ある日、2人は同じチームになった。
 ある日、2人はお互いの趣味を知った。
 そして2人は意気投合をした。



趣味



「………………………」
 千石は目をパチクリとさせて、その光景を眺める。
 彼は関東ジュニアオープンへ向けて組んだチームのリーダーを務めていた。
 視線の先には更衣室へ帰っていく2つの影。同じチーム員の南と金田であった。2人は嬉々として趣味に関しての話題を話している。千石が練習の終わりを告げた途端、これだ。
 南と金田には共通の趣味がある。切手集めだ。運動部員には珍しい趣味であろう。だから余計に趣味を知った時の喜びといったら、ひとしおかもしれない。普段、大人しくて控えめな性格の彼らが、夢中で話している。南と同じ学校へ通い、親しいはずの千石さえも入り込めない雰囲気を放っていた。


「ねえ」
 千石は横を向き、同じチーム員の裕太に声をかける。声が小さかったのか、裕太は気付いていない様子であった。いや、誰の声も聞こえる状況ではないのだろう。呆然と、南と金田の背を見つめていた。
 その表情には悲しみや嫉妬、怒り。様々な感情が押さえ込めされ、彼自身どうしたら良いのかわからないようであった。千石は引っ掛かりを感じた。そんな顔をする程のものだろうか。リーダーとして、仲間として、裕太をこのままにして置く訳にもいかない。
「不二くん」
 もう一度、名を呼んだ。今度は気付いたようでこちらを向いてきた。
 にこにこと笑いながら、千石は話を持ちかける。
「お腹空かない?どこか、食べに行こうか」
「え……?ああ、そうですね」
 僅かに間を空けて、ぎこちない笑みを浮かべる裕太。
「なんにしようか。疲れたし甘い物が良いかも。それとも量を優先かな」
「結構、腹減っているんスよ」
「そっか。じゃあお好み焼きとかどう?美味しい店知ってるんだ」
「はい、行きましょう」
「よし決まり!行こう行こう!」
 千石は裕太の肩を軽く叩き、制服に着替えて練習場を出て行った。




 店に着くまで雑談を交わし、裕太の気持ちを和らげてから入る。適当な席に座り、注文をすると裕太が口を開いた。
「千石さんと南さんは、同じ山吹中でしたよね」
「うん。不二くんと金田くんはルドルフ……」
「あ」
 裕太は軽く手を上げて、千石の言葉を止める。
「俺の事は、裕太で良いので」
「そうなの?俺は金田くんの呼び名に沿ってみたんだけど。じゃあ、裕太くん」
「はい」
 頷く裕太と具材が届くのが重なり、千石は“作ってあげるね”と鉄板の上で調理をしながら会話を続けた。
「俺、南が切手集め好きだとは聞いていたけれど、あそこまで好きとは知らなかったー。裕太くん知ってた?」
「あまり……」
 裕太は顔を曇らせるが、千石は調理に集中しており彼の変化には気付かない。
「南ってさー、いっつも堅苦しい感じでコラ千石って叱られっぱなしなんだよね。あんな嬉しそうな南、初めて見るかも。テニスとはまた違うというか。ちょっと妬いちゃうけど、南が良いならそれで良いやって。うんうん」
 はははは。千石は1人笑って見せた。本当の本当はつまらないし、寂しい。けれども南の幸せの邪魔をするのは心苦しい。そうやって自分で自分に言い聞かせて納得させるが、やはり胸がチクチクと痛む。難しい板ばさみであった。
「………………………」
 黙り込んでしまう裕太。彼も金田のあのような嬉しそうな顔は見た事が無かった。
 千石はちょっと妬くと言っていたが、裕太の方は妬く所の話ではない。金田はやっと手に入れた友人なのだ。
 一年の頃は青学で兄と比べられ、気まずい思いをした。ルドルフへ転校をしても不二周助の名に囚われ、部活は部活で補強組は裕太個人として認めてくれるが、生え抜き組とは折り合いが付かず、レギュラーなうえに観月のお気に入りという事もあってやっかみ扱いをされていた。そんな中で仲良くしてくれた金田。孤高の振りをしていたが、ずっと奥底で求めていた友人という存在になってくれた。彼が呼ぶ不二は、不二裕太としての不二を意味していた。これからもルドルフを支えていく、大切な絆なのだ。
 今、その絆を遠ざけられようとしている。南に金田を取られようとしている。また一人になってしまう。一年の頃の嫌な思いが込み上げてくる。もうあんな思いはしたくはない。臆病な気持ちが追い詰めてくるのだ。


「裕太くん?」
 千石は裕太の目の前で手を振る。裕太はハッとして我に返った。
「だいじょうぶ?」
「え、あ、は、はい」
 慌てて何度も頷く。
「出来たよ。熱いうちに食べよう?」
「はい、頂きます」
 出来上がったばかりのお好み焼きを冷まさずに口に入れ、涙目になって口を押さえた。
「お好み焼きは逃げないよ」
 千石は穏やかな表情でお好み焼きを味わう。




 一方その頃、南と金田は帰路を並んで歩いていた。
「腹、空いたな。金田、何か食べないか?」
「良いですね。なんにしましょう」
「この辺りに、お好み焼きが屋あるんだ。千石が良く連れてってくれて……あそこだ」
 南は辺りを見回し、店を見つけると指をさす。金田は南の後ろを付いていき、2人は扉を開けた。
「あ」
 中にいた2人と目が合い、4人の声が揃う。
 千石はおいでと手招きするが裕太はつい視線を逸らしてしまう。南と金田は顔を見合わせて、彼らの席へ向かった。
「南ぃ、なに頼む?」
「俺はいつもので」
 差し出されるメニューを南は金田に促すように合図する。
「俺はどうしよう」
 金田はメニューを眺めながら、裕太を見た。左を見れば右に向かれ、右を見れば左を向かれる。
「?」
 首を傾げ、視線をメニューへ戻した。そうすると裕太の顔は金田の方を向く。もはや意地以外のなにものでもない。千石はそんな裕太を見て苦笑を浮かべた。
「金田くん、決まった?」
「はい。不二と同じものでお願いします」
 南が金田の分も注文し、彼にそっと千石の好きな食べ物を話す。
「千石さん、お好み焼き好きなんですか」
「うん、あとはもんじゃも好き。金田くんはなにが好き?」
「俺はその……」
 金田は照れ笑いをし、小さな声で“おにぎり”と答えた。
「おにぎりだって!?」
 南が突然声を上げ、3人はびくりと身体を震わせる。
「俺もおにぎり好きなんだよ!」
「本当ですか!何から何まで奇遇ですね」
 南と金田はがっしと手を握り、ぶんぶんと振った。
「………………………」
 千石と裕太は気が遠くなるのを感じる。
 最強チームへの道は前途多難であった。







南と金田は趣味と好きな食べ物が同じなので、もはや運命だと思ってます。
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