八月が終わり、九月が訪れた。
 学校生活的には二学期と呼ばれる時期。
 菊丸は樹のいる千葉に行き、海で二人は遊泳を楽しんでいた。



バカンス



「菊丸。こっちなのねー」
 樹は手を振り、菊丸を呼んだ。
「待てよー」
 菊丸は大きく息を吸って海の中へ入ってから泳ぎだす。
 水泳は泳ぎ慣れている樹にはかなわない。追いつくのがやっとだった。
 随分と沖の方まで泳いできたのだが、樹は引き返す気配を見せない。先へ行こうとしていた。
「もうすぐですから、頑張ってくださいね」
 菊丸がついてきているのを確認しながら、樹は進んだ。
 しばらく泳いだ先にあったのは、小さな島であった。岩だらけのごつごつした場所ではなく、砂浜がある。誰の目も気にせず、二人きりになれる場所を樹は選んでくれたのだろう。


「どうですか。なかなかの場所でしょう」
「ああ、そうだな」
 上がり、砂浜を歩く。
 菊丸は息切れを起こしていた。
 適当に座り、海を眺める。海しか見えないが、良い景色であった。
「六角の奴らも、皆こんぐらいに泳げるのか」
「んーどうでしょう。よく競争しますけどね」
「そうかー」
 寝そべり、下から樹の姿を見上げる。
「なー樹。聞いたぞ」
「はい?」
「お前さ、31日誕生日だったらしいじゃん」
「はい。それが?」
「それがじゃない。言えよ」
 身体のばねを使って起き上がり、身を乗り出すように樹に顔を近付けた。
 瞬きをするだけで、樹は無反応である。その態度が、自分だけが意識しているみたいで腹が立つ。けれども、己の気持ちに気付く時でもある、厄介な瞬間であった。
「俺何も用意してないぞ」
「別に何もしなくても良いのね」
「俺が嫌なんだよっ」
「そう言われましても」
 噛み合わず、樹も困惑の色をようやく見せる。
「あーわかった。わかったぞ」
 菊丸は樹の両肩を掴んで押した。樹は押されるままに背中を砂に付ける。覆いかぶされ、樹の身体に影が差した。


「なあ、何が欲しい?」
 菊丸がじっと見下ろす。
「なに…………?」
 唐突な言葉。それに欲しいと問われても、こんな場所では。
 疑惑に樹の瞳は彷徨う。
「………………………」
 樹が意味をわかってくれず、菊丸は気恥ずかしさが込み上げて口が曲がる。
「ああ」
 気付いた樹の瞳が菊丸を覗き込んだ。
「だからさ、何が欲しいの」
「急に言われてもわかんないのね」
 ムードを出したいのはわかるが、樹にも都合がある。
「じゃあ、お前が好きそうな事する」
 樹は柔らかく笑う。
 ゆっくりと顔を近付けて、菊丸は口付けを落とした。


「あ…………ちょっと…………」
 唇に触れたら頬を舐め上げられ、こそばゆさに喉を鳴らす。
 肩を押そうとするが、触れる手も肩も濡れて、吸い付きそうになる。身体の後ろ全体に砂が付き、居心地の悪さに落ち着かない。
「ん、んん」
 舌が顎をなぞり、耳の溝に入り込んだ。
「は…………」
「………う。く」
 菊丸の息遣いが良く聞こえた。舌の先が性感帯を突いてくすぐる。
 太陽が表面を熱くさせ、内側からも熱くなる。身体全てが熱い。
「……んー……っ」
 髪の中に指が入り込み、押さえられて耳の中に唇を押し付けられた。熱いはずなのに、震えた。
「ああ」
 菊丸が半身を起こすと、樹は弄られた耳を摘まんだ。唾液が付いて、砂に海水に、汚されていく気分だった。
「ちょっと頑張って」
「え?」
 聞き返せば、男の手が水着を掴んでいる。水をたっぷり吸った水着は脱がし辛い。
 引っ張ろうとすれば、肌がすれそうになる。時間もかかり、羞恥が襲う。
 外の日が照った中で自身を人目に晒すのは、あまりにも恥ずかしい。
「菊丸……嫌なのね」
「もうちょっとだから」
「でも」
 水着の硬さに、つい足を閉じた女々しい格好を取ってしまう。菊丸の目にはどんな風に映っているのだろう。想像するだけで身が焦がれる。
「あ」
 ずらされ、ゴムに閉められた箇所が覗く。薄っすらと跡がついていた。もっとずらされれば茂みまでも見えてくる。なかなかそれ以上すぐには下がらず、わざとかさえ思う。
「………………あ」
 ずるりと膝の所まで下りて、樹自身が現れた。既にやや反応を見せており、頬が赤らんだ。
 菊丸はすぐに水着を取り払わず、足を上げさせ、膝を曲げさせる。そうして片足を持って、すねに舌を這わせた。足の指先まで線を描かれる。
 足の指に付いた砂を軽く払い、舐るが、全ては落としきれずに苦そうな顔をした。
「やめた方が良いですよ」
「樹はここしゃぶられんの好きだったのにな」
「誰が」
「なんだよ、あんなに善がってたのに」
 手の指で足の指を弄りながら言う。
「くすぐったいだけなのね。べとべとになるし」
「へー」
 水着を完全に脱がして適当な場所に置く。身につけていたものは水着一枚。樹は全裸になっていた。

「もっと好きそうな所、弄ってやるよ」
「え」
 足を割られて身体を割り込ませられる。これで閉じられない。
 性急に自身を握りこまれた。しっとりと濡れており、これは水のせいだと樹は心の内で菊丸に訴える。
「気持ち良い?」
 上下に動かしながら、樹の顔を見詰めた。
「あまり」
「どうやって欲しいんだよ。こうか」
 指が快楽の箇所を刺激する。
「あ」
 喉が微かに震えた。
「こうだろ」
 さらに刺激し続ければ、血を集めて先端から蜜を零しだす。
 樹は静かに頷いた。薄く唇が開いていたが、蜜が指に絡む音で耳には届かない。
「は…………あ……」
 心地よく愛撫され、樹の目は快楽に酔って半眼になる。息は乱れ、腰をもどかしそうに動かした。
「うん…………あ……」
 そう気持ちの良い顔をされれば、菊丸の方も血潮を沸かしていく。けれども、今日は彼の快楽を優先させようと己を静めようとする。
「よっ……と」
 菊丸は体勢を変え、自身を捉えたまま身を乗り出した。器用に胸の突起を口に含んでみせる。
 唇で舐って、舌で転がしてやれば、打てば響くようにひくひくと震えた。
 初めに弄った時は無反応だった。
 情事を重ね、徐々に慣らして快感に至るまでに教え込んできたのだ。
「菊丸……」
 片方ばかりだったので、樹がねだり出す。わざと片方だけにして顔を上げた。
「菊丸…………」
 もう一度呼ばれ、菊丸は愛しさが急速にわきあがる。自身を解放させ、向き合うように肩に触れる手。
「菊丸、好き……好きなのね……」
 口付けを求め、菊丸は応えた。何度も角度を変えて交わし、隙間が漏れる度に“好き”と愛を囁く。
「ねえ、菊丸は?」
 菊丸の返事を求めようとすると、彼は水着越しに己を樹自身に擦った。二人の欲望ははちきれそうなくらい、張り詰めている。擦れる度に電撃のような快楽が走った。
「んう…!………あ……あ」
「…………ふ………う……」
 それでも口付けはやめない。気持ち良すぎて、変になりそうだった。
「………あ……ああ!」
 樹は菊丸にきつく抱きつくと、欲望を吐き出す。少し遅れて菊丸も吐き出してしまう。


 吐き出してしまった後で、菊丸は感触に固まった。
 そっと身体を起こしてみれば、樹の下肢は体液にぐっしょりと濡れており、菊丸の水着にもべっとり付着している。恐らく中も酷いだろう。やってしまった、罰の悪い顔をした。
「お前も脱いだ方が良いのね」
 樹も身を起こす。
「えー……ああ」
 口ごもり、躊躇いを見せる菊丸。
「いつまでも履いているのは嫌でしょう」
「あー……」
 水着に樹の手がかかるが、菊丸の手は上がらない。
「ほら」
「自分で脱ぐよ」
 二人の手で水着が下ろされる。
「ああ」
 菊丸自身は欲望を吐き出したものの、また新たな波を取り戻していた。菊丸が視線を逸らそうとすると、その横顔に樹は口付けする。顔を戻せば唇を合わせる。
「ん…………あ……あ」
「……うん」
 舌を絡め合う下では、下肢を密着させて摺り合わせた。今度は阻むものは無い素肌同士。分泌される蜜は二人分が絡まって卑猥な音は余計高まる。
「おい」
 樹は菊丸を砂浜に押し付け、上に跨った。ぬるりと下肢が滑り、菊丸自身が樹の双丘にあたる。
 恍惚し、見下ろす表情でわざとだと察した。
「駄目だって」
「して、欲しいのね」
 希望を口にした。
「挿れられたいのかよ」
 挿入させるのは、欲望の押し付けだと思い込んでいた節があり、自ら望む樹に動揺を隠せない。
「吐き出すだけじゃ、物足りません」
「とんだ淫乱だぞ」
「誰のせいだと思っているんですか。責任とって」
 菊丸は腰をずらして自身の先端を樹の窄みに近い場所へ向ける。
「取りゃあ良いんだろ」
「ええ」
 満足そうに樹は頷く


 しかし、取るといっても何も準備をしてこなかった。
「慣らすのにも時間かかるぞ」
「時間はまだ、たっぷりあるのね」
 樹は横に座り、菊丸は起き上がった。
「まず、向けろよ」
「え、あ」
 樹の腰を掴み、四つんばいにさせる。
「頭下げて、もっと腰あげて」
「ちょっと」
 頭を押し付けて、腰を高く引き上げた。羞恥を煽る体勢に、樹は上気させる。
「あ」
 引き上げられた双丘を揉むように掴み、窄みを見定めた。
「明るいから、よーく見える」
 本当に、良く見えた。体液の滑りが淡く反射している。双丘の間まで流れ込み、濡らしているのだ。卑猥な光景が広がっていた。
 滑りを利用して、潤滑剤の変わりにする為、指で体液をすくうように濡らす。
「ん」
 樹は低く呻き、菊丸の指を受け入れた。指はうまいように入っていく。
「ん、んう」
 抜き差しを繰り返される度に樹は細く鳴いた。
 ここには二人しかいない。声を抑える必要は無い。こんなにも恥ずかしい行為をしているのに、気持ち良さを増徴している気がしてならない。
「もっと」
「え?」
「もっと掻き回して」
「こう?」
「もっと」
 優しく緩やかに蠢いていた指は、荒く内側を摺るように変化する。
「変に優しくしないで欲しいのね。いつものお前のままで良いです」
 指が増えて、乱暴に乱される。
「あ、ああ」
 樹は顔を伏せ、淫らに腰を揺らした。窄みは徐々に容量を受け入れていき、この後の期待に菊丸は膨らんで、我慢が辛くなってくる。


「っ」
 熱く膨らんだ自身が窄みに宛がわれた。蜜が零れて、ひたりとした感触がする。
「ごめん、何も用意してなくて」
「菊丸の方が不味いんじゃないですか」
「言うなよ」
 先端が侵入し、樹はその刺激で自身からだらだらと白濁を吐き出してしまう。
「樹、待てよ」
「だって」
 窄みが収縮し、締め付けられるが己を深く沈みこませた。震えて樹は受け入れる。
 だが、いざ沈めても動かせば果ててしまいそうなくらい、菊丸自身は追い詰められていた。動けずに固まってしまう。
「菊丸?」
「駄目だ、抜く」
「どうして」
「出ちゃう、んだよ」
 だが、抜き出す際の摩擦にも耐えられそうにない。
「そのまま出して良いのね」
「はあ?」
「出して、ください」
「知らねえぞ」
「お前のミルク、たっぷり出してください。ってお願いすれば良いのね」
「馬鹿」
 腰を掴む力を入れ、菊丸は欲望を樹の内へ吐き出す。ドクドクと注ぎ込まれる体液に、樹は目を硬く瞑って耐えた。
 しかし、吐き出したにも関わらず、二人は欲望を取り戻す。
 抜き出さずに、菊丸は律動を始め、合わせるように樹が腰を揺らせば丁度良くなった。


 肌と肌がぶつかり、一定のリズムで音を立たせる。結合部の下には、流れ落ちた体液が砂を染めていた。
「んん、あ、ん」
「はっ………は……」
 突かれて樹の双丘は薄い赤に染まっている。僅かに視界を広めれば、彼の身体は全体的に染まっていた。太陽のせいか、それとも興奮か。快楽を与えている側とすれば、どちらもであって欲しい。菊丸の身体も染まっていた。
「は、菊丸、凄い」
「たっぷりくれてやるから」
 動きは早まり、激しくなっていく。
 脳は快楽に浸かり、菊丸は快楽のまま樹に打ち突ける。荒々しい菊丸の欲望が、樹には心地良く、欲望がもっと欲しいと望む。砂を握りこむが、指の間から零れていった。
「凄い、もっと!もっと欲しい!」
「搾り尽くす気かよ」
「だって、とっても気持ち良いのね……!」
「そんなに善がると調子に乗っちまうよ」
 また菊丸は達し、欲望を樹の内へ吐き出す。
 それでもまだ足りない。奥の奥まで深く欲しい。
「は!………あ、ああ」
「ん、く。は……………」
「あ、またほら、大きくなった」
 飽きもせずに腰を動かしだす。全て吐き出し尽くすまで、行為は続いた。




「は――――――っ」
 情事を終えると、汚れた身体を洗う為に二人は海に浸かる。菊丸は顔を出すと手で水を拭った。
「樹?」
 沈んだままの樹が見当たらない。
「はあ」
 すぐ目の前に顔を出し、菊丸は面を食らう。
「菊丸っ」
 ぎゅうと正面から菊丸に抱きついた。
「やめろって」
 普通に泳げるが、同様で均衡を崩す。菊丸も樹に抱きつかねば溺れてしまう。
「おい、こら」
 しがみつけば樹がついばむような口付けを始めた。
「駄目だってば」
 身体を密着させられれば、裸の自身同士が触れる。水着は履いていなかった。
「もう駄目だって」
 もうさすがにあれだけ吐き出せば、勃つ気がしない。身体も疲れきっていて、これ以上やれば帰れそうにない。
「菊丸」
 口付けをやめ、鼻と鼻を合わせて二人は見詰め合う。
「俺の事、好きですか」
 この樹の問い、どう答えても逃してはくれなさそうだ。
「俺は、大好きなのね」
「俺は…………俺はな…………」
 視線を彷徨わせた後、樹の瞳に戻す。
「好きに決まってるだろ馬鹿野郎!」
「初耳なのね」
「嘘吐け」
 唇をぶつけ合うように合わせ、海の中へ沈んだ。
 波紋は薄くなっていき、波に掻き消える。静寂が訪れた。










翌日
桃城「英二先輩、随分と焼きましたねー」
菊丸「そう?」
桃城「海ですか?」
菊丸「そう」
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