われた痕が残っているかもしれないのだ。
 はずしたら、疑われるかもしれない。
 考えすぎだというのも承知であった。だがしかし、後ろめたければ後ろめたい程、神経は過敏になり、無駄に神経質になる。
「そうですね。ドジですね」
 練習の時はボタンが普通だった事を指摘されたらどうしよう。
 疑いの言葉が嫌というほど思い浮かんでくる。
 焦るな、焦るな。樹は自分に言い聞かせた。幸い暗くなっている事だし、そんなにジロジロ見られるはずもないだろう。平生を装えば抜けられる。
 樹はボタンを外し始めた。


 ぷつ。
 手が震えて、ボタンが硬く感じる。天根と目を合わせられない。
 ボタンを外され、手と衣服との先にある樹の素肌は、薄く赤い点が浮かんでいた。不自然すぎる痕。虫刺されだとしたら良いネタになるのかもしれない。
 痕はすぐにボタンがかけられて隠される。
 天根は指摘しなかった。
 よくはわからないが、色を感じた。よくわからないが、言ってはならないと直感したのだ。







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