この東京にやって来て、四度目の桜が目の前に広がった。
最後の嘘
観月は聖ルドルフ学院に続く並木道の真ん中で立ち止まり、両側に咲き誇る桜を見上げていた。
中学を卒業して、今年からエスカレータで高等部へ上がる。今日は4月の最初の日で春休みだが、学校の用事で立ち寄って、その帰りだった。
エイプリルフールか。
観月は腕時計が示す日付に視線を落とす。
エイプリルフールというと“嘘”というキーワードが思い浮かぶ。
嘘というキーワードに、ある後輩の顔が過ぎった。
誰もいない並木通りで、観月は後ろを振り返り、校舎を見据える。
ああ、僕はずっと君に嘘ばかりを吐いていた。
鞄を持つ手に力がこもる。
春の暖かくも強い風が、観月の髪を揺らした。
「金田くん…」
その小さな呟きは、風の音に掻き消される。
生徒のいない校舎に、金田との思い出が浮かび上がる。
君によく、酷い事を言った。
トロい子だと言った。どんくさい子とも言った。
ロクに話もしなかった。
嘘を、吐いていた。
本当は、仲良くなりたかったんです。
本当は、褒めてやりたかったんです。
でも、接し方がわからなかった。
君に尊敬されている赤澤が羨ましかった。
君の友達の裕太くんが羨ましかった。
君に気さくに話しかけられる木更津や柳沢や野村くんが羨ましかった。
皆が羨ましくて仕方が無かった。
君の優しさに、君の素直さに、僕は惹かれて行った。
ああ嘘だ。
それも嘘なんだ。
本当は、一目見たときから、
僕は君に惹かれていた。
この子は、良い選手になる。
一目で、確信が持てた。
君が、好きだったんです。
好きの2文字が、どうしても頭の中で組み立てられなかった。
苛立って、君にぶつけて、後悔して、
ボンヤリと胸の中で灯り、僕の心をじわじわ温めるように燃やしていく。
おかしい事に、この気持ちを知ったのは卒業式。
2年もの間、君を想っていたのに、気付いたのはごく最近。
ハッと、ひらめきのように気が付いてしまった。
おかしいでしょう?
2年もの間、一つの感情すら気付かなかった。
そういうモノに、月日など関係ない事を痛感させられましたよ。
君にも皆にも自分にも、ずっと嘘を吐いていた。
真実など、無かった。
僕はただ、情けない。
「ん?」
観月の携帯が鳴った。メールが届いたようだ。
赤澤からだった。
皆集まっているから花見でもしよう。金田と裕太もいるぞ。場所は………
「………暇人どもが」
内容に目を通して、一言呟く。
わかりましたよ。仕方ないですね
ドライで義務的とも言える返事を打つ。
「これで、最後だ」
意志を込めて、返信ボタンを押す。
これで、最後。
これが、最後の嘘。
皆に会いたい。
嫉妬もしたけれど、本当は皆が大好きだった。
そして、金田に会える事が嬉しい。
少しでもいい、頑張って優しい言葉をかけられたら良いと思う。
気付く事に月日が関係ないのなら
始める事に月日も関係ない
携帯を仕舞い、観月は桜の花びらの舞う並木通りを走って、皆の待つ場所へと急いだ。
早く、皆に会いたい。
観月と金田って触れそうで触れない所が好きなんです。
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