「これは、知り合いの話」
そう言って、桜井は語り出した。
AとBとC
放課後、教室で一人席に座って日誌を書く石田の元へ、桜井がやって来る。
「一人?」
鞄を適当な机の上へ置き、教室全体を見回して言う。
「もう一人いるんだけど、欠席」
「ついてねぇな」
「だな」
話に集中すると、石田のペンの早さが緩やかになった。
「昼、伊武にも同じ事言われたよ」
「そう」
「ちょっとだけ、仕事を手伝ってくれた」
「ふうん」
伊武の名前が出ると、桜井の反応が淡白になったような気がした。
「伊武って、無愛想だけど優しい所あるよな」
「ああ」
桜井は鞄を置いた机の隣に腰をかけて、石田の日誌を書く様子を見下ろす。
「石田」
「ん?」
「ちょっと、良いか」
「何?」
「これは、知り合いの話」
そう言って、桜井は語り出した。
石田は桜井の方を見て、目をパチクリさせてから、視線を日誌へ戻した。
「仮に、Aとする。AにはBという恋人がいて、AもBもお互い愛し合っている。Bは、Aを凄く愛していてくれるんだ。でも、AとBの仲がこじれる時があって、AはCと出会う。Cは優しくて、Aは安心するというか、惹かれるというか、気になるんだけどさ。Aはどうしたら良いと思うか?」
「は?」
もう一度桜井を見る石田の目は点になっている。
「ちんぷんかんぷん……なんだけど」
「そ、そうか?」
「AがCを気になっているのはわかったよ。でもBとはどうなったんだ?」
「えっ?」
ひくっ。桜井の顔が僅かに引き攣った。
「こじれていたんだけど、Cに出会う事でAは気持ちの整理が出来て、Bと仲直りは出来たんだ。別れていないし、B好きだし……いや好きだって言っていたし……。だけど、A怪しいって、Bに感付かれているかも……」
「Cが良くわからない。一度会っただけなのか?」
「最初は顔を合わせたくらいで、二度目は偶然会った。それから何度か会う機会があって、しばらく会わなかったんだけど、また偶然会う事になって」
「偶然多いな。運命って感じだな」
良いなぁと、石田は人の良い笑顔を浮かべる。
「う、運命っ?」
石田の発言に桜井はギョッとして、思わず身を乗り出してしまう。顔が火を噴いたように赤く染まった。
「良いよな。桜井もAが羨ましいんじゃないか?」
「何言ってんだよ。んな運命なんて……そんなんじゃ……」
心臓がバクバクと鳴る。ああ運命かと夢を見られればいいが、現実は甘くは無い。もうどうしたら良いのかわからず、知り合いの話だと偽り、友人に自分の身の上を話している。
「桜井、ひょっとしてAの事嫌いなのか」
「……好きじゃないな。あまり」
「そういえばCはAをどう思っているの?優しいとは聞いたけど」
「好かれている……かも」
「えーじゃあAはCにすべきだよ。Cだな。Cだ」
石田はAとCの運命の出会いに興奮気味になっているようで、しきりにCの名を口に出す。
「お、おい待てよ。伊……っ……じゃない、Bはどうなるんだよ」
石田お前、Bは仲間だろう!桜井は心の中で絶叫した。
「素直にAはBに浮気を告白すれば?」
「う、うわ…」
やはり浮気になってしまうのだろうか。自覚はしていたが、人から言われると痛い所である。
「AはBが好きなんだよ。2人は両想いなの!」
恥ずかしい事を言ってしまった。なの!って何だ、なの!ってと、自分の発言に突っ込みを入れて、桜井はまた赤面してしまう。こんな事、彼にも言った事は無いのに。
「でもさ…………。桜井がAの事好きじゃないのってわかったような気がする。会った事はないけど、Aってちょっと嫌な奴かもな。そもそもAがハッキリしないのが悪い」
「ちょっ………石田待てって。Aを見捨てるな。Aが可哀想だろ?」
「それにさ、BとCが会ったら、まさに修羅場って奴になるんじゃないかな」
「こ、怖い事言うなよ」
桜井は内心、肝を冷やした。そう遠くはない、起こりそうな事態。いつまでも揺れている訳にはいかなかった。
「桜井、Aに何かあったら俺に教えてくれよ」
「…………考えておく。ほら石田、手ぇ止まってるぞ」
「そうだった」
話がおかしな流れへ行ってしまった。結局は、自分の問題以外の何でもない事。石田に聞いてどうするつもりだったのだろう。達筆な字で埋まっていく日誌を眺めながら、ため息を吐く。Aが悪いんだろう。続けて溜め息を吐いた。溜め息が増えるばかりであった。
A桜井、B伊武、C柳生という事で。何も知らない石田が桜井の痛い所を突く感じで。
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