クリスマスイヴ。ルドルフメンバーは一堂に集まり、ある事に精を出していた。
 テニスをする為ではない。部活も無く、夜に礼拝を行うのみである。昼はこれといって用はない。


 場所は家庭科室。彼らは、クリスマスケーキを作っていた。



遠回り



「柳沢、それ洗いなさい。赤澤は木更津を手伝ってやりなさい」
 観月が仁王立ちで、現場監督の如く指示という名の命令を出す。クリスマスケーキの案を出したのは彼である。ひらひらレースのバラ柄のエプロン姿はあまりにも可笑しいが、笑うのはタブーであり、暗黙の了解であった。


 3年生たちは文句たらたらであるが、2年生の裕太と金田は愚痴1つ零さず、観月に従っていた。
 ケーキ作りもいよいよ終盤で、盛り付けを残すだけ。野村がクリームを飾り付け、裕太が苺を乗せていく。
「あれ」
 裕太は苺の入ったパックと、ケーキを見合わせる。どう見ても苺が足りない。スポンジに挟んだ分が多すぎたのだろう。これでは味気なくなってしまい、どうしたものかと立ち尽くしてしまう。
「足りないね」
 金田は裕太の横に並び、彼が戸惑う理由を察した。
「足りませんねぇ」
 ずいっ。観月が裕太と金田の間に割り込み、腕を組む。
「買ってくるしかないな」
「そうだーね」
 赤澤が意見し、柳沢が相槌を打つ。
「苺係の裕太が買っておいでよ」
 木更津が裕太を指名する。
「俺がですか?」
 “苺係”という名に疑問を感じたのか、裕太は自分を指差す。
「一人だけじゃなんだし。金田も行ってやれよ」
 野村はわざとらしくメンバーを見回し、金田の所で止めた。
「はい」
 金田は快く了承する。
「さあさ、これはお駄賃ですよ。買う場所は地図を描いてあげましょうね」
 観月は裕太に金を預け、テーブルに紙を置いて地図を描き始めた。てきぱきとした行動に、裕太と金田はきょとんとしてしまう。
「はいこれ」
 描き終えた地図を金田の胸ポケットに差し込む。
「冷えますからね、あったかくして行きなさい」
 どこから取り出したのか、2人のコートとマフラーを着せてやる。その姿は母親のようであった。
「行ってらっしゃい」
 観月が手を振ると、他の3年生も同じように手を振った。追い出されるように、裕太と金田は家庭科室を出る。


 扉が閉まり、しばらく待った後、3年生は安堵したように長い息を吐いた。
「さあ皆さん、持っているものをお出しなさい」
「「「「へーい」」」」
 声を揃え、5人が掲げるものは、真っ赤な苺。こっそり1人1つずつ、パックからくすねていたのだ。5つも無いのだから、足りなくなって当然である。
 もぐっ。同時に口の中へ放り込み、へたを出した。
「2人きりにしてやるなんて、俺達超優しいなー」
 木更津は椅子に座り、つられるように赤澤、柳沢も座る。これらはイヴの日に裕太と金田を2人きりにさせるという、3年生の作戦であった。ある意味、お節介で迷惑な行為とも取れる。
「まだしばらく帰って来ないでしょうから、お茶でもしていましょうか」
 観月は紅茶とクッキーを出して持て成した。
「観月、どんな地図描いたんだよ」
「なぁに、ちょっとはずれまで」
 椅子に座り、クッキーを摘まんでひとかじりして、企んだ笑みを浮かべる。
「さすが観月」
「僕のシナリオは完璧なのです」
 嫌味に気付いているのかいないのか、自慢気に言う観月の横で、野村がケーキを持ち上げた。
「温まるといけないから、冷蔵庫に入れておくよ」
 さすが副部長とでも言うべきか。気配りが出来る野村であった。




 一方その頃。3年生の陰謀で寒空の下に出された裕太と金田は、息を白くさせながら、観月に渡された地図を確認していた。
「随分遠いぞ」
「そこら辺じゃいけなかったのかな」
 場所の遠さに目が点になってしまう。
「しかもこれだと遠回りみたい」
 金田が地図の道をなぞり、観月に疑問を抱く。
「でも観月さんの事だから、きっと何かあるんだよ」
 裕太は観月を信じて、胸を張って従おうとする。もしも観月がこの場にいたら、涙を流して鼻を噛んでいた事であろう。
「不二がそう言うなら」
 金田も裕太を信じていた。騙されているような気もするが目を瞑り、遠回りをする事に決めた。
「寒っ」
 身震いし、裕太はコートのポケットに手を突っ込んだ。ゆっくりと歩き出し、後ろに金田が付いてくる。
「手袋、持ってくれば良かった」
 金田は両手を口元へ持って行き、温かい息を吐く。


「寒いね…」
「寒い……」
 いつの間にか2人並んで歩いていた。人も自転車も、車すらも通らない。人気の少ない道であった。
「今日、雪降るらしいね」
「そうか?」
「ニュースで言っていたよ。不二もいたじゃないか」
「そうだっけか…」
「そうだよ…」
 ぽつり、ぽつりと会話を交わす。
「誰も通らないや」
「観月さんの描いた地図。どれも細い道ばかりだし」
「ちょっと寂しいね」
 金田の呟きに、裕太は振り向く。
「俺がいるだろ」
「そうだけど」
「来年も俺らだけだし」
「そうだった」
「しょうがないだろ、我慢しろよ」
「我慢なんて。俺は不二がいれば心強い」
 おどおどとした瞳で、金田は裕太を見上げた。
「俺だって、金田がいてくれれば…」
 言いかけた言葉を飲み込む。無性に照れ臭くなってしまったからだ。
「なんだか、暑いな」
「うん」
 裕太と金田は熱くなった顔をパタパタと扇ぐ。




「どこまで行ってるだーね、2人は」
 紅茶を啜り、柳沢は呟く。暖房で温まった室内で、3年生の雑談は盛り上がり続ける。
「横断歩道渡っている頃だと思いますよ」
 上品に紅茶を口に含み、観月が答えた。
「そっちじゃないだーね」
 手をパタパタと振り“やだねこの人は”と、カラカラと笑う。
「あ、俺知ってる」
 野村が小さく手を挙げる。4人の視線が一気に集まった。
「こないださー」
 身を乗り出して頭を近付け、彼らしかいないというのに声を潜めて話し出す。いざ2年生を送り出したものの、暇で暇で仕方が無かった。
「あ」
 木更津が顔を上げ、目を細めて窓の外を凝視する。
「雪…」
 彼の呟きに、3年生は振り返り、ゆっくりと舞い降りる白い綿を眺めた。







ノムタクはしっかり者で。
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