時
夏のある日。学校は休みであったが、全国へ向けての練習の為、不動峰テニス部は朝早くから登校していた。
「よお、おはよう」
「おはようございます!」
部長の橘が挨拶をすれば、打てば響くように後輩たちは声を揃える。
部室の扉を足で開けた橘の両手は、大きなダンボール箱で塞がれていた。
「皆、喜べよ」
箱の上から顔を覗かせて言う。
「学校からだ」
箱を置いて、皆に見えるように開けて見せた。
中身は新しいボールやネット、奥の方には様々な備品がある。
暴力沙汰を起こし、冷たい視線を受けて来たテニス部であったが、大会を勝ち進む事で学校側が支援をしてくれたのだ。認められたような気がして、部員の顔は自然と笑みが浮かぶ。
「これから練習もさらに厳しくしていく。気合入れで今日の午前は大掃除を行う」
「はい!」
「もう使えそうに無いものは、この中にあるものと新調する。俺と……そうだな、桜井はコートだ。では初め」
橘は箱からボールとネットを取り出して脇に抱えると立ち上がり、桜井に荷物の半分を受け渡す。
「良いなぁ」
仲間たちの羨ましそうな視線を背中で受けて、桜井は橘と共にコートへ出た。
「そっち持っていてくれ」
「はい」
まずはボロボロになりかけていたネットを取り替える。
「お疲れさん」
丁寧に畳んで、適当な場所へ置いた。
次はボールの整理。特に石田が波動球を使うので、ボールの痛みが早い。
かごに入ったボールをベンチに座って、二人は選別をしていく。
「桜井」
「は、はい」
不意に橘に声をかけられ、桜井はどもりそうになる。
「全国行きが決まれば、ロッカー辺りも新しく出来るかもしれんぞ」
「随分と張り切るんですね」
「そりゃ、全国だからな」
「そうです、よね」
つい手が止まってしまい、慌てて手を動かした。
「来年、お前らが頑張れば、もっと変わるかもしれん」
「……変わり続けるのも、寂しいものです」
「そうだな」
「夏が、終わらなければ良いのに」
ぽつりと、呟く。
今この、暑く、眩しい時が永遠に続けば。願わずにはいられなかった。
橘はボールを見詰めたまま、口を開く。
「夏は短い、いつか終わる。俺たちも変わる。現にほら、お前はもうすぐ誕生日だったか」
「はい、明日です」
「そうか。俺も一ヶ月先ぐらいだ。こうして少しずつ過ぎていって、重ねていくんだよ。だけどな、桜井」
橘の力強い手が、桜井の手を掴む。
「何年経っても、この夏は忘れないだろう」
頬に視線を感じ、振り向けば橘の真っ直ぐに見据えている。
「きっと、最高のはずだ」
喉の奥から何かが込み上げて声が出ず、桜井は強く頷いて応えた。
「おい、そんな顔はまだ早いぞ」
けれども声は出ず、また無言で頷いた。
「あの、橘さん」
またボール選別作業を再開させながら、桜井が話を切り出す。
「橘さんは高校、東京なんですか。九州へ帰ってしまうんですか」
「いちおう、予定は東京だ」
「良かった」
安堵の息を吐いた。
「過ぎるのも、寂しいばかりじゃないさ。良い思い出を持ったまま、新しい思い出を作る事が出来る。高校でも、また会おう」
「もしかしたら、敵校同士かも」
「成長した姿を、期待しているぞ」
「重いなぁ」
今度は溜め息を吐く桜井に、橘は喉で笑う。苦いながらも、桜井も笑っていた。
翌日。仲間たちは思い出したように、掃除の時、桜井が橘とどんな話をしていたのかを問いただしてきた。
「ただの雑談だって」
そう答えるものの、先日の事を思い出すと心が温かくなる。
「本当かよ」
内村などは、彼の嬉しそうな雰囲気にジト目で疑う。もったいぶっているような素振りが、なんともイライラするのだ。
「あ」
鞄の中の携帯がなり、開けてみるとメールが届いていた。
「なんだよ」
「なんでもないって」
笑うというより、顔を緩ませて桜井は携帯をしまう。
メールは橘から。
誕生日おめでとう。
そうシンプルに、一言書いてあった。
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