一つ屋根の下



 クーラーの効いた寮の部屋で、裕太と金田は仲良く夏休みの宿題を解いていた。
「ここ、どうするんだっけ」
「ここはね……」
 金田が裕太のノートの中の文字をペンで指す。
「そうか」
 裕太に笑みがこぼれる。


 コンコン。
 ドアを叩く音が聞こえた。
「はぁい」
 返事をして、金田は開ける。


「うわーっ!」
 叫び声に、裕太も振り返り悲鳴をあげる。
 開けた先には、汗を大量にかいた柳沢と木更津が立っていた。特に木更津は汗で前髪が垂れて、目が完全に隠れてしまっている。
「酷いなぁ」
 木更津はくすくすと笑う。
「一体、どうしたんスか?そんなに汗だくで」
「3年の所のクーラーが壊れたんだーね」
 柳沢は前髪を何度も上げながら言う。
「図書館は満員だし、我慢も限界でここへ来たっ………」
 話の途中で木更津が前のめりになり、慌てて金田が抱きとめた。


「君たち、立ち話は後になさい!」
 後ろの方から観月の声がする。
「部屋に入れてくれ」
 赤澤の声もする。どうやら2人が木更津の背中を押しているようだ。
 裕太と金田は柳沢、木更津、観月、赤澤の4名を部屋に招き入れた。




「い、生き返る〜」
 彼らは服の中に風を入れて、安堵の息を吐く。
 汗臭い………。
 2年生2人は鼻をひくつかせて、同じ事を思った。


 バタン。
 野村がノックもせず、倒れ込むように部屋に入ってくる。
 最後の1人が揃い、1つの部屋にレギュラーメンバーが集結した。


「故障、いつ直るって?」
 赤澤が勝手に部屋の温度を下げだす。
「明日には復旧するみたいだよ」
 涼しい中で、木更津はさらに団扇で扇ぐ。
「では今日辛抱すれば良いんですね」
 一番風の当たる場所で、観月の髪が優雅に揺れた。
「そういう事だーね」
 観月の隣で柳沢も同じように風を受ける。
「くしゅっ」
 汗が冷えた野村がくしゃみをする。


「「……………………」」
 わずか数分で部屋を3年生たちに占領されてしまい、裕太と金田の居場所は追い詰められていく。


「の、ど、が、乾いたなぁ」
 チラッ。木更津の視線が裕太と金田の方を向く。
「奇遇だな。俺も」
 チラッ。野村も2人を見る。
「スポーツドリンクが良いだーね」
「俺はお茶な」
 チラッ、チラッ。8つの目が集まる。


「こら!2人をパシリにするんじゃありません!」
 観月がピシャリと言い放つ。
 み、観月さん…!
 裕太と金田は手を合わせた。
「まったく」
 溜め息を吐き、観月はポケットから財布を取り出し、札を抜き取って裕太に渡す。
「はい、おだちんです。行って来てください」
 結局行かせるんスか?
 金を握らされたまま、裕太と金田は硬直した。


「「ええっ?」」
 買出しに外へ出て戻って来て、赤澤の話を聞いた2人は声を上げる。
 内容は、今夜はこの部屋に泊まらせて欲しいとの事であった。
 ついさっき、荷物を揺らしながら“合宿みたいだ”と話していた矢先であり、驚きを隠せない。
「どうする金田」
「どうしよっか」
 顔を見合わせる。
「良いですよ」
「ええ」
 赤澤の方を見て、快く了承した。
 いつも振り回されて、勝手な先輩達。けれど裕太と金田にとっては、大好きな先輩達であった。大変な気もするが、楽しい事が起きそうな予感を想像させる。7人で1つであった。
 狭いながらも盛り上がり、1日が長く感じる。話していた通り、合宿のような気分であった。夜はゲームをして、勝った者がベッドで眠るという方式を取った。そう、ゲームのはずであったのに。




「なーんでこうなるかな…」
 木更津は体育座りをして、誰にも気付かれないように一人呟く。
 瞳の中に映るのは、揺らめく炎。部屋を暗くして、輪を作り、真ん中に蝋燭を灯しているのだ。幸か不幸か火災報知機が反応していない。
 なぜか、怪談大会になってしまっていた。
「この僕の真の力を思い知りなさい」
 底深い笑みを浮かべて、観月は発案者だけあり自信たっぷりに言う。テニス云々については突っ込まないでおいた。
「俺だって負けないだーね」
「ビビるなよ」
 ふふふふふふ…。
 同じように笑う柳沢と野村も乗り気であった。


 彼ら補強組は各地より集められた精鋭部隊である。各出身地ならではの怪談話を、ここぞとばかりに披露出来るので気合が入っていた。別名、お国自慢大会とも言う。関東出身の裕太、金田、赤澤、木更津もあるにはあるが、有り触れたもののような気がして、これと言って良い話が思い浮かばず、観月たちのノリに置いて行かれていた。


 話す順番を決めている中、金田が隣に座る裕太にそっと話しかける。
「不二」
「ん?」
「楽しいね」
「ああ」
 淡々と会話を交わす中、蝋燭の揺らめきが、金田の輪郭を幻想的に映し出していた。
「不思議」
 前を見つめたまま、金田は呟く。
「何が?」
「いつもこの部屋に2人いるのに、今の方が2人一緒にいる感じがする」
「そうだな」
 抱えた膝の上に顎を乗せて、裕太は口元を綻ばせる。ほんの少しだけ体をずらして、金田の方に近付いた。同じ部屋のはずなのに、全く違う場所にいる気分だった。隣に座る金田とも、全く違う出会いをしたような気分にさせられる。高鳴る鼓動さえも違うような。変わらないのは、彼といる事の楽しさと幸せと、好きだと言う気持ちであった。







怪談は出来ません。
Back