二月十八日。不二裕太の誕生日である。
この日は家に帰ってきてと、家族を代表して兄からメールが届いた。裕太もそのつもりだったので、放課後が待ち遠しい。
横取り
放課後の練習も終わり、裕太は金田と共に部室の戸締りを確認し始める。
三年生は引退し、あの暑い夏を共に戦った仲間は二年生の二人だけとなった。金田は部長、裕太は副部長として部を支えている。
「不二ぃ」
背を向けたまま、金田が裕太を呼んだ。
「今日は家に帰るの」
「ああ」
「じゃあ、さ」
振り向く金田。
「一緒に帰らないか」
「そうだな」
笑う裕太。家に帰るという事は、金田と一緒に帰れるという事。この二つが頭の中で噛み合わず、抜け落ちていた。
二人で部室を出て入り口の鍵を閉め、共に学校を出る。
しばらく帰路を歩いていると、不意に金田がまた裕太を呼んだ。
「不二」
「ん?」
「少しだけ、寄り道をさせてくれないか」
「良いけど」
裕太が返事をするなり、金田はニッと笑って腕を引いた。
引かれるままに連れて行かれたのは、駅前に最近出来たケーキ屋。店に入るとカウンター横を通って、中で食事できる席に座る。裕太はカウンターで注文する事はあっても、店で食べるのは初めてであった。それにまさか金田がここを選ぶなど、裕太には驚きの連続である。
「金田。良いのか」
今更な言葉を吐いた。
「俺こそ。ごめん」
向かい合う席で、金田は俯き視線を逸らした。
「なんで謝るんだよ」
「だって」
「だって?」
「俺が先に不二を横取りして」
「…………………………」
裕太は瞬きし、頬が上気する。
「俺はその……嬉しい……」
「良かった」
金田は顔を上げて微笑む。
「そうだ。頼まなきゃね」
メニューを取って、二人で見れるように横にした。
頼んだケーキと飲み物が届き、フォークを刺そうとした時。金田が“あ”と声を上げる。
「このタイミングに言おうと思っていたのに、忘れる所だった。不二、誕生日おめでとう」
「有難う」
「これからも宜しくな」
「こっちこそ」
顔を少しだけ寄せ合い、微笑み合う。
嬉しい気持ち、照れ臭い気持ちが混ざり合い、幸せがくすぐったくなってつい裕太は言った。
「それにしても、まさか金田とこの店に入るなんてな」
「何かあるのか」
「彼女が出来たら、ここに行きたいなって決めていたんだよ」
「悪かったよ」
詫びるが、裕太は意地悪そうな笑みを浮かべる。
「どうしよっかな」
「なんだよ。彼女の予定でもあったの」
金田が口を尖らせる。
真面目な金田をからかうつもりだったが、裕太自身も真面目なので、ちぐはぐな方向へ曲がっていく。
「そういう問題じゃないだろ」
「じゃあ責任取るよ」
「おいおい、待てよ金田。冗談だってば。悪かったって」
とうとう白状し、謝る裕太。しかし今度は金田が許す気はないらしい。
「不二は俺にどんな責任を取って欲しい?不二好みの娘、紹介してあげよっか」
「お前……さりげなく凄いこと言うのな。だからもう勘弁してくれって」
「俺が不二と付き合おうか?」
……………………………。
金田が咳払いをして、ごめんと付け足した。
「なんというか……金田は突然、何を言い出すか怖ぇよ」
「俺も冗談のつもりだったんだけど。どうも上手く行かなかったね」
「もう話が滅茶苦茶だ。一体、何を話していたんだか……」
裕太は髪をがしがしとさせる。顔の熱がなかなか冷めてくれない。
「えーと……俺と不二が付き合うって話だっけ?」
「それはもういいよ」
冷まそうとした熱はまた火照ってくる。
誤魔化すように、部の話題をだしていつもの二人に軌道修正をさせた。
店を出る頃にはすっかり日は沈んで暗くなっていた。
「ごめん。話し込んじゃって」
「良いよ。楽しかったから」
帰路の分かれ道で別れを口にしようとした裕太に、先に金田が放つ。
「不二。また明日」
「じゃあな」
「ああ、そうだ」
思い出したように手を合わせる金田。
「不二が良く行くケーキ屋、今度俺も連れて行ってよ」
「ケーキにハマったのか?」
「それくらい、わかれよな」
“わかれよな”と言われた事を素直に想像すれば、自惚れた考えしか浮かばない。
「でも、チーズ系は遠慮する。俺、こってりしたの苦手だから」
「注文の多い奴だな。わかったよ」
手を振り、二人は別れた。
家に帰るまでの間、不二は金田が好きそうなケーキが多い店を頭の中で巡らせる。
あの角を曲がれば自宅。歩調を速め、愛おしい家族のもとへ帰った。
「ただいま」
おかえり。と返す家族は、もう裕太が誰かに祝われたのを表情で悟り、心の内で感謝をした。
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