いつもと何ら変わり無い日。
 いつもと何ら変わらない笑顔で、
 千石は南に言った。


「俺、自分のテニスを変える為に、一旦テニスから離れようと思うんだ」


「ボクシング………やってみようと思って」


「真剣に打ち込むために、しばらくは南に会わないことにする」


「俺……………南がいると、甘えちゃいそうだし」


「生まれ変わった俺を楽しみにしててな!」


 言いたい事を言い終えた千石は、善は急げとさっさとその場を離れてしまう。


「…………………………」
 取り残された南は呆然としてしまい、しばらく動けなかった。
 頭の中が、真っ白だった。



Calling



 千石がテニス部を離れてまる2日が経っていた。ミーティングを開こうと、部室に部員を集めて、南は俗に言う誕生日席に座っている。何から話そうか、まず周りを静かにするべきか、本来ならそのような事を考えなければいけない。けれど、頭の中はここにはいない人物のことばかりであった。


 なぜ何も相談してくれなかったんだろう。
 信用されていないのだろうか?
 お前、俺の事が好きじゃなかったのか?
 俺も、お前の事が好きなのに。
 素っ気無かったかもしれない。
 好きって態度をもっと取ればよかったかもしれない。


 疑問、困惑、後悔………沈む気持ちと苛立ちが心を支配していく。
 部員の話し声が耳障りだった。


 バンッ!
 置いていたノートをテーブルに叩きつける。思った以上に大きな音が出た。
「静かにしてくれないか」
 しんとした部室に、南の声が響く。重い雰囲気に、俯いた。心配そうに見つめてくる東方の視線に気付かない振りをする。


 ミーティングが終わると、それを見計らったように東方が声を掛けてきた。
「おい、大丈夫か」


 大丈夫と、一言言えばそれで終わったはずだった。


「何でよりにもよってボクシングなんだよ……」
 口から出たのは、千石に言いたかった言葉。
「ばっかじゃねぇの……」
 文句の一つも、言ってやりたかった。
「やるって言って、すぐ出来るスポーツじゃねえよ………痛いぞ、アレ」
 心配をしたかった。
「1人で勝手に決めんなよ……」
 頼って欲しかった。


 東方はただ黙って南の愚痴に耳を傾けていた。
 何を言ったら良いのか、何をすれば良いのか、わからなかった。せめて、話を聞こうと思った。




 3日経っても、4日経っても、千石は南の前には現れなかった。


 数日経ったある日の放課後。南は1人屋上で、フェンス越しに景色を眺めていた。
 グッとフェンスの網を握り締める。
 千石はまだ現れていない。
 彼が通っているというジムの前に行った事もあったけれど、そのまま引き返してしまった。
 もう心の中がグシャグシャで、何もかもが身に入らない。彼の事ばかりを考えている。
 想いは募りに募り、もはや愛しいだけでは無かった。
 怒りと悲しみがごちゃまぜになって、憎しみすらも感じた。
 どうにもならない叫びが、胸の中で悲鳴をあげる。


 勝手に俺の事を好きになりやがって!勝手に俺の前から姿を消して!
 俺の心を掻き乱しやがって!掻き乱しやがって!
 許せない!許さない!
 お前なんか、お前なんか


 お前なんか、大嫌いだ!




 大嫌いに、なれたら良いのに
 想いの先に残るのは“好き”という気持ちであった。
 どんなに怒っても、どんなに悲しくても、結果的に残るのは“好き”という気持ちであった。
 ずっと、変わっていなかった。
 まるで、彼が姿を消してから、時が止まっているかのように。
 一体、どうしてくれるというのだろう。




 すう。
 南は息を吸い込み、夕日を睨んで
「俺の気持ちはどうなるんだバカヤロ――――ッ!!!!」
 思い切り、叫んだ。
 周りのことなんて気にならなかった。もはや発狂寸前であった。








「どったの南?」
 すぐ後ろで、声がする。息を吐こうとした喉元が震えた。
 凄い速さで頭の中に無数の言葉が激流のごとく流れ出す。


「ええと…壇くんが南と会ってくれって泣いて頼むもんだから…一体どうしたのかなぁって」
 ぼそぼそとした声で、後ろの人物は話し出す。


「俺、1人で頑張って、1人で満足しちゃってて、自分の事ばかりだったみたい」


「ごめんなさい」


「……………………」
 涙が溢れて、何も言えなかった。
 その一言で許してしまう、そんな一言で許せるわけが無い、
 どちらにしても残ってしまうのは“好き”という気持ちであった。




 そのさらに数日経った後、千石はJr選抜で再び南の前から姿を消した。
 あの時とは異なり、落ち着いた雰囲気で帰りを待つ南の元に電話が鳴る。
 受けるなり、千石の興奮した声が聞こえた。
「南!南!俺、オモシロくんに勝ったよ!勝ったんだよ!」
「そうか!良かったな千石」
「勝利する俺の背後に女の子が現れたもんで早速ラッキーって奴?」


「あ?」
 南の声色が変化する。


「み、南ぃ?もちろん南が一番だから安心し」


 プチッ。
 ツーツーツー……


 合宿所の共同電話の前で、千石は青ざめた顔で何度も電話をかけ直していたという。







アニプリJr選抜ネタの千石×南です。南の気性が激しいです。嫉妬深いです。恋しちゃっているので、おかしくなっているという事で。千石は南の事が好きなんですけど、まだ相手の気持ちとかを考えるのが下手なんです。千石が思っているより、南は千石の事が好きですが、彼は微塵も気付きはしないです。千石自身は自分の想いなんて空回りで、南に相手にされていないと思ってます。
上手く行かない方が、青春っぽいなぁなんて(ただの鬼だろ)。
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