学校の屋上で地味'sこと南と東方は昼食を取っていた。
「なあ東方」
南は東方に笑いかける。
笑顔なのに、なぜか視線を逸らしたくなるのは気のせいだろうか。
「……なんだ?」
嫌な予感を胸に抱き、東方は返事をする。
「もうすぐ、千石の誕生日だな」
「ああ」
その事か。
ここで弁当の蓋を閉めて下に降りられたら。
想像するだけ想像して、腹を括った。
詰まる所
「もう、用意しているのか?」
「ああ」
東方の問いに、南は嬉しそうに頷く。
本当に千石が好きなんだな。胸が温かくなるものだが、これで終わらないから問題なのだ。
「千石、喜んでくれると良いんだがな」
「…………………………」
「…………………………」
南の箸が止まっている。心なしか、視線は斜め上の青空に向いていた。
恐らく千石の喜んでいる姿を思い浮かべ、あまつさえ"南、有難う!この後、空いてる?"というアフターを妄想していると東方は読んだ。
こいつ、意外と楽観的なんだな。今の内に弁当を食べてしまおうと決める。
だが、その空気を乱す人物が現れた。
「部長ーっ、東方せんぱーい」
軽やかな足取りで屋上へ上がってきたのは後輩の壇。十一月の頃には二年生の中から新しい部長も決まっており、三年生である南は元部長であった。
「おいおい、南元部長だろ?」
冗談交じりにさらりと訂正する東方。
「僕には南部長も室町部長も、部長です」
来年より部の中心となるのは室町。副部長には喜多。三年生のほとんどの生徒は来年、高等部に上がるだけなので、いつでも会えるかもしれないが、壇の言葉は素直に嬉しく誇りに思う。
そうだろう南?心の中で相方に話しかける。しかしどうして、南はまだ上の空なのだろうか。
「南」
「はっ」
東方の声に、やっと南は我に返った。
「部長?どうしたんです?」
大きな瞳を瞬きさせて、壇は様子を伺う。
「大丈夫。十一月だからだ」
「え?そうなんですか?」
わからないまま納得しようとする。
「壇。どうした」
壇の存在に気付いた南は、一瞬目を丸くさせた。
千石との妄想だけで、ここまで周りの存在を排除できるのはある意味才能と呼べるだろう。
「それで、どうしたんだ?」
話を進めようと、東方は壇に座るように促して本題を問う。
「はい。そうでした」
膝を曲げながら、壇は来た理由を話し出した。
「もうすぐ、千石先輩の誕生日じゃないですか」
「そうだな」
相槌を打つ南。千石の誕生日はカレンダーにチェックを入れるくらい、当然熟知している。ちなみに毎朝起きるたびに、あと何日かを確かめていた。
「ここはお祝いしたいと、新渡戸先輩たちと話していたんです」
「へえ」
「そこでひらめいたんですよ。皆で割り勘してプレゼントを渡そうって」
「……は?」
「だからですね。皆で」
「もう一度言ってくれるか?」
南の意思が現実を受け入れようとしない。横で聞く東方は哀れに思った。
「皆で千石先輩に渡すんです。お二人もどうですか?強制じゃないので」
壇は思いついたように“あっ”と声を出して口を押さえる。
「ひょっとして、もう用意してあります?個人的に渡す予定があるとか」
「えっ!?無い無いっ!これっぽっちも無い!」
全力で否定をする南。
「俺も参加するよ。東方も参加するって」
「おい」
突っ込み損ねた東方の手が宙を泳ぐ。断る理由もなく、賛成は賛成だが勝手に決められたのが不満であった。少し複雑な相方の心境である。
「良かったぁ。では僕はこれで」
壇は立ち上がり、屋上の入り口へと小走りで駆けていく。
「忙しい奴」
東方は苦笑し、南の方を向いた。
「それにしても南。どうしてあんな事言ったんだよ」
「だって」
南は俯き、視線を落とす。
「用意しているなんて言ったら、俺が千石好きみたいじゃないか」
口を尖らせ、箸で弁当の具を突いた。
「好きじゃないのかよ」
「…………………………」
東方の言葉に背を向けて弁当を食べる。
「どうすんの?」
「…………………………」
「わっかんねえなー」
息を一つ吐き、東方も食事を再開させた。
用意しておいたプレゼントの存在を口には出せず、時ばかりが過ぎて、千石の誕生日当日はあっという間にやって来てしまった。
「おめでとうございます!」
部室へ千石を呼び、後輩たちが祝いの挨拶をする。
「おめでとう、千石」
同級生も肩に手を回して、彼の誕生した日を祝う。
「有難う皆」
仲間の好意に感謝する千石。
「これ、皆から。千石に」
南が代表して共同で用意したプレゼントを手渡した。
「俺、すっごく嬉しい。ラッキーだよ」
抱き締めるようにプレゼントを受け取り、喜んだ。
周りの暖かさで、彼がいかに愛されているのかを南は感じていた。
大好きな千石が愛されているのは、南としても嬉しい。
けれども、愛は一歩出た特別なものでありたいと願うようになったのはいつからだろう。
中学で出会い、今年最後の時をぼんやりと思い返す。
浮かぶのは愛しい想い。
様々は事があった。良い事ばかりでは無かった。冷静に考えれば、嫌な事の方が多いような気もする。
だが最後は、詰まる所は愛にかえる。
こんなにも愛おしいのに、想いは胸の奥で沈むだけ。欠片も伝わらぬまま、沈み続ける。
今日も結局、それで終わるのだ。
帰り。本当に偶然以外の何ものでもないが、千石と南は二人で帰る事となった。
白い制服が夕日の赤に良く溶け込む。肌寒いがコートを着るまでもないのでマフラーを巻いていた。
南の鞄には無駄とわかっていても持ってきてしまったプレゼントが入っている。
今が最後のチャンス。今をはずせば後が無い。それにまだ渡すつもりでいたのか。
往生際の悪い、優柔不断な心。右へ行って左へ行って揺れに揺れる気持ち。
葛藤が胸に渦巻き、雑談を交わす口数は少ない。
そんな彼の横を歩く千石は、上機嫌で皆のプレゼントを大切そうに抱えていた。
「南?」
千石はきょとんとして南の顔を覗き込む。
「なんでもない」
姿勢を正して平生である事を主張する。
「俺、なんにも言ってないよ」
目を瞬きさせて、変な南と首を傾げた。
「南」
「だからなんでもないって」
「なにかあるの?」
「え…………」
言葉に詰まり、足も止まってしまう。
千石も足を止めて南に向き直る。
ここは車も自転車も生徒以外の人通りも少ない通学路。両端は住宅で静かであった。
「勘なんだけどね。部室にいた時から思ってた。勘違いだったらアンラッキー」
しょげる振りをする千石に、思わず笑みが零れる。
「あるよ」
気持ちが楽になったのか、南は自然と言い出せた。
だが緊張はしており、千石の顔を見たまま鞄を漁る手はぎこちない。
「これ、やるよ」
ラッピングされた小箱を手渡す。
「なに?ダブルプレゼント!?」
千石は目を輝かせて受け取った。
「どうしたのこれ?」
「え?」
顔が瞬時にして熱くなる。燃えるような、火のような熱さであった。
「ええと…………」
真実はもちろん、言い訳の言葉すらも口に出せない。
「とにかく有難う。大好き南」
「え?」
千石の顔が近付いて、気付けば彼は前にいて手を振っている。
早く早くと促され、追いつこうと足を動かそうとした時、何をされたのかを理解した。
なぞろうと上がる手は、唇の前で固まる。
「南?どうしたの?もしかして嫌だった?」
へらへらと笑う千石だったが、南が硬直したままで本当に動かないので次第に心配になってくる。
「南?」
もう一度呼びかけると、南の瞳がきょろりと動いて千石の瞳を見据えた。
遠くも近くも無い距離で交差する視線。ただ瞳が合っただけなのに捕らえられたように動けない。
顔が赤いように見えるのは、夕日だけのせいではないと期待をした。
相手の鼓動の高鳴りが聞こえる気がして、耳を済ます。
静寂と沈黙の中から探り出して、音を求めた。
南がツンデレかもしれない。千石が不思議ちゃんかもしれない。
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