指先



 青空の下、伊武と桜井は屋上にいた。今は昼休憩で、周りでは弁当をつまむ生徒達もいるのだが、2人見詰め合うだけで、気にならなくなる。フェンスに寄り掛かり、隣に立つ愛しい人を見つめ続けた。
 吹き抜ける風の音も、周りの喧騒も聞こえない。盲目的に2人の世界に入っていた。



「桜井」
 伊武が口を開く。
 唇の動きの一つ一つがスローモーションに、桜井の目に焼き付けられる。



「誕生日、おめでとう」
 そっと小さなラッピングされた包みを取り出した。
「有難う」
 桜井は受け取る。



「家で、開けようかな」
 包みと伊武を交互に見て呟く。すぐに開けてしまうのは勿体なかった。



「年、抜かされちゃった」
 ぼそりと言って、伊武が口元を綻ばせる。
「今俺がお兄さんだ」
「また追いついてみせるよ」



 淡々と交わされる言葉。瞳は相手に見入ったままで、逸らせない。



「桜井」
「ん?」
「うん………………」
 伊武は何かを言いかけたまま、口を閉ざしてしまう。
「なんだよ」
「うん」
 髪を耳の後ろにかけ、言葉を考えているのか、半眼になる。



「好きとか、愛しているとか、口に出すと安っぽく感じるんだ。どう言えば良いんだろう。大事だし大切なんだけど、それだけじゃなくて。もっとこう…もっと………。そうだ」
 フェンスから背を離し、体ごと桜井の方を向く。



「君じゃなきゃ駄目だ」
 つまむように、伊武の指が桜井の指に触れる。桜井は包み込むように、指を絡めた。






 その日の放課後、桜井は駅へ小走りで入る。家族に用事を頼まれ、電車に乗らなければならなかった。友人との話に盛り上がり、学校に長居をし過ぎて、時間は押し迫っていた。
「間に合え…!」
 時計を確認しながら、階段を一段飛ばしで上っていく。丁度電車が来ており、どうしてもこれに乗りたかった。
 扉が開いて、人が乗り込む。アナウンスと共に、扉の閉まる音が聞こえる。強引にでも入ろうと、桜井は手を伸ばした。



 誰かの手が隙間から現れ、桜井の手を掴んで引き寄せた。引っ張られるままに、電車の中へ入る。
 桜井が顔を上げると、助けてくれた人物の背中が見え、その姿は連れと思われる人と共に遠くなっていき、隣の車両へ行ってしまう。お礼を言うタイミングを逃してしまった。
 仕方なく、何も言えぬまま手すりを握って、窓の外から見える流れる景色を眺めた。



 隣の車両へ移った恩人はドアに寄り掛かり、鞄から本を取り出して読書を始める。連れは手すりに掴まり、恩人のポーカーフェイスをじろじろと眺めた。
「さすが紳士?」
 連れ………仁王は喉で笑う。
「はい?」
 恩人………柳生は顔を上げた。
「駆け込み乗車する子を助けるなんて、優しいのう」
「気が向いただけです」
 視線を本に戻す。
「あの子、ちょっと可愛かったの」
「さあ。そこまで見てませんよ。目ざといですね」



「はぁーぁ」
 ぎゅっ。仁王は吊革に体重を預ける。革が軋む音がした。
「なんでこんな所まで来る事になったんじゃー」
「私達がジャンケンで負けたからですよ。今日は付いてないですね。ちょっとの気まぐれで君にからかわれもしましたし」
 柳生も息を吐く。2人は部活の野暮用で東京まで来ていた。
「次、どこじゃったか………試合」
「ダークホースと呼ばれる所みたいですよ」
「ダークホース…。ほー、カッコ良いのう」
「私達は王者として勝つまでです」
 “王者”というフレーズに、仁王は口の端を上げた。
 数日後、立海と不動峰は当たる事になり、柳生と桜井は再び出会う事になる。







伊武と桜井と柳生の交差。
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