私がイチバン!!



 一週間後、神尾の誕生日がある。
 杏はどうせ渡すなら、神尾が欲しがっているモノが良いと思い、テニス部練習の様子を見に行くのを口実に、伊武達に聞き込みへ行った。


 神尾が側にいないのを見計らって、彼らに近付く。


 まず初めに、伊武に聞く事にした。
「ねえねえ、神尾くんが欲しがっているモノってない?ほらもうすぐ、誕生日でしょ」
「…………CDかな」
 しばらく考えた後、ぽつりと答える。
「CDって、何のCD?」
「知らないタイトルだった。憶えてない」
「そう」
 杏はがくっと俯き、次に目に入った石田に近付き、質問する。




「神尾の欲しいモノ?こないだ台風の時、傘壊したって言ってたな」
「傘?」
「あ、でも。もう新しいの買ったんじゃないか」
「そうよね」
 さて次よ、次と、杏はベンチで休む内村と森の元へ行った。




「「神尾の欲しいモノ?」」
 内村と森は声を揃え、顔を見合わせる。
「あの………なんて言ったっけ、あの俳優が出てる映画のDVDの初回限定版が欲しいって」
「それ結構前の話じゃない?そもそもアイツDVD観れるもん持ってるの?」
「ないから欲しいって言ってたな」
「そうでしょ〜〜?」
 う〜〜〜〜〜〜〜ん………………
 内村と森は足を組み直し、考え込む。
「そんなに考え込まなくて良いわよ。身近であるもの、ないかな?」
「「う、うん」」
 杏に声を掛けられ、2人は彼女を見上げてコクコク頷く。


 ううう………………
 むむむ………………
 内村と森はさらに考え込んでしまった。


 だ、駄目だわ。
 杏はそ〜〜っと2人から離れた。




 なかなか聞き出せないものだなあ……
 てくてくとテニスコートの周りを歩く杏の目に、話し合う神尾と桜井が映る。


 最後の頼みは桜井くんね!


 杏は少し離れた所から、2人の会話が終わるのを待った。
 ちなみに本当に最初に聞いたのは、兄の橘だったが“間違っても手製の物は渡すなよ。不器用なんだから”とからかわれ、鉄拳制裁を加えて来た所だ。


 じ―――――――――――っ。


 杏の視線が神尾と桜井にあたる。


「な、なあ桜井」
 そっと神尾は桜井に耳打ちした。
「さっきからずっと杏ちゃん、お前の事見てない?」
「俺に惚れてたり……………………っぐ!痛て、痛てててててっ…………、ギブギブ!」
 冗談のつもりで言った桜井だが、当然杏にゾッコンラブの神尾に通じるはずもなく、関節技をかけられる。


 神尾と桜井の会話が終わり、桜井が1人の状態になると、杏は彼に近付いて質問する。


「神尾の欲しいモノ?やっぱりCDじゃないかな」
「タイトル、わかる?」
「うん。何とか」
「ホント!?やったぁっ!」
 杏は部室で桜井に、CDのタイトルを紙に書いてもらった。
 やっと神尾くんの欲しいものが見つかったわ。
 紙を握り締め、ほくそ笑む。








 その日の夜、たまたま物を借りに橘の部屋に寄った。
「兄さん聞いてよ。神尾くんの欲しいモノわかっちゃった♪」
 ちょっと自慢してやろうと思い、桜井に書いてもらった紙をヒラヒラさせる。
「ああ、そう」
 机に向かっていた橘は、杏の方を向かずに返事した。
「何よその態度〜〜〜っ」
 頬を膨らませる杏は、ふと橘のCDラジカセの上に置かれたCDが目に入った。
 手に取って、良く見る。嫌な予感がした。
「兄さん………………コレ………………」
「それか?神尾に借りたんだ。なかなか良いぞ」
「そう……………」




 神尾に借りたCDのタイトルは、桜井に書いてもらった“神尾が欲しがっているCD”と同じであった。


 桜井くん、英語のスペル間違えてるわ。


 どうでも良い事に気が付いてしまう。




 神尾くんて、欲しいものはすぐ買っちゃうのね。そう思いながら、兄の部屋を出て、神尾へのプレゼントを考え直す。
 時期が夏休みなせいか、少しボーっとしただけで、あっという間に日にちは流れ、神尾の誕生日前日になってしまう。まだプレゼントを用意していない杏は、最終手段に出た。








 神尾の尾行である。


 部活の帰りをつけ、彼の欲しがっていそうなモノをゲットするのだ。やはり夏休み、そうそう真っ直ぐに家へは帰らない。


 神尾は伊武達と別れ、1人駅前の方へと歩いて行った。


 寄る気ね?どこか寄る気なのね神尾くん!


 杏はコソコソと後をついていく。




 神尾は周りの店をチラチラと見ながら歩くが、入るつもりは無いようで、そのまま歩いて行く。


 彼の様子を伺いながら、


 神尾くん!ほら本屋があるわよっ!コンビニもあるわっ!!そこ服売ってるわよ!高いのは駄目よ!
 杏は“立ち寄れオーラ”を出していた(かなり怪しい)。


 あ。


 杏はガバッと横を見て立ち止まる。


 良く立ち寄る喫茶店のガラス窓に、夏季限定デザートのポスターが飾られていた。


 こ、これもう出ていたのね……………………うかつだったわ。


 夏季限定デザートと睨み合いをきかせる彼女の肩に、何者かの手が置かれる。




「杏ちゃん?」
 神尾だった。
 たまたま後ろを振り返り、杏に気が付いたのだろう。


 ずざざざざざざざっ。
 杏は反射的に高速で後退る。


「奇遇ね神尾くん♪」
「セリフと行動が合ってないよ杏ちゃん…………」
 神尾はパチクリと瞬きする。
 そしてデザートのポスターを見た。
「夏季限定のデザート…………?う、うわ」
 口をポカンと開けて驚く。


 夏季限定のデザート。
 それは、3人前はあるかと思われる、ビッグサイズのパフェだった。


「杏ちゃん、ひょっとして1人で食べるとか………」
「なわけないでしょっ」
 杏は神尾に近付き、額を突っつく。
「友達と、これ出たら"食べに行こうね〜〜〜♪"って約束してたの。
 でもいざ、ポスターを目の前にすると、今すぐ食べたくなるのよねぇ」
 杏の頭の中の、神尾へのプレゼントの事はパフェによって押し出されていた。




「神尾くん♪」
 きらりん☆
 杏は顔を輝かせ、神尾の目を見る。
「な、なに?」
 神尾の心臓にハートの矢がグサグサと突き刺さる。
「部活の後でしょ?」
「うん」
「お腹空いてるよね?」
「いや、普通……………。ううん!俺、お腹と背中がくっつきそうだよ!」
 もう腹減ってタイヘン!!
 神尾は腹に手をやる。
「一緒にパフェ食べてくれるかな〜〜〜っ?」
「もちろん!!!」
 ビッ。
 神尾は白い歯を出して親指を突き立てた。
「じゃあ行こう行こう!」
 杏は神尾の手を引いて喫茶店を入って行く。
 神尾の脳裏では、盛大なファンファーレが行われていた。








 ぷか〜〜〜〜っ
 ぷか〜〜〜〜っ








 先程まで神尾の脳裏で行われていたファンファーレは、気の抜けたトランペット演奏に変わっていく。
 杏と向かい合わせに座ったテーブルに、ドカンと置かれたビッグパフェ。


 そのあまりの大きさに、眩暈がする。


 写真の比じゃねえ!デカすぎだろコレ!!
 普通写真と違って、小さ〜〜いってなるだろ!?


 写真より一回り大きく、何より盛り付けが半端ではなかった。


 店に入ってきた神尾が、あまりにも初々しかったので、店員は“初めてのデートなのね”と気を利かせ、少し多めに盛り付けたのであった。神尾にしては有り難迷惑である。


 杏はというと。
「さぁ〜〜〜食べるゾ♪」
 瞳に流星群を降らせて、パフェを見つめていた。そして友人より先に食べる事を、心の中で謝る。


「神尾くん、食べよう」
「うん」
 神尾と杏はパフェを食べ始めた。




 杏ちゃんと同じパフェを突っつくなんて、
 かなりドキドキするシチュエーションだが、
 頑張って食わないと、杏ちゃん太らせちゃうし、男がすたる!!!と男の意地をかけていた。


 まず最初にアイスを食べなきゃなぁ。


 このクッキーは杏ちゃんにあげよう。


 にしても、生クリームが多いなあ…………


 あれこれ考えながら、神尾はパフェを食べていく。
 生クリームは腹に溜まりやすく、キツくなる。そもそも甘い物はあまり得意ではない。




「杏ちゃん、大丈夫?」
 杏の様子を伺う。
「うん。美味しいね」
 ニッコリを笑い、再びパフェを食べ始める。
「…………そうだね」
 俺もがんばろ。神尾もスプーンを取った。




 カラン。
 2人のスプーンを置く音が重なる。なんとかパフェを完食できた。


「量あったねぇ」
 神尾が、パフェと冷房で冷えた手の平を暖めながら言う。もう満腹で何も入らない。
「うん」


 杏の頭の中で、押しやられていた神尾へのプレゼントの事が元の場所に納まる。


「ねえねえ神尾くん、明日誕生日でしょ?何か欲しいモノある?」
 もう正直に聞くしかない。
 杏は直接神尾に聞いた。




「え?」
 神尾の目が点になった。




「ねえ、何かなぁい?」
 頬杖をついて、上目遣いで神尾を見る。




「あのね、杏ちゃん」




「うん?」




「俺の誕生日……………………昨日なんだ…………」
 ここは嘘を言っておくものだが、神尾は正直者であった。




「はい?」




 し―――――――――――――ん…………………




「ええ!?28日でしょ!?」
「26日…………………だよ?」




 し―――――――――――――ん…………………




「神尾くん!」
 ガタッ。
 杏が椅子から立ち上がる。




「行くわよ」
「え?」
 神尾もつられて立ち上がる。




「今からプレゼント選びに行くわよ!」
「そ、そんな杏ちゃん…………別に…………」
 杏と一緒にパフェを食べられただけで、神尾には十分なプレゼントであった。


 せっかく一週間以上も前から考えていたのだ。
 杏は余計に神尾へプレゼントして喜ばせたくなった。内なる炎が一気に燃え上がる。


「ダメダメだぁ〜〜〜め!素直にプレゼントされなさいよ♪」
 杏は神尾の手を引いて、店を出た。大股で歩く杏と、横っ腹を押さえる神尾の影が、駅前の雑踏の中へ消えて行く。




 今日が26日って事にしましょうよ。


 ええ!?


 じゃあ神尾くんの誕生日は今日って事で♪


 ははは、それで良いよ。杏ちゃんには敵わないなぁ。


 はい!じゃあ決まり〜〜っ。




 2人の明るい声が、夕闇の空へと溶けて行った。







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