初めに好きになったのは、僕なのに。



ルドルフの日常:めぐり逢い



 観月は金田を連れて、敵城視察へ向かった。
 普段なら裕太か赤澤を連れて行くところだが、2人にはどうしてもやってもらいたい練習メニューがあった為、彼らの代わりに金田を連れて行く事にしたのだ。


 交通の便が悪い場所にある学校なので、バスに乗って行った。


 学校へ着くなり、テキパキとデータを集める観月に、金田はただただ尊敬の眼差しを送るのみだった。
 データ収拾を終え、いざバスに乗って帰ろうとした時。




 夕立が降ってきた。




 バケツをひっくり返したような大雨。
 バス停に屋根とベンチがあった事は幸いだが、バスは一向に来る気配を見せない。
「座って待ちましょうか」
「はい」
 2人はベンチに座って雨宿りしながら、バスを待った。


 ここ以外に雨宿りできる場所はない。
 最初は頭を覆いながら走る学生などを見かけたが、今は誰も通らない。
 時間は刻々と過ぎていく。


 観月と金田の2人は、バス停に取り残された。




「雨、止みませんね」
「ええ」
「バス、来ませんね」
「ええ」


 沈黙に耐え切れず、何か話題を持ちかけようとする金田だが、観月は淡々と相槌を打つだけ。


「……………………」
 とうとう金田は黙り込んでしまった。


 観月さんと仲が良い不二がいたら、こんな空気にはならないのに。


 遠くにいる愛しい人を思い浮かべた。




 カチン。
 観月が鞄から取り出した携帯を開ける。


 カチン。
 ぼそぼそと話した後、携帯を閉じた。


「寮に連絡しておきました。今バスが来ても、門限を過ぎてしまいますからね」
「はい」
 金田は観月を見るが、視線を合わせてくれない。


「……………………」
 金田は俯き、大人しくバスを待った。




 僕を、見ないで下さい。
 観月の携帯をしまう手が、僅かに震えた。




 僕を、見ないで下さい。
 何度も耳の後ろに、髪をかけた。




 観月の脳裏に2年の頃が浮かんでくる。


 こんな事、今更思い浮かべたくない。


 他の事を考えようとするが、容赦なしに記憶は語りかけてくる。








 それは観月が2年生の頃、裕太が転校してきて少し経った時だった。
「裕太くん、ルドルフに慣れましたか?」
 テニスコート横で壁打ちをしている裕太に、観月は明るい声で問いかける。
「ええ」
 タオルで汗を拭いながら、裕太は笑う。
「寮生活は如何ですか?」
「ええ」
 裕太の笑顔が曇る。


「あの、観月さん」
 タオルの端を決まり悪そうにいじりながら、裕太が観月を見る。
「同室の金田くんと、うまくいってないのですか?」
「……………………どう、接したらいいのか、わからなくて」
 俯くように頷いた。


 補強組と生え抜き組み。そんなにすぐ、うまくいくものではない。
 柳沢と木更津のように補強組同士であれば問題はないが、補強組と生え抜き組みだと、気まずいものがあるのだ。
観月も生え抜き組みの赤澤と同室と聞かされた時は、どうしようなどと思ったが、赤澤が気さくな人間だった為、特にいざこざも無く今に至る。


「まあ、大丈夫ですよ」
 ぽん、と裕太の肩に手を乗せた。
「……………………でも」
「大丈夫ですよ。金田くん、いい子ですから、きっと仲良くなれますよ」
 ドンマイ、裕太くん。
 そう言って、笑った。




 金田は、いい子だ。


 自信を持って言える。


 ずっと、見ていたのだから。




 あれはいつだったか、初めて観月が金田に練習メニューを渡した次の日だった。
 部活の休憩時間、観月が一人でいるのを見計らってか、金田が小走りで近付いてきた。
「あの、観月さん」
「はい?」
 金田は頬を上気させて言った。
「あの、練習メニュー、有難うございます。俺、頑張ります!」
「はい、期待していますよ」
「はい!」
 にっこりと微笑む。




 金田は、いい子だった。


 その時の笑顔が、忘れられなくて。愛しくて。


 データと称して、彼を見てきた。


 ずっと見てきたのだから、自信を持って言える。


 "大丈夫ですよ。金田くん、いい子ですから、きっと仲良くなれますよ"


 そしていつか、僕の事も。


 いつか。


 好きになってくれる。




 2年の三学期に、裕太に同じような質問をしてみた。
「寮生活は如何ですか?」


「ええ!」
 満面の笑みで答える裕太。その後ろの方で、微笑む金田の姿があった。
 彼らは見つめあい、頬を染めていた。




 心がぎゅっと、締め付けられる感覚。
 いつか、なんて日が来ない事を知った。
 恋を、失ったのだ。









 あの頃の記憶が、今の観月の脳裏を過ぎる。
 目の前の道路を、車が通り過ぎるたびに、裕太と金田の笑顔がチラつく。


 初めに好きになったのは、僕なのに。


 近付いていく2人の関係に、どうして気付かなかったのだろう。
 ずっと、ずっと、見てきたはずなのに。


 ただ、勇気が無かったのだ。
 見て見ぬフリをしていたのだ。


 止める勇気も、思いを伝える勇気も、両方なかったのだ。


 観月の胸に、今まで詰まっていた後悔の言葉が、言い訳の言葉が、次々と溢れ出してくる。




 そっと横目で金田を見た。




 まだ、彼の事が好きだ。


 ずっと、彼の事が好きだ。


 好き。


 好き。


 好き。


 ただ、好きだという想いが溢れてくる。




「?」
 観月の視線に気付いたのか、金田が顔を上げる。
「観月さん?」
 観月の顔を覗き込んだ。


「どうしました?」
 素知らぬフリをして見せた。


 僕を、見ないで下さい。


「いえ、別に」
 再び金田は俯いた。




 金田の気配を、視線を、声を感じる度に、観月の心に誘惑の言葉が囁きかけるのだ。




 今しかない、と。
 赤澤も、柳沢も、木更津も、野村も、そして裕太のいない、今しかない、と。




 金田の心を引き寄せるのは、今だと。
 裕太から奪うのは、今だと。
 誰もいない今しかない、今だと。




 囁きかけるのだ。




 そんな事はできない。
 してはいけない。




 だから、だから。




 僕を、見ないで下さい。








「あ、観月さん。バス、来ましたよ」
 金田が立ち上がり、指を指す。
 バスの明かりが見える。
「ようやく来ましたね。さっさと帰りましょう」
 観月は立ち上がり、前に出た。
「観月さん、前出すぎですよ。濡れますよ」
 早くここを離れたい気持ちでいっぱいだった。少し雨がかかろうが気にしない。








 バス停前に到着したバスに足早に乗り、観月は適当な窓際の席に腰掛けた。
 もちろんその隣には金田が座る。
 バスの中には2人以外の客はいなかった。


 バスが走り始めた。


 観月はずっと窓の外の景色を眺めていた。雨で曇って、良く見えない。


「観月さん」
「はい?」
「俺、何か気に触る事、しましたか?」
 観月は金田を見た。金田は不安そうに観月を上目遣いで様子を伺っている。
「どうして、そんな事言うんですか?」
「なんだか、怒っているみたいでしたから。
 データ収拾の時、何かやらかしましたか?すみません俺、不二とちが」
「裕太は関係ない!」
「ご、ごめんなさい」
 思わず声を荒げてしまう。
 今は、今だけは、裕太の名を金田の口から出して欲しくなかった。
「金田くんは悪くないです。気にしないで下さい」
「でも……」
「金田くん、君はホントに………………」


 いい子ですね。


「………………………………心配性なんですから。
 そんなだとね、どこかの副部長みたいに胃薬を服用するようになりますよ」
 金田を慰めようと、肩に手を伸ばす。
 けれど、その手は触れる事が出来ず、椅子に落ちた。




 本当に、偶然だった。




 落ちた手が、金田の手に当たった。




 それだけで、胸が高鳴る。




「観月さん。手、濡れていますよ。肩も、髪も濡れたままだし、風邪ひきますよ」
 金田の心配する視線が観月に当たる。


 僕を、見ないで下さい。


「大丈夫ですよ、そんな事で風邪ひくほどヤワじゃありません」
 ふい、と頬杖をついて窓に視線を移した。


「風邪ひいたら、皆心配しますよ」
「口うるさい奴が静かになったって、喜びますよ」
 真面目な金田が困るような事を言ってしまった。
「そ、そんな事……………………」
 ほら、困ってる。


「ごめんなさい、ちょっとイジワルしました。
 ほんの冗談です。もし皆が喜んだら、ただじゃおきません」
 窓を見つめたまま言う。
「……………なんて、ね」


「もしも、風邪をひいたら、君は心配してくれますか?看病してくれますか?」


「……………なんて、ね」
 金田が答える前に言う。




 これ以上、言葉を重ねれば、思いが溢れて止まらなくなりそうだから。


 この気持ちを、隠せなくなるから。


 そのまま観月は寝たフリを決め込んだ。




「…………………………………………」
 金田には観月の横顔が、なんだか泣いているように見えた。








 バスを降り、寮が見えてくると、傘をさしたうえに、小脇にもう一本の傘を抱えた裕太が駆け寄ってくる。
「不二、雨の中に走ると転ぶよ」
「だって」
「ありがと」
 金田はくすくす笑いながら、裕太の傘の中に入った。
 観月は裕太からもう一本の傘を受け取り、さした。
「さ、戻りましょうか。
 裕太くん、金田くんが帰って来なくて心配でしたか?」
「観月さんもいましたし、そんなには」
 裕太は金田の顔を見た後、観月に笑ってみせる。
「どうですかねえ?真意は赤澤たちにでも聞くとしましょう。んふふっ」
「もう、観月さん」
 談笑をしながら、3人は寮の中へ入って行った。








 裕太くんも。
 金田くんも。
 僕に無防備すぎるんですよ。


 そんなだから、
 余計に罪悪感がするんです。


 そんなだから、
 諦めきれないんです。







タイトルは某歌からです、ハイ。
いやね、金田を取り巻く三角関係で【赤澤→金田←裕太】は、赤澤の方に分があると思うのですが、【裕太→金田←観月】だと裕太の方に分があると思うんですよ。
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