お前にだけは
嘘はつきたくない
1月31日大晦日の夜。
年末に帰省していたルドルフメンバーは一緒に初詣に行こうと、寮前で待ち合わせをしていた。
はっ
はっ
白い息を吐きながら、裕太がルドルフ寮の前へ辿り着く。
「不二、遅〜〜い!」
門の影から、ひょっこりと金田が姿を現す。
「ご、ごめん」
「10分も遅刻!先輩達、先に行っちゃったよ」
「ええ?」
そんなに遅れたつもりはない。
金田の言葉に慌てて時計を確認するが、観月に聞いた待ち合わせ時間ピッタリだった。
「俺、そんなに遅れたつもりは」
「はいはい、早く俺達も行こうよ」
「……………ああ」
首を傾げながら、裕太は歩き出した金田の後をついていく。
誰もいない、2人だけの道。
しんと静まり返った冬の深夜。
近所迷惑にならぬよう、音量を下げて休日の様子を話し合う。
「金田」
改まったように裕太が金田の名を呼ぶ。
「ん?」
「誕生日、おめでと」
ありがと。
金田がふわりと微笑んだ。
「これ、後で開けてみて」
裕太は金田の鞄の僅かに開いた口に、小さな包みを押し込む。
「今じゃ駄目なの?」
こくこく。
裕太は僅かに頬を染めて、無言で頷く。
「なあ金田、実はさ」
再び、改まったように裕太が金田の名を呼ぶ。
「ん?」
「ちょっと前まで、金田の誕生日忘れてた」
「あ。そうなの?」
きょとんとして、金田は瞬きをする。
「俺の誕生日って、良く忘れられ」
「ごめん」
金田の言葉を遮って、裕太は謝る。
「別に怒ってなんかないよ」
金田は苦笑して、パタパタと手を振った。
「悪ぃと思ってる」
大切な、お前の誕生日をすっかり忘れていたなんて。
最低だよな。
「不二は正直者だよね」
「え?」
思わぬ発言に、裕太の足は止まる。金田の足も止まっていた。
「忘れてたなんて、言わなきゃ良いのに」
「だって」
裕太は小さく息を吸う。
「お前にだけは、嘘はつきたくない」
真っ直ぐに、金田の顔を見つめて言った。
「たとえ、お前の気を悪くさせてしまうとしても……。
自己満足なだけかもしれないけれど……。
金田には、正直でありたい」
「あ」
裕太は手で自分の口を覆った。
余計な事まで、恥ずかしい事まで、ベラベラと喋ってしまった。
金田はぽかんとして、裕太を同じく見つめている。
頬が赤いのは、寒いだけの所為ではないようだ。
「……………………なんて言えば良いのか、わからないけれど。
俺は、不二に大切に思われているって事で良いのかな?」
「え?ああ………え〜と………その、うん」
照れ臭さのあまり、曖昧な返事をしてしまう。
「えへへ、嬉しいかも」
金田も照れ臭そうに笑う。
裕太と金田は再び歩き始めた。
「不二」
今度は金田が改まったように裕太の名を呼ぶ。
「そういえば…………不二が俺の誕生日を教えたのは、去年の今日だったね」
「そうだったか?」
「うん。享年の大晦日さ、不二はギリギリまで家に帰ろうとしないで、電話でグチグチ言うもんだから、俺が思わず言っちゃったじゃない?“今日は俺の誕生日なんだから、俺の言う事聞いてよ!家に帰ってあげてよ!”って」
「ああ」
裕太は思い出したようで、声を上げた。
「不二は“え?そうだったの?”って感じで、急に大人しくなって“じゃあ帰る”なんて言っちゃって」
金田は口元に手を当てて、クスクスと笑う。
「ああ。帰らなきゃなって思った」
「今思えば、誕生日なんだから家に帰ってなんて、おかしな事言ったなぁ」
「凄い気迫だったぞ。電話からでも伝わった」
「そうだった?」
裕太と金田は顔を見合わせて、声を上げて笑った。
何事かと思った近所の家の人間が窓を開けたものだから、2人は肩を縮ませて、こそこそと神社へ続く道を急いだ。
一方、神社の前で裕太と金田を待つ3年生達は。
「お・そ・い!」
イライラした木更津が腕を組んで、暗い夜道を睨む。
「落ち着きなさいよ木更津♪2人仲良く歩いて来るんですからっ♪」
一番腹を立てていそうな人物、観月は意外にもご機嫌で2人が来るのを待っている。
裕太に待ち合わせ時間を遅らせて教えたのはわざとで、裕太と金田を2人きりにする観月の作戦であった。
「今日!今この時で!初詣の僕の願い事が決まるんですから!」
「去年は“裕太と金田が僕のシナリオで結ばれますように”だっけか?」
瞳の中に流星群を降らせる観月の横で、赤澤がぽつりと言う。
「もしも2人に進展が見られなかったら、同じ願い事をしなければなりません…………」
しゅん、として呟く。
「自分の恋愛しろだーね」
柳沢がすかさず突っ込む。
「他人の恋愛シナリオ作成に忙しくて、恋なんてする暇ありません」
「うわ、言っちゃったよ!」
ちら。
観月は木更津の隣に立つ野村を見た。
「ねえ野村くん。僕、裕太くんに金田くんの誕生日プレゼントを3種類薦めてみたんですけど、どれ渡したんでしょうかねぇ?」
「は?」
「僕はシナリオAパターンになっていると思うんですけど………んふふっ」
ようやくターゲットにされた事に気付いた野村は、視線を他の3年生に方に向けるが、逸らされた。
「ゆ、ゆ、指輪なんて渡してしまったらどうしましょう!いけません裕太くん!僕のシナリオに従ってもらわなきゃ!ああでも、こっそり褒めちゃう!」
とうとう自分の頭の中でシナリオを進めだす始末。
野村と隣の木更津はカニ歩きで、観月の側を離れる。
すると。
「「先輩〜〜っ、お待たせしました〜〜〜っ!」」
裕太と金田が手を振りながら、駆け寄ってきた。
「2人共遅〜い!」
木更津が裕太と金田の首に手を回して、引き寄せる。
「皆集まった事だし、行くか」
「おう」
赤澤と野村が歩き出す。木更津もそのまま2人を押して歩き始めた。
「観月も来いだーね」
「待って下さ〜い!」
柳沢に呼ばれて我に返った観月も、パタパタと皆の後をついていく。
除夜の鐘が、寺の方から鳴った。
クリスマス話の続き物です。
裕太が随分勝手な事を言ってますが、不器用だからあんな考え方に至っちゃう子だって事で。
他人の恋愛が楽しくって仕方ない観月さんを、心の中で『ミヅキューピット』と呼んでます(バカ)。
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