30日の夜
12月30日、夜。
白い息を吐きながら、裕太は道の角からある家をそっと覗き見た。
「よし」
拳を胸元に持って行き、ぐっと握る。視線を手首に落とし、腕時計で時刻を確認する。
「あともう少しだ」
時間が経つのを、今かと待つ。
裕太が見ていたのは金田の家であった。31日は金田の誕生日である。日付が変わったら彼を呼び出して、驚かせてやろうと考えていたのだ。金田の喜ぶ顔を想像するだけで、嬉しくてたまらなくなる。
すっ……。
暗闇の中から何者かの手が伸び、裕太の肩に触れた。
「ひっ」
身を竦ませ、裕太は振り返る。
「よっ」
赤澤が手を軽く上げた。
「赤澤先輩…。一体何のようスか」
「お前、そんな敵意剥き出しの目で見んでも良いだろう…」
頬を掻く赤澤。気まずさが漂う。
「皆考える事は同じってね」
「だーね」
ひょっこりと、背後から木更津と柳沢が顔を出した。
「お前らも来ていたのか」
「何?裕太は金田を独占したかったわけ?」
「わーお」
「そ、そんなんじゃ」
はやしたてられ、裕太は頬を上気させる。
がしっ。
木更津と柳沢の肩を、また何者かが背後から掴んだ。
振り返ると、そこにはニット帽、眼鏡、マスクの男が立っていた。
「「「「ぎゃっ…!!」」」」
悲鳴は途中で途絶え、恐ろしさで声が出ない。
ぼふっ。
一際声の大きかった赤澤と柳沢の口を男が手で塞ぐ。ふかふかの手袋をしており、むせそうになる。
「近所迷惑」
くぐもった声で呟く。
手を離し、マスクを下げると見知った顔を覗かせた。
「「「「観月」」」」
「…さん」
観月はまた顔を隠してしまう。
「そんなに驚かなくても良いでしょう。お化けかと思ったんですか」
「いや不審者」
「………………………」
即答する赤澤。さすがは部長、部員の総意を代表して言った。
「どうして眼鏡しているだーね。目ぇ悪くした?」
「顔が寒いからですよ。ちなみに伊達です」
フレームを指で押し上げた。そこまでするか、という突っ込みは飲み込んだ。
「お、そろそろ時間だ」
木更津が携帯で時計を見て、くすりと口元を綻ばせる。
「じゃあ俺が電話で呼び出しますね」
出し抜かれまいと、裕太も携帯を取り出す。
「そんなに急がなくても、誰も取りゃしないって。お前が一番乗りだったんだし」
「そう見えるって事だーね?」
「普段の行いが悪いからですよ」
「観月だって人の事言えんのかなぁ。くすっ」
「先輩。電話が聞こえません。静かにして下さい」
騒ぎ出す3年生を、裕太がぴしゃりと鎮めた。
「裕太ナマイキー」
「偉くなったもんだーね」
「俺達も悪いんだけどな」
「僕は静かにしていましたけどねっ」
声を潜めるだけで、お喋りは続いた。
「先輩。金田が出て来るそうなので、行きましょう」
携帯を閉じ、裕太は金田の家へと向かう。彼の後を3年生たちも付いていく。
5人は金田の家の前に来ると、コートのポケットに手を入れて彼が出て来るのを待った。風が冷たく、夜という事もあり、凍えるような寒さである。
「まだかな」
木更津が体を揺らしながら呟く。
ぱちん。鍵のはずされる音が聞こえ、彼らの視線はドアに集まった。
ドアが開き、金田は出てくるなり目を丸くさせる。
「先輩たちまでいらしていたんですか」
「おうよ」
手をひらひらと振り、笑って見せた。
「寒いのに、あり…………」
金田は足を止め、祝いに来た5人組も動きを止める。金田の方から、携帯の着信音が鳴った。
「誰だろう」
携帯を取り出し、耳を寄せる。
「あ、野村先輩ですか?こ、こんばんはっ」
電話だと言うのに、ぺこぺことおじぎをした。
「はい、はい…………有り難うございます。………はい………では」
ぷちっ。電話を切る。用を終えて彼らの方を向く金田との間に、妙な沈黙が流れた。
「金田くん。野村くん、なんですって」
「俺の、誕生日の事で………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
再び襲い掛かる沈黙が重く圧し掛かる。聞かずともわかってはいたが、やはり予想通りであった。おそらく野村は暖かい部屋で金田に祝いの言葉を告げたのだろう。
「立ち話もなんですから、どうぞ中に」
「ではお言葉に甘えて」
「だーね」
誘われ、家の中に入っていく木更津と柳沢。
硬直したままの裕太の両肩に、赤澤と観月の手が置かれる。
「「ま、元気出して」」
「………はい…」
項垂れるように、裕太は力なく頷く。
赤澤と観月は顔を見合わせ、首を横に振った。
「にしてもノムタク……」
「タイミングが最良にして最悪。さすがです野村くん…」
手を背に回し、裕太を金田の家の中へ連れて行った。
新学期早々、裕太が野村を追い回したのは言うまでもない。
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