焦ってたんだ。
思い立ったが吉日
部活中。休憩に入り、ベンチでスポーツドリンクを片手に裕太と金田は雑談をしていた。
「なあ、あの事なんだけど…………」
部活をしている時の裕太は饒舌だった。次々と話題を変え、面白おかしく話す。
部屋では口数少ない方なのに…
そんな事を思いながら"うん。そうだね"と相槌をうつ。
「お〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い、金田ぁ。来てくれ!」
コートの方から赤澤が金田を呼ぶ。
「はい!!」
金田は立ち上がり、赤澤の元へ駆け足で向かう。
「…………………………………………」
駆けて行く金田の背を、裕太は切なげに見つめていた。
金田にとって赤澤の存在は絶対だ。
たとえ何があろうとも、赤澤が呼べばすぐに飛んでいく。
部活以外でも、どうでもいい事でも、赤澤が呼べばすぐに飛んでいく。
行くなよ。
何度言ったことか。
そんな時、決まって金田は言う。
"ごめんね。赤澤部長が呼んでいるんだ"
部活仲間。ルームメイト。親友。
俺にとって金田は一番で。
金田もいつも俺の事を一番に思ってくれるのに。
けれど。
赤澤先輩が現れれば
1に赤澤先輩、2に俺だ。
容赦なしに、俺の事は後回し。
部活の時間は。
いつ赤澤先輩が金田を呼んで、連れて行ってしまうのか。
いつ俺が2番目になってしまうのか。
そんな事ばかりを考えては、不安になる。
俺だけを見ていて欲しいから、必死に話題を考えて金田に話しかける。
お喋りは苦手な方だが、金田の気を引きたい一心で話しかける。
赤澤先輩の声が聞こえないように。
赤澤先輩の姿が見えないように。
赤澤先輩の事を連想させないように。
なのに。
やっぱり。
今日も連れて行かれた。
1人ベンチに取り残された裕太は、スポーツドリンクのラベルに書かれた文字を眺めて、悲しい気持ちを押し込める。
コートで赤澤に呼ばれた金田は、彼の元に駆け寄ると
「なんでしょうか!?」
ハキハキとした声で赤澤の言葉を待つ。
「ああ。ダブルスの事なんだけど…………………」
金田は真っ直ぐに赤澤の目を見て、彼の話を聞く。
呼べばすぐに飛んでくる。
褒めてやれば、照れながら無邪気に喜ぶ。
悩みがあれば、すぐに俺に相談してくる。
可愛くて、真面目な、従順な後輩。
俺の後輩。
話が終わり、部活以外の事でも話そうかと思うと、金田の口から必ず出てくる単語がある。
「そういえば、不二がですね…………」
不二。
"聞いて下さい赤澤部長。不二が……"
"不二が言ってましたよ?"
"部長〜〜〜っ。不二が、不二が"
不二が。不二が。不二が。
金田から振ってくる話題は裕太から始まり、裕太で終わる。
金田が知っているはずのない事を、なぜ知っているのかと聞けば裕太に聞いたと言う。
泣きそうになって俺の名を呼べば、また裕太のことだ。
そりゃ同じ2年レギュラーだろうから、そりゃルームメイトだから、そりゃ親友だから。
仕方ない事だけれども。
俺を頼ってくれるのは嬉しい。
嬉しいはずなんだけれども。
俺といる時は、裕太の事は忘れてくれないか?
「まて、まて、言い忘れたことがあった」
裕太の話を始めようとする金田を手で制止しながら、俺は再びダブルスの話題をし始めた。
ここの所、金田とは部活の話題しかしていないような気がする。
2年の頃は、補強組が来る前までは、もっと色々な話をしていたはずなのに。
金田から裕太の話題を出させたくない。
そんな事を考えると、急に臆病になるんだ。安全な話題しかだせないんだ。
話題がそんなに持つはずもなく、赤澤は少し寂しげな表情で、裕太の事を話す金田を見つめていた。
裕太と赤澤は思う。
愛を告白してしまおうか。
好きだ、と。
金田が困るのはわかっている。
けれど、
モタモタしていると、アイツに取られてしまいそうで、不安だった。
焦ってたんだ。
翌日の昼休み。金田は図書館に入る観月を見つけた。
「観月、さん」
小走りで近づいて、呼び止める。聞きたいことがあったからだ。
「おや金田くん」
んふ。と口元を綻ばせ、観月は振り返る。
「あの………………………………。今日、部活でなにかあるんですか?」
下を向き、上目遣いでチラチラ観月の顔を見上げる。
「なにって、なんですか?特に何もないですけど」
目をパチクリさせた。
「今日の放課後。赤澤部長と不二に、校舎裏へ来て欲しいと呼ばれたので………」
「はあ」
「同じ時間、同じ場所なのに、2人別々に言って来たんです。俺が1人でいる時、コソコソと辺りを見回しながら。挙動不審で、怪しかったです」
「はあ」
観月はこめかみに指をあてて、考える。
放課後。
校舎裏。
別々。
挙動不審。
はて………?
「……………………………観月さん」
「はっ!」
我に返った。
「今日は何もないんですよね。ではこれで。変なこと聞いてスミマセンでした」
ぺこりと頭を下げて、金田は校舎へ行ってしまう。
「ふむ…………………」
観月は首をかしげ、髪をいじりながら図書館へと入っていく。
頭の中に何か突っかかったまま、午後の授業が終わり、放課後となってしまった。
そして校舎裏では、赤澤と裕太が睨み合いをきかせていた。
「赤澤先輩、用がないなら早く行って下さい」
裕太は苛立ちながら、腕を組んだ。
「人、待ってんだよ」
裕太とは目を合わせず、木を眺めながら赤澤は言う。
「俺も、待ってんすよ」
…………………………………………………………。
…………………………………………………………。
たらり。
裕太と赤澤の額から、汗が一筋流れた。
嫌な予感がする。
「赤澤先輩。つかぬ事をお聞きしますが」
「俺も裕太に聞きたい事がある」
顔をあわせ、指を指す。
「「待ち人って"か"のつく………………………」」
…………………………………………………………。
…………………………………………………………。
だらだらだら。
汗が流れる流れる。
「あの……………」
ハッ!
2人は同時に声をした方を向く。
金田が校舎の影から、ひょっこり顔を出している。
「やっぱり、2人とも一緒にいましたか〜〜」
裕太と赤澤が2人並んでいるのを確認すると、小走りで駆け寄ってきた。
「別々に呼び出さないで下さいよ。どちらが言うのか決めていなかったんですか?」
しょうがない人たちだなあ、と口元に手を当ててクスクス笑う。
あはは。
あはははは。
そういやあ、そうだな。
笑うしかなかった。
誰にも見つからないように金田を校舎裏へ呼び出して、告白しようと思ったのに。
同じ日。
同じ時間。
同じ場所に誘うなんて!
何てこったい!!
裕太と赤澤は心の中で、頭を抱えて絶叫していた。
「それで、赤澤部長、不二、何の御用ですか?」
きょろりと瞳を動かして、首を傾ける。
答えられるわけないだろ!
「…………………………………………………………」
「…………………………………………………………」
ライバルの様子を伺いながら、黙り込んでしまう。
時間は容赦なしに過ぎて行く。
そろそろ部活に出ないと怪しまれそうだが、今ここを動くわけにはいかない。
「部長〜〜〜?不二〜〜〜?」
金田は困った顔で、2人の名を何度も呼ぶが、返事は返ってこなかった。
一方、部室では観月がブツブツ独り言を呟きながら、着替えている。彼の後ろでは、木更津と柳沢が談笑していた。
「さっきクラスの女の子に少女マンガ借りたんだ〜〜。面白いよ」
「なんてマンガだ〜〜ね?」
「んっとね…………………………"こ"」
ガタ――――――――――ンッ!!
派手な音を立てて、観月がロッカーに頭をぶつける。
「「観月ッ!?」」
木更津と柳沢が振り向く。
「こ!」
「「こ?」」
「こ・く・は・く・ダァ―――――――――ッ!!!!」
ジャージのチャックを閉めながら、観月は部室を出て行った。
取り残された2人はというと。
木更津が人差し指で頭を突付いて、柳沢が首を横に振る。
再び、校舎裏では何も話そうとしない、裕太と赤澤に痺れをきらした金田は。
「一体なんなんですか。用がないのに、呼び出さないで下さい」
そう言い捨てて、2人の前から去ろうと背を向けた。
「まっ」
「待てって」
裕太の手が伸び、金田の手首を掴んだ。
「離して。部活行かなきゃ」
振り返らず、ぼそりと言い放つ。
「待てよ」
掴む手に、力を込める。
「痛い。やめて。ホントになんなの……………」
振り解こうと腕を動かすが、裕太の手はびくともしない。
「不二!」
金田は裕太の方を向き、声を荒げた。
「………………………あ…」
裕太の悲しく、何かを訴える表情に、苛立ちも、怒りも、治まってしまう。
「裕太」
赤澤が金田の手首を掴んでいる裕太の手を剥がす。
「実はさ、金田に大切な話をしたくて放課後、校舎裏に呼び出したんだけども。
裕太も同じ用事で呼んじまったらしくて、こうしてバッタリ鉢合わせになったんだ。
その話、誰にも聞かれたくなくてさ、何て言ったら良いのかわからなくなっちまったわけよ」
普段の明るい赤澤からは想像できないような、憂いの表情で、落ち着き、淡々とした口調で金田に説明する。
「そ、そうなんですか………」
強く握られ、色を失った手首に手を添えながら、金田は頷く。
「えっと、じゃあ………」
2人を交互に見ながら、何かを言いかけようとした時。
彼は飛んできた。
「金田くぅ――――――――んっ!!!!」
金田の名を絶叫しながら、観月が走ってくる。
がしっ。
金田の肩を掴み、振り向かせると
がばっ。
思い切り抱きしめた。
「「なっ!!!?」」
裕太と赤澤に衝撃が走る。
ひょっとして観月も加えて四角関係だったりするのか!?などと考えて、立ち尽くしてしまう。
「み、みみみみ、観月さん!?」
全身を真っ赤にさせて、金田は観月の胸の中でアタフタする。
「大丈夫ですか!?何かされませんでした!?僕がもっと早く気付いていれば…!!」
さらにきつく抱き締めた。
「こら!!ばか澤っ!裕太っ!」
涙で潤んだ目で、赤澤と裕太を睨み付ける。
観月の気迫に、2人は思わず後退ってしまう。
「なに同じ日、同じ時間、同じ場所に告白しようとしてるんですか!?馬鹿!馬鹿!馬鹿!
金田くんが可哀そ………………………」
観月はふと、金田の手首に視線を落とした。きつく掴まれたのか、跡が残っているではないか。
「きゃああああああっ!!!」
観月、第2の絶叫。
「金田くんが、どちらを好きなのかを決めないものだから、力ずくって訳ですかぁっ!?
ショックです。こんな鬼畜共を仲間と思っていたなんて………」
ポロポロと零れる涙を拭いながら、赤澤と裕太をビシビシと指差す。
ぶんぶんと首を横に振って、否定するが、感情の高ぶっている観月に勘違いと気付く余裕はない。
「観月さん、泣かないで下さい」
金田がハンカチを取り出して、観月の涙を拭いてやる。
「ぐすっ。金田くんは本当に優しい子ですねえ。身も心もボロボロのはずなのに………………」
泣き笑いをしながら、金田の頭を優しく撫でた。
金田は何がボロボロなんだろうと、ハテナマークを浮かべている
「さて」
すうっと目を細め、頬を濡らしたまま観月は、再び赤澤と裕太を見やる。
本気で怒っている彼を見たのは初めてで、2人の背筋は凍りつく。
「僕は、赤澤と裕太がどれだけ金田くんの事を思っているのか、知ってました。応援してやりたいと思いました。
でも………………あなた方が、こんな酷い事をするなんて思ってもみませんでした!!!」
「観月さん、俺たち…っ!」
つかつかつか。
観月は裕太の前に歩み寄り、口の端をつねった。
「まだ言うか!この口は!」
「アイタタ…………今が初めてじゃないスか!」
裕太はヒーヒー言いながら、訴える。
「落ち着け観月、お前が考えているような事…っ!」
「聞く耳持ちません!金田くん!行きますよ!」
「は、はぁ……………………」
突如現れた観月は、勝手に勘違いをし、金田を連れて行ってしまう。
その後、裕太が部屋に戻ると、観月に“裕太くんを金田くんと同じ部屋に入れるわけには行きません!”と内側から鍵を閉められ、入れてもらえなかった。仕方なく観月と部屋を交換する形で、赤澤&観月部屋へ向かった。
赤澤は快く中に入れてくれたが、ひどく疲れた顔をしている。聞けば、散々観月に説教されたそうだ。
彼は頬を掻きながら、ジト目で裕太を見る。
「裕太、お前さ………………放課後の校舎裏で告白はベタすぎないか?」
「赤澤先輩だってそうじゃないスか」
はあっ………………
2人同時に、深い溜め息をつく。
「一時、休戦だな」
「そうっスね」
「「まず、観月(さん)の誤解を解かないと何も始まらない…」」
苦笑まじりに、観月の対策を話し合う。
観月(さん)のガードが解けたら、もう一度チャレンジしてみようか。
その時はどうか。
告白の時間が重なりませんように。
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