真面目で、しっかり者で、優しくて甘えさせて、時に叱ってくれる。
 同級生で同じ部活の部長。
 彼は友人。好きかと問われれば好きだろう。



好き、お前だけ



 休み時間。千石は南のクラスへ行って彼に会うなり拝みだした。
「お願い!ノート貸して!」
 手を合わせて頭を下げる。
 千石は南と同じ担当教師の出した課題を見せて欲しいと言うのだ。
「今回だけだからっ」
「それ、何度目だっけ」
 窓際一番前の机に座る南は表情を変えず、淡々と別の課題を解いている。
「南ぃ」
 千石はしゃがみ込み、南の机を掴んで顎を乗せた。見詰める瞳は、うるっと涙ぐむ。
「頼むよー。マズいんだ。部活禁止されるかも」
 南の瞼が僅かに震えるが、瞬きで隠された。
 ふー。鼻で息を吐き、薄く口を開こうとした時――――。


「あ」
 千石の目が丸くなり、視線は南ではない、別の方向へ向けられた。ある女生徒へと。
「あの娘、南のクラスだったんだー」
「お前が気になっていたのは、二年の陸上部の娘じゃなかったっけ」
「その娘も好き」
 ふー。今度は溜め息を吐く南。
「ホント、どの娘も好きなんだな」
「悪いー?」
 女生徒を眺めながら言う。
「悪いとは言わないが、千石の“好き”は薄いよな」
「言ってるよ」
 視線を南に戻し、じっと見据えた。口は尖っている。
「南はだから彼女が出来ないんだ。ま、俺もいないけどさー」
「…………………………」
 怒った?伺うように千石の瞳がきょろりと動いた。
「そうだな」
 持っていたペンをノートの上に置く。
「その言い方、気になる。誰かいるの。いたら俺、妬いちゃうかも」
「なんでだよ」
「だってさ、南は真面目だし、気が利くし、なんだかんだで優しいしね。俺の傍にいて欲しいなー……なんて」
 ニッと白い歯を見せて笑った。
「随分と都合が良いな。彼女は欲しい、俺にもいろって」
「そ、俺の好きなものみんな。……なに、その目は」
「別に。ほらよ」
 南は千石の欲しがっていたノートを彼の顔の前に差し出す。
「え?マジ?南大好き!」
 素早く立ち上がり、千石はノートを受け取って、もう離さんとばかりに抱き締めた。


「もー、そんな目で見るなって。そうだ、ノートを貸してくれるお礼として約束するっ」
「約束?」
 きょとんとした表情で、南は千石を見上げる。
「今度の練習試合、絶対勝つから。女の子見ないで、南だけを見ていてあげるからさー」
「嬉しくないな」
「そりゃ男にジロジロ見られても嫌だろうけど。俺、頑張っから」
 用事を済ませると、ひらひら手を振って彼は去ろうとした。
 しかし不意に、音のような、感覚のような何かが、言葉を脳裏に走らせる。


 千石の“お前だけ”も薄いんだよ。


「え?」
 動作を止めて、顔だけを南に向けた。
「今、何か言った?」
「いいや」
 何言ってんだこいつ、とでも言うかのように、苦笑を浮かべる南。
「……そう。じゃあ放課後に返すから。変な事聞いてメンゴ」
 肩を上げて見せ、千石は教室を出て行く。
 彼がくぐった教室のドアを、南はしばらく見詰めていた。
「あいつ、意外と耳ざといんだな」
 そう独り言を呟く。
 悲しむ訳でも、ましてや喜ぶ訳でもなく。瞳は懐かしむように細められた。
 彼の好意だけでは、心は動かされなくなっていた。
 熱くも、冷たくもなれはしない。
 言葉の奥底の、心のさらに奥を抉った場所にある唯一の愛を、欲していた。
 こんな心。彼は夢にも想像できないのだろう。
 ふと思えば、笑いが込み上げた。







千石視点を目指してみたら玉砕。
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