スタート
季節は巡り、春となった。
聖ルドルフ学院に植えられた桜の木は花を咲かせ、生徒たちは新学期への期待と不安を胸に抱いている。
気候は暖かくなってきたが、まだ半袖では肌寒く、部室にいる金田は長袖のジャージを着ていた。
「大丈夫かな」
ぼそりと、呟く。
「何か言ったか?」
傍にいた裕太が言う。
「何でもない」
「そっか」
部室の中にいるのは金田と裕太だけで、独り言は耳に届いてしまう。
本当は聞いて欲しくて、けれども気付かれれば、やはりいいと思い“何でもない”と言ってしまった。
「緊張するなぁ。ああ、独り言」
裕太は伸びをして、うろうろと歩いた。
そうして、わざと金田の後ろまで近付き、両肩を掴んで驚かす。
「わっ!」
期待を裏切らず、金田は肩を竦めて驚いた。
「体が強張ってるぜ、部長さん」
手を離し、明るい声で元気付ける。
「あ、う、うん」
しどろもどろになりながら、金田は頷く。
部長は金田、副部長は裕太、3年生となった元2年生の2人。
今日は加入した部員を含めたテニス部の、新たな始まりを踏み出す日であった。平たく言えば、新学期になったので部員たちに挨拶をする日なのだ。当然、部長が部長らしくいなければならない。
「初めの日が肝心だからな、頑張れよ」
「余計、緊張するって」
「大丈夫だって」
「凄い自信だね」
胸を張る裕太に、金田の胃はキリキリと締め付けられていく。
「金田は部長の資質あるって。赤澤さんも言っていたし。俺だって、ず、ずっと一緒にいたんだし」
「これからも、だよね」
「……それに、支えるのが副部長の仕事だから、な」
「不二の方が緊張してるみたい」
金田は裕太の背を軽く叩く。緊張が解けたのか、笑っていた。
「じゃ、行こうか副部長」
「そうだな、部長」
ドアを開けて、2人並んで部員が集まるコートへ向かう。
一方その頃、高等部のテニス部でもコートに部員が集められ、部長が話をしていた。
高校1年生となった赤澤は、隣に立つ、同じく高校1年生の観月を肘で突く。
「なんですか」
眉をひそめ、小声で囁く。
「上の空みたいだったからよ」
「金田くん、部長にちゃんと見られてますかね。裕太くんも影に埋もれてないでしょうか」
濡れても無い目元に、花柄レースのハンカチを当てた。
「さりげなく酷い事を。観月節は健在か」
観月と赤澤のすぐ後ろではクスクスと笑い声が聞こえる。
「クスクス。観月、あれでしょ」
「後輩離れ出来てないだーね」
笑い声の主の木更津と、その隣の柳沢は口元を押さえて、観月の背と相方の顔を交互に見合わせる。
「くっ。貴方たち、後でコート裏で待ってなさい」
図星を指されて言い返せない観月は、捨て台詞を吐く。
「初日から穏やかじゃないだーね。なあノム…」
柳沢は後ろにいる野村の方を向くと、言葉を失った。
「………………………」
野村は真面目に部長の話を聞いていた。そして、その体からは何か凄まじいオーラが漂っている。
俺の時代が来る…!
彼は野望に燃えていた。レギュラーになり、今度こそ活躍する為に気合に満ち溢れていた。
話作って何ですが、次期部長は裕太派だったりします。
Back