じゅうぅ…。
網の上に肉が置かれると、香ばしい匂いが漂う。
AB型の集い
安くて美味しいと評判の焼肉店。そこでは、仁王、乾、樹、日吉、伊武、そして金田の6人が集まり、肉を焼いて食べていた。学校も、学年も違う、何の接点も無いように見える6人。だが、彼らにはある1つの共通点がある。それは血液型であった。全員AB型なのだ。乾がその接点に気付き、仲間を集めて、仁王の案で場所が決まった。“AB型の集い”と、誰かが呼んだ。
もう一人、壇を呼んでいたのだが、彼は夕食が食べられなくなるからと断り、不参加である。
「おう、これ焼けとるよ」
仁王は丁度良く焼けている肉を皆に勧める。見た目は怖そうだったが、彼は面倒見が良かった。
「では、俺が」
日吉が肉を取り、タレを付けて口の中へ入れる。その横に座る伊武は、付け合せのキムチを黙々と食べている。
「伊武はキムチ、好きなのね」
正面に座る樹がくすくすと笑う。伊武は小さく頷いた。正確にはキムチではなく漬物が好きであった。
「こっちにもあるから、どうぞ」
「どうも…」
箸を持ったまま、頷くように礼をする。
金田は飯と一緒に焼肉を食べていた。同じように食べている乾が話しかける。
「ご飯と食べると美味いよな」
「はい」
賛同する金田。2人の口元に笑みが浮かぶ。
団欒と焼肉を楽しむ中、その1つ挟んだ席には、もう1組の中学生が座っていた。明るい雰囲気とは打って変わり、こちらには陰湿な空気が漂う。
じゅうぅ…。
肉が焼ける音も、どこか湿っぽい。焼ける様を見つめる瞳も、どこか虚ろであった。
席には柳、菊丸、樺地、跡部、桜井、そして裕太の6人が網を囲んでいる。彼らは向こう側に座るAB型の集いのメンバーに想い人がおり、気になって後を付けて店までやって来た。それぞれ店へ来た理由が言えるはずもなく、1人で焼肉をするのも怪しい為、全員で入り、様子を探る事にしたのだ。意識はAB型の集いに向いており、肉が焼けても誰も取ろうとしない。彼らにはAB型の集いの接点を知らず、謎の集いと認識しているので、気持ちが落ち着かず、あらぬ想像が思い浮かんでは消えていった。
「おい、お前ら…肉、焼けてないか…?」
跡部は網に張り付いた肉を箸で剥がし、周りをキョロキョロと見回す。彼は樺地の付き添いで、浮いた存在であった。持ち前の空気の読めない性格もあり、さらに浮いた存在として、1人焼けた肉を気にしていた。その上、焼肉は初めてであり、剥がした肉をどうすれば良いのかもわからず、途方に暮れるばかり。
「食うぞ、食うからな」
独り言のように確認し、タレを付けずに口の中へ入れた。
「あつっ」
熱がっても、誰も気にも留めてくれず、虚しさが残る。
居辛ぇ…。
テーブルの下で手を握り、耐えた。
「皆」
そんな中、柳が口を開く。5人の視線が彼に集中した。
「対策の為にも、白状しないか。誰が気になって、ここへやって来たのか」
涼しげな視線で、メンバーを見回す。
「まず不二」
「えっ、俺?」
名を呼ばれ、裕太は自分を指差した。
「金田ですよ…。あいつ、こういう場所、好きじゃないのに……」
俯き、ぼそぼそとした声で答える。
「次、桜井」
「伊武です。あいつも、不動峰の仲間以外で焼肉だなんて、本当…珍しくて……」
「樺地」
「ウス」
樺地が頷く横で、跡部が翻訳を始める。
「日吉だ。樺地はとても心配しているんだ。俺にはわかる…わかるぞ…。だけどなんだ、そんな樺地を見ていると、胸がこう…キュッと…」
「次」
頬を上気させ、胸を押さえだした跡部を尻目に、柳は次の人物を指名した。残るのは菊丸だけであった。
「俺は」
「樹である確立99%」
「樹だな」
「樹さんだったんですね」
「え………その…………」
答える前に図星をさされてしまう。同じ学校の乾と答えてカムフラージュにする作戦が、早くも崩れ去った。
「柳さんは乾さんですよね」
「ん、そうだな」
唐突に裕太に話を振られ、柳は一息間を空けて相槌を打つ。軽く咳払いをして、話題を次の段階へ移す。
「さて、目当てを聞いた所でわかった事がある。あそこに集まったメンバーは、普段こういった場所へ来ないような人間ばかりだ。謎は深まるばかりだな……一体、何を考えている…」
顎に手を当て、考え込む柳。他のメンバーも本気か振りか、同じように考え込んだ。
「念の為に聞いておくが、相手と喧嘩中の者はいるか?」
「はっ?」
喧嘩の単語に反応し、菊丸は思わず声を上げた。良くも悪くも正直者である。
樺地の顔も、僅かに曇った。変化を素早く察知した跡部は、彼の肩に手を置く。
「樺地、どうした」
「ウス」
「なに?日吉を怒らせてしまっただと?気に病むな。そうか、それを心配して後を付けた訳か。お前は優しい奴だ、悪い訳がない。怒る日吉が悪いんだ」
しみじみと我が事のように鼻を啜った。
「では菊丸と樺地が喧嘩中、と…」
「俺は喧嘩中だなんて一言も…!」
「あの中から新しいパートナーを探しているというのも有るか」
さらりと菊丸の発言を流して言う。
「「!!」」
柳の言葉に菊丸と樺地は驚きを隠せない。
「お前達」
「「はい?」」
柳は他人事のように食べていた裕太と桜井を見た。
「喧嘩はしていないが、不満を隠しているというのも…」
「「!!」」
2人の箸が同時に止まる。
「そういやぁ…」
ぼそりと、桜井が口を開いた。
「焼肉って精力が付くって言いますよね」
「じゃあ、食った後そのままって事も…」
菊丸が続いて言う。
「え?そのまま?何が?」
「何だと言うんだ」
「…………?」
意味の理解が出来なかった裕太、跡部、樺地が目をパチクリとさせながら、顔を見合わせる。
ぷすぷす…。
誰も取らなかった肉が、炭のように固くなり、音を立てる。
沈黙してしまう席を余所に、AB型の集いは盛り上がる一方であった。
「ほらほら、いっぱい食べて大きくなりんしゃい」
仁王は取った肉を金田の口元へ持って行く。
「ほーれ」
「は、はい…」
金田は口を開けて、肉を食べた。
「仁王にもやるのね」
「おう」
樹が仁王に食べさせてやる。
「じゃあ」
伊武は日吉の小皿にキムチを乗せた。
「そんなにいらねぇんだけど」
「俺が貰うよ」
顔を引き攣らせる日吉の皿から、乾が箸で摘まむ。
それらの姿は、向こう側の席の者にとって、まさに衝撃映像であった。
「俺だって金田にまだ…」
呆然とする裕太。
「………………なにが不満だってんだ」
口をへの字にして、いじけながら焼肉を貪る菊丸。
「樺地、肉好きだろ?食欲が無い?まぁ野菜だけでも食べろ」
樺地は跡部に装われるものを食べ続ける。
「………………………」
桜井は表情を変えずにご飯を摘まんでいるが、どことなく寂しさが漂う。
「………………………」
頬杖をついて肉を摘まむ柳は、どことなく嬉しそうだった。
「楽しそうだな」
ぽつりと漏れる呟き。誰もが心の中で賛同する。息を吸うと、肉の焼ける匂いがようやく美味しそうに香って来た。
「ごちそうさまー」
AB型の集いは食事を終えると、ふと何かに引かれるように後を付いてきた一行の席の方を向く。
「おや、奇遇だな」
きょとんとして開口一番に乾が言う。
「不二、珍しいね。どうしたの」
「桜井」
「菊丸って付き合い広いんですね」
「………樺地。と、跡部さん」
複雑な心境も知らずに、笑いかける。
がたっ。口を尖らせて、菊丸が席を立つ。彼らも丁度食事を終えていた。
「そうだな、奇遇だな」
心の奥に沈殿する気持ちを押し込めたまま、会計を済まして店へ出る。
「この後はどんなご予定で?」
嫌味たっぷりに言う。
「機嫌悪いですね。どうしたのね」
樹はレジで貰ったガムを菊丸に食べさせた。
「どうやら俺達は誤解されているようだな」
「誤解?」
乾の言葉にAB型の集いの視線が集中する。
「何を想像しているかわからんが、お前達が疑うような事はしていない。安心しろ」
眼鏡のフレームを指で押し上げた。
「菊丸、一体どうしたのね」
樹はガムを噛んでいる菊丸の両頬を手で押さえ込んだ。
「お前、怒ってないの」
「は?」
「ほら、あれ…」
「ああ、あれですか。俺の方こそ悪かったのね。許してくれますか?」
「許すも何も。俺も悪かったよ」
樹の手が自然と下りて、2人ははにかんで俯いた。
「不二、焼肉好きだったんだ」
裕太を見上げ、金田はくすくすと笑う。
「そんなに。でも、嫌いじゃねえよ。金田こそ焼肉好きだったんだ」
「じゃあ、今度一緒に食べに行こうか」
「だな」
裕太の顔に笑みが戻った。
「先輩達も誘って」
「だな」
2人きりで行きたい所だが、焼肉だったら大人数が良い。裕太は笑顔のままで答える。
「桜井、何か誤解してたんだって?」
「いや、その……」
単刀直入に問われ、うろたえる桜井の瞳を射抜くように伊武は見据えた。
「誤解なんて意味無いよ」
包むように桜井の手を握る。桜井はその手を握り返した。
口元が綻び、押すように頬を寄せる。
「日吉」
跡部と樺地が日吉の前に立つ。
「ウス」
「樺地が、謝りたいと言っている」
跡部は腰に手を当て、樺地の言葉を翻訳する。
「樺地、どうして俺が怒ったのかわかってんのか」
「…………………」
樺地は答えられない。
「や、やい日吉!樺地いぢめんじゃねえ!」
跡部が一歩前に出て、日吉の胸倉を掴んだ。
「俺はただ、樺地の横に並び……」
声が小さくなり、最後の方は良く聞き取れなかった。
ただ横に並びたいだけであった。それだけなのに、樺地はいつも遠慮している気がして。苛立ちから怒り出してしまった。勝手に怒り出したのは日吉の方なのに、樺地は謝りたいと言っている。想いが噛み合わず、歯がゆさが残る。
「樺地、謝らないでくれ」
頭を振り、日吉は樺地と跡部にぎこちない笑みを浮かべた。
「樺地、お前は悪くないってよ」
「跡部さんはいちいち割り込まないで下さい」
「なっ」
「下克上」
日吉は普段の調子を取り戻す。
「柳」
仁王はポケットに手を突っ込み、柳の名を呼ぶ。申し訳無さそうに俯き、見上げるように顔色を伺う。
「乾を勝手に借りて、悪かったの」
「…………………………」
柳は開眼し、瞬きをする。
「……………………違う」
「?」
呟きに、仁王は顔を上げた。
「確かに焼肉はお前達ほど好物じゃないが、一緒に食べるのは好きだ」
「参謀?」
「食べるなら、俺も誘え」
「…………………………」
どきりと、仁王の鼓動が高鳴る。もしや、乾ではなく自分の後を付いてきてくれたのか。期待したい気持ちと、期待しすぎてはいけないという想いが絡まり、こんがらがり、締め付けられる。
「…………………………………………………………………」
1人取り残された乾は立ち尽くしていた。寂しくは無いが、行動がし辛い。そんな彼の後ろから、手塚と大石が仲良く並んで歩いてくるではないか。横を通り掛ろうとする時、声をかける。
「手塚、大石、奇遇だな」
「乾」
「本当に奇遇だね」
2人は軽く手を上げた。
「どこ行くんだ?」
「駅まで」
「そうか、俺も行きたかったんだ」
「じゃあ一緒に行こうか」
「ああ」
「ぞろぞろと皆いるようだけど、良いのか?」
「良いんだ」
乾は集まったメンバーに手を振る。
「じゃあ俺はこれで。また連絡するよ」
そう言って手塚達と帰ってしまった。傾きかけた太陽が、3人の影を長く伸ばす。
「そういやぁ、何の理由で集まったんだ?」
誰かの問いに、AB型の集いのメンバーは笑うだけで答えなかった。
気がつけば好きキャラはABばかり。乾の青春はデータに捧げて欲しいので、特にCPはありません。
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