「え」
部室のホワイトボードに書かれた内容を見て、金田は思わず声を上げて立ち上がった。
「それでは、練習に入りましょうか」
「「「「「へ〜〜〜〜い」」」」」
他のメンバーは立ち上がり、ラケット片手に出て行く。
「はぁ………」
1人残された金田は、1人溜め息をついた。
その世界
ホワイトボードに書かれていたのは試合の組み合わせで
金田は赤澤とダブルスを組む、という内容であった。
部長はシングルス要員なのに、どうしてダブルス………どうして俺なんかと組む事になるんだろう。
観月さんの作戦にケチをつけるわけではないけれど、俺には出来そうに無い。
「金田、来るのおせーぞ」
赤澤がコートで待っている。口調が少し苛立っているように聞こえた。
カツッ。
ラケットを床につけた小さな鈍い音に、身が竦みそうになる。
「すみません…………」
頭を下げたまま、小走りで駆け寄った。
練習は緊張で思うように体がついていかず、ボロボロであった。
「……………」
コロコロと打ち損ねたボールが、足元へ吸い付くように転がる。
パートナーである赤澤と、対戦相手である柳沢と裕太の視線が突き刺さる。
「すみません…………」
か細い声で、金田は謝った。
休憩時間、金田は頭を冷やしてくると、コートを離れ、水道の方へ行ってしまった。
彼がその場にいなくなると、急に観月がオロオロとメンバーを見回しだす。
「か、金田くん、どうしたんでしょうか…………どこか具合悪いんでしょうか…………」
「あまり調子が良さそうじゃ無かったよなぁ」
のんびりとした声で赤澤が言う。
「赤澤と組ませて、緊張しちまったんじゃねーか?」
野村が的を一気に突く。
「金田は赤澤を尊敬しているから、無理もないだーね」
「俺尊敬されちゃってるの?わーお」
柳沢の言葉に、赤澤は自分を指差して驚いた顔をした。
「大方生え抜きだからっていう親近感からですよ。そうじゃなかったら、この僕を差し置いて赤澤に行くなんて事ありませんからっ。金田くんは良い資質を持っているので、赤澤なら………と思ったのですが」
しゅん、と俯きデータノートに視線を落とす観月は、癖っ毛まで垂れ下がったように見えた。
「あんなに緊張する事ねえのなぁ…………。俺は金田がペアなら、他の奴らと違って文句言われなくてラッキーって思っていたんだけど」
「僕が悪いんです………僕が悪いんですよ………どーせ田舎者ですよ………田舎者の作った組み合わせなんて、都会の金田くんには肌に合わなかったんでしょーよ………」
「そ、そんな事ありません!ありませんから!」
慌てて裕太はフォローを入れる。
「裕太くん…………」
「俺、金田の様子見に行っ」
「僕が行きます」
裕太が言い終える前に、きっぱりと答える。
「ええ〜〜〜〜何さ何さ」
ずっと黙ったままで話の輪に入らなかった木更津が声を上げた。
「何だよ皆、金田、金田って。緊張してるからって、あれは問題外なんじゃない?」
コートに木更津の声のみが響き渡る。
「観月もさ、行ってやる事無いよ。アイツの問題じゃん。そんなに構ってやる必要無いよ」
「金田くんは君と違って繊細なんですっ」
「そう言えば聞こえは良いかもね」
くすっ。
木更津は口の端を上げる。僅かに鼻から息が出て、鼻で笑ったように見えた。その態度に観月は逆上し、慌てて赤澤に抑えられる。その後ろの方で裕太はグッとこらえた。
「淳ぃ、言い過ぎだーね」
「柳沢は黙っててよ」
やんわりとした柳沢の咎めを、木更津は受け入れようとしない。
「気に入らないんだよね。ちょっとの事で緊張して、ゲーム落としちゃうような奴。実力もそこそこだしさ」
木更津のハチマキが、風で揺らいだ。
「俺、金田嫌いだわ」
そう言うと、1人で練習を再開し始める。
しばらくして金田が戻って来ると、暗い雰囲気がコートを包んでいた。
それから数日経っても、中々赤澤&金田ペアは上手いように行かず、金田は全て自分の責任だと1人思い込んでしまい、悪循環に陥っていた。
「誰か、買出しに行って下さい」
データをパソコンに打ち込んでいた観月がメンバーを見る。
「俺が行きます」
金田が名乗りを上げた。
「もう1人ぐらい、いませんか」
「んじゃ、俺も」
のっそりと木更津が手を上げる。金田を除くメンバーは彼の行動に眉をひそめた。
堂々と“金田嫌い”発言をした奴が、自ら金田に付き合うなんて。
「…………っと。淳は無理しなくて良いだーね、俺が行っても」
「たまには部長が自ら買出しに行ってやるかな」
「先輩、俺が行きますよ」
「いやいや、俺が行くって」
「ちょっと待ってて下さい、僕が行きます」
皆口々に名乗りを上げだす。
「金田、行くよ」
「は、はいっ」
そんな彼らに聞く耳を持たず、木更津は金田を連れて部室を出て行った。
「……………何も起こらなければ良いですけれど………」
ぽつりと金田を心配する観月の横に置かれたパソコンの画面には、新しい試合の編成が映し出されていた。
買い物袋を下げた木更津と金田の影を、夕日が道路に長く伸ばす。
「木更津先輩」
行きは自ら話しかけようとしなかった金田が木更津の名を呼ぶ。
「ん?」
「木更津先輩と柳沢先輩は、素晴らしいコンビネーションですよね………」
「それに比べて俺と赤澤部長は素晴らしくない、と?」
「……………………」
図星を指され、黙り込んでしまう金田に木更津はクスクスと笑う。
「尊敬する赤澤に迷惑かけたくないのかな?」
「はい…………でも……………」
「ヘマばっかりやって、迷惑かけっぱなしなのかな?」
「……………………」
こくりと、金田は頷く。
「そんなに気にしなくても良いと思うけど。赤澤は全然気にしてないよ」
「きっと鬱陶しいと思ってますよ…………観月さんも思う通りにならなくて、いらついているようですし………」
「そう…………」
木更津の笑顔が、ふっと消えた。
「金田は酷いね」
「俺が、酷い?」
「何にもわかってないよ」
本当は皆に愛されているのに、
君はそれに気付かず、一人ぼっちだと思っている。嫌われているとすら思っている。
そんな所が、俺は嫌いだよ。
「何がわかっていないんですか?」
金田は木更津の顔を見上げる。
「金田が思っている程、皆嫌な奴じゃないよ?もっと信用してあげて」
視線を金田の方に動かして、木更津は一回瞬きをした。
「…………俺はそんな事…………」
「ダブルスならペアの赤澤よりも俺の方が得意だよ。わからない事があったら、聞きに来な」
「良いんですか?」
「………………………………それが信用してない証拠だと思うな」
「す、すみませんっ、すみませんっ」
道路にペコペコと謝る金田の影が映る。木更津はクスクスと笑い、いつもの様子に戻っていた。
買出しから戻って来た金田は不思議と晴れやかで、赤澤とのダブルスも少しずつ上手くいくようになり、他の部員達とも自然に打ち解けていった。いつの間にか観月のパソコンの中には新しい編成のデータは消去され、その代わりにデジカメで撮影した部員たちの写真の入ったファイルが新しく作成されていた。写真の中の彼らは生き生きとしており、その世界は優しく見えた。
木更津×金田を意識して書いた木更津&金田のお話です。いやね、金田のダブルスの師匠は絶対木更津じゃないかと思っております。冷静な所とか。
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