同じ日に、別々の場所で生まれた二人の男児。
人生を歩む中で、同じスポーツを好きになり、同じ会場に集う。
しかし触れ合わずに通り過ぎていく。
巡り合わせが幸か不幸かは、出会わなければ知る由も無い。
始まり
夏。全国大会。
日差しが真上から照らす会場で、激戦が行われている。誰もが試合に釘付けになる脇の通路では、辺りを見回し、彷徨う少年がいた。表情には焦りが浮かぶ。
「参ったな……」
少年――金田一郎は聖ルドルフ学院のテニス部二年だ。この会場へは仲間たちと来たのだが、飲み物を買いに席を離れて戻ろうとすれば、迷ってしまった。こんな事なら、何か目印を覚えて置けばよかったなど、今更後悔は遅い。
一方、コートを挟んだ反対側にも、金田と同じように自席を見失った少年がいる。
「んー?」
低く呻き、長身をいかして遠くを見るも効果は無い。彼の名は千歳千里といった。
「あれえ」
「んんー……」
二人は周辺を歩き回る。動きが鏡合わせのようだが、本人たちは気付くはずも無い。
そんな二人を仲間が見つけ、手を振りながら駆け寄ってくる。
「おーい」
呼びかけ、顔を上げるタイミングが重なる。
「ちっとも来ないから迎えに来たよ」
金田を迎えに来たのは木更津。
「どこ行っとんねん」
千歳を迎えに来たのは忍足。
苦笑いを浮かべ、二人は仲間と共に戻って行った。
二人は触れ合わず、視線さえもかわさずに夏は過ぎる。
季節は巡り、冬。十二月も下旬を過ぎていた。
千歳が寮の自室でくつろいでいると、電話が掛かってきた。相手は橘だ。
『よお』
「おお、桔平」
友の声に身体が内側から温まっていく。
『なあ、正月は九州に戻るんだろ』
橘の喋りは、すっかり標準語が板についてしまった。
「桔平、お前の要望を正直に言って良かよ」
『じゃあ言う。東京で一緒に初詣をしに行かないか。出来れば三十一日から会いたい』
喉で笑う千歳。笑いは橘にも伝わってくる。
『どうした』
「楽しみばい」
その一言で、橘の安堵の息が電話にかかった。
電話を切り、千歳はベッドに飛び込む。大きな身体が勢い良く乗れば大きく揺れた。
自然と笑ってしまう口を隠そうと突っ伏すが、堪えきれず音が漏れる。
「くくっ」
橘と直接会うのは夏以来。楽しみ以外の何があるというのだ。
一方。金田も同じ頃、裕太に声をかけられていた。
「なあ金田、初詣一緒に行こうぜ」
「え?俺?」
思わず自分を指差してしまう金田。
ひょっとしたら不二は――――。金田は思う。
今の時期、ルドルフの寮生は帰省してしまう者ばかりだ。親しい先輩がいなくて不二は寂しいのかもしれないと。
「俺で良ければ」
金田は頷く。
「なら三十一日から行こうか。どうだ?」
「良いよ」
「なら決まり、な」
軽く手を上げて別れた。
そうして金田が遠くなるのを見計らい、潜んでいた赤澤がすかさず肩を回す。
「よお裕太。上手い事誘いやがって」
「はあ?」
「俺も行くぜ。こういうのは多い方が良いだろ」
「一体何の話ですか」
何がなんだか。裕太には全くわからない。
「おいおいとぼけちゃって」
「だから……」
「ま、隠すのも一つの手だろうよ」
赤澤は勝手に話を完結させて行ってしまう。
「何の話だってんだよ……」
呟きは赤澤には届かない。
そして訪れた十二月三十一日の夜。
駅で橘と千歳は久しぶりの再会を喜んだ。
「おお桔平、元気しとった?」
「お前……また背が伸びてないか?」
額に手をあて、千歳と比べてみる。
「そうだ。千歳、誕生日おめでとう」
「ん?あー……すっかり忘れてた」
橘に出会うのが楽しみすぎて、自分の誕生日を忘れてしまっていた。
「これ、後で開けてみてくれ」
そっとプレゼントを渡す橘。
「おおきに」
関西弁で返す千歳。“に”の形が笑顔を作る。
大阪での生活が幸せなのだと、そんな密かな報告に聞こえた。
わだかまりの消えた二人にはいる場所など関係は無い。深い友愛はいつどこにいても二人を繋いでいる。
「行くか」
橘が歩き出すと後をついていく千歳。
カランコロン。真冬だというのに下駄の音が響く。
橘たちが訪れた神社の入り口では赤澤と裕太が金田を待っていた。
「金田、どうしたんでしょうね」
「……そうだな」
反応に間が空く赤澤。不動峰の部長にして獅子学の選手であった橘を見かけて気を取られていた。
赤澤の視線など露知らず、人の多い神社で進み辛い中、千歳が出店に興味を持つ。
「桔平。俺ちょっと買ってくるよ」
「おい千歳っ」
ふらりと行ってしまう千歳。彼は九州の時もそうであった。
仕方なく近辺で待つ事にする橘は、赤澤たちの横に距離を置いて並んだ。
「やっぱりあれ橘だ。ほら不動峰の」
赤澤は裕太に囁く。
「え?なんです?この神社有名ですからね。他の生徒が来てもおかしくありませんよ」
あっさりすぎる裕太の反応に、赤澤は何か面白くないらしく肘を突く。
「おい裕太。今日は何持って来たんだよ」
「だからこないだもそうでしたけど、一体なんなんですか」
「今日は金田の誕生日だろうが。昼頃、柳沢たちも一斉にメールしたらしいぜ」
「ち、ちょっとっ、本当ですかっ」
裕太は声を大きくして赤澤に詰め寄った。
「裕太知らなかったのか?俺はてっきり誕生日を見計らって金田を初詣に誘ったものかと」
「知りませんよそんな。俺だけ金田に何もしてやれないじゃないですかっ」
「落ち着け裕太。大事なのは気持ちさ」
「とか言って、赤澤さんはしっかりプレゼント用意してるんでしょ」
「……………………」
その通りだ。赤澤は言葉に迷い、沈黙する。
裕太の頭の中は“どうしようどうしよう”という焦りでいっぱいであった。
「参ったなぁ」
金田はというと、神社の通路の真っ只中にいる。
別の入り口から入って待ち合わせ場所に行こうとしたのだが、人の波に逆らえずに往生していた。
なんとか詫びとすり抜けを繰り返し、裕太の頭をやっと見つける。
しかし進もうとした足は何かを思いついて別の方向を向く。
「二人に何か買っていこう」
今日は赤澤と裕太と三人での初詣。地方の補強組のいない中、やはり寂しいのは裕太だと金田は思う。
そこで彼の好きな甘い物にしようと、綿飴の出店に行った。綿飴屋は繁盛しているらしく、いちいち袋に詰める時間が無いのか、作ったものを渡していく。
「あの、綿飴み……」
注文をする刹那。横から他の人間に越されてしまう。
「二つ頼むばい」
「あいよ」
方言に、つい金田はその人物を見上げた。千歳である。
「ん?」
千歳は視線に気付いて金田を見るが、二人には面識が無い。一瞬の間が空くが、特に何も起こらずに二人は自分の行動をする。まるで、時が止まってしまったような感覚であった。
千歳は二つ、金田は三つ持って、待たせている人物の元へと向かう。
「桔平」
「まるで祭りだな」
橘は困った顔をするが満更でもなく口元を綻ばせて受け取る。
「待たせてすみませんでした。はいどうぞ」
「お、気が利くじゃねえか」
「あ、あの、金田、さ」
「不二は甘いの好きだよな。綿飴も好きか?」
「ああ、好き」
何か言おうと努力するが結局言えず、裕太は綿飴を受け取る。
「金田、今日誕生日だろう。ほら、受け取れ」
赤澤は金田に包みを渡す。
「有難うございます!赤澤ぶ………さん!!」
“部長”と言いかけて“さん”と直す。赤澤含め三年は引退した身だ。
「あ?俺が不細工だって?」
「違いますよ赤澤ぶち……さん!」
「今日に免じて許してやるよ」
直せない金田に、赤澤はひらひらと手を振った。
「金田……俺……その……」
次に裕太が話しかける。おめでとうと言うべきか、それとも先に知らなかった事を詫びるか。
ぐるぐると二つの思いが揺れに揺れる。
「俺……!」
口を大きく開けて息を吸い、発した瞬間―――
裕太の体は強い力で押された。
「裕太も来ていたんだ!」
兄・周助である。
「こんばんは」
彼の後ろには青学の三年生たちが勢ぞろいしていた。
「千歳……」
手塚が千歳に気付いて呟く。
「おおっ、ドロボウのお兄ちゃんっ」
「それはやめろと言っている」
「まあまあ」
静かな苛立ちを発する手塚に、大石と河村がなだめた。
「お前らか、久しぶりだな」
橘が嬉しそうに歩み寄る。
「おや……金田に千歳……君たちは……」
乾が眼鏡のフレームを押し上げ、ある事に気付く。
「二人は今日が誕生日じゃないか」
「えっ」
金田と千歳の声が重なり、同じタイミングで互いを見た。
「マジ?すげー」
菊丸が感嘆の声を上げる。
「今日は十二月三十一日。一年が終わる日。次の日には新しい年が始まる」
「生まれて、新しい年が来る。なんだか良いね」
大石と河村がくすくすと笑う。
「何か良い事がありそうたい」
「そうですね。来年は良い年になりそうです」
千歳と金田も笑い出した。
同じ日に生まれ、生まれた日に偶然出会った二人。何かの始まりを感じずにはいられない。
運命が良い方向に向かおうとしている。そんな予感がしてならないのだ。
偶然出会った橘と千歳、赤澤と裕太と金田、青学三年は揃ってお参りの列に並ぶ。
久しぶりの再会は話題に溢れ、自然と喜びに心が満たされていく。
除夜の鐘が鳴り、新年が始まった。
裕太は賽銭箱の前に来れば“御縁”と呼ばれる五円を投げ入れ、手を合わせて瞳を閉じる。
金田。おめでとう。
願った後で、何かが根本的に違う気がした。
しかしそれも、あながち間違いではない。
新しい年は二人がルドルフの未来を導いていくのだから。
金田と感謝し合えるような、そんな素晴らしい一年を裕太は願った。
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