神尾&桜井
石田&桜井
柳生×桜井
伊武×桜井
内村&桜井


神尾&桜井

 朝日が淡く照りつけるアスファルトを、一台の自転車が駆け抜けていく。
 運転手は不動峰二年テニス部神尾。後ろに乗るのは同じく二年のテニス部の桜井。
 二人が目指す場所は学校。朝練に遅刻寸前、一分一秒を争う必死のレースであった。
「神尾、急げ急げ!」
 桜井が後ろから神尾を急かしつける。
「呑気なもんだぜっ!」
 二人分の重心を器用に利用して道を曲がる。
 走る桜井を見つけてしまったのが運の尽きやら仲間のよしみやら、神尾は彼を後ろに乗せてしまった。
「リズムを上げるぜえええっ!!」
 気合をぶつけ、坂道をも乗り越える神尾。練習をする前から汗だくである。
「とにかく頑張れ!」
 桜井はただただ応援するしかない。
 坂道を越えてしまえば後は平坦な道が続くのみ。落ち着いた所で神尾は呟く。
「桜井。この運賃、高くつくぜ」
「なにすりゃ良いんだよ」
 桜井は神尾の汗をタオルで甲斐甲斐しく拭ってやる。
「アイス。俺はアイスが食べたい。奢れ」
「わかったよ」
 あっさり桜井は了承した。
「交渉成立。振り落とされるなよ!」
 ラストスパートをかけて神尾の自転車はスピードを上げる。
 運賃は随分安い気がしたが、心の内にしまっておいた。







石田&桜井

 夏は朝から夜まで暑い日が続いている。
 夕方。練習帰りのラーメン屋で、仲間たちが冷やし中華を食べる中、桜井はとんこつラーメン、石田はトッピングでメンチカツを頼んでいた。常連のリクエストメニューを店主は慣れた手つきで気前良く揚げてくれる。
「はあ…………」
 森は石田と桜井の食いっぷりに、つい注目してしまい手が止まっていた。
「この季節にとんこつはねえよ」
 内村が呟く。
「メンチもないだろ……」
 呟きに伊武が呟きで続けた。
「お前ら見てると満足出来なくなるじゃねーか」
 神尾がメニューを取って追加を選び出す。
「俺もだ」
 橘も横から眺めだす始末である。
「暑い時に暑いもんだよ、な」
「そうそう」
 桜井と石田は顔を見合わせて頷きあう。こんな時にも絶妙のコンビネーションを見せた。だが――
「でもな、メンチはちょっと油っこすぎるだろ」
「とんこつはこってりしすぎだろ」
 それぞれ納得できない部分は持ち合わせているようだ。
 神尾と橘の追加注文も決まり、まだまだ寄り道は終わらない。







柳生×桜井

 クーラーの効きすぎた空間での、突然の出会いであった。
「おや、桜井くんではありませんか」
 にこやかに笑う強豪校の紳士、柳生が微笑む。
「あ、どうも」
 軽く会釈を返す桜井であるが、やや表情はぎこちない。
 対戦した相手ではあるが、フィールドが異なればまた異なった面を見せる。
 ここは東京にある有名な大型の図書館。桜井は夏休みの宿題攻略に石田と共に来たのだが、単独行動に出ている時に偶然柳生と鉢合わせてしまった。ただでさえ桜井は自分には不釣合いな場所だと思っているのに、いかにもこの雰囲気に似合う神奈川からの来訪者に、つい本能的に引いてしまいがちになる。
「柳生さん、どうしてこんな所に」
 聞かれる前に聞いてしまえの作戦で、桜井は問う。
「ここは良い図書館でしょう。面白そうな本でも無いかと思いまして」
 あまりにも彼らしい理由に、桜井はカクカクと頷いて相槌を打つ。
「桜井くんこそどうしてここへ?」
「いやぁ……その……」
 宿題というごく有り触れた答えなのに、どうも言い辛い。視線を泳がせ、何か良い言い訳はないかと考えを巡らせた。
「あ」
 瞳が探していた本を捉え、声を漏らす桜井。柳生もつられて桜井と同じ方向を見た。
「これだ」
 本棚に近付く。だがしかし、目当ての本は台がなければ届かない高い位置にある。
 こんな時、背丈のある連れならば取ってくれるのだろう。補助器を探し出す桜井に、柳生は彼の行動の意味を悟った。
「あの、私が取りましょうか」
 自分を指差す柳生。
「………………………………」
 桜井は柳生の方を向いて目を瞬きさせる。
「でも……」
「任せてください」
「いや……」
 桜井は遠慮している訳ではなかった。柳生の背丈ではあの高さは無理に見えた。
「大丈夫ですってっ」
 柳生が爪先立ちになり、本棚へ手を伸ばす。
「これ、ですか」
「その左……そう……それ、です」
 桜井が欲しい本に指の先が触れ、強引に本と本の間に指を入れて取り出そうとする。
「あ」
 本が取り出される……というより落ちてきた。柳生の頭の上でワンバウンドして床に雑に転がる。
「桜井くん、ほら取れたじゃないですか」
 本を拾い上げ、軽く払って桜井に手渡す柳生。頭に本が落ちた衝撃か、眼鏡がずれている。
「はい……有難う……ございます」
 そっとフレームに指を伸ばして直し、桜井ははにかんだ。
「どう……いたしまして」
 柳生もつられて照れ臭そうに笑う。
 クーラーの効き目が弱まったような気がした。







伊武×桜井

 耳元で伊武の喉で笑う音が聞こえる。
「なに、笑ってんの」
 桜井も笑って返した。
「髪、こんなんなんだってさ。それだけ」
 呟くように言う伊武。
 二人は薄暗い部室の中で淡々と言葉を交わしていた。窓の外は夕闇に染まっている。
 部活が終わった後、適当に椅子に腰を掛けてシャワーで流した桜井の髪を伊武がとかしてやっていた。
 静寂で穏やかな時間がゆっくりと流れている。付き合いはあっても髪を弄らせたのは今日が初めてだった。伊武の手つきは意外に優しい。けれども口に出せばぼやかれるので、桜井は心の内に留めておいた。
「伊武、ありがとな。後は俺がセットするから」
 後ろへ手を回し、伊武の手に触れる。
「俺がしちゃ駄目?」
「駄目だな」
「そう」
 伊武は返事をするものの、再びとかし始めた。
「じゃあもう少しこうさせて」
「ん……うん」
 続けさせるか、やめさせるか、曖昧に唸る。


 そんな中、扉が開き、シャワーを浴びた神尾が部屋へ戻って来た。
「あれ?他の奴らは?」
「帰ったよ」
「橘さんも?」
「ここには戻って来てないよ」
「ふうん」
 神尾はタオルで濡れた髪を挟むように水分を吸収させながら、伊武と桜井の様子を眺める。
 離れていてよく聞こえないが、桜井が何かを言って伊武が笑ったように見えた。
「桜井、今なんて言った?」
「え?」
「深司がウケていたみたいだったからさ」
「そうか?なんて事はないけど」
 面白いような事を言った覚えは無く、桜井は肩を竦めさせた。







内村&桜井

 眩しい太陽が真上に輝いている。休日練習には持って来いの天気ではあるが、何を差し置いても暑い事この上ない。
「暑いな……」
 桜井は頭に触れようとするがやめて手を下ろす。
「帽子良いよな……」
 内村の帽子をなんとなく見やる。
 視線に気付いたのか、内村も桜井の方を見てきた。
「なんだよ」
「いや、こんな季節に帽子は良いなってさ」
「フードがあるだろうが」
 ウェアのフードを指で摘まみ上げる。
「被ると崩れるだろ」
 桜井はセットした髪が崩れるので帽子もフードも避けたかった。
「髪ねえ……。どいつもこいつも、帽子は良いぜ」
 これみよがしに帽子を取って扇いで顔に風を送る内村。彼の他に石田はバンダナで猛暑対策はしているものの、簡単に見回すと桜井以外にも神尾や伊武など厄介な髪型の連中がいる。桜井ほどではないものの、森も被り物は避けそうな気がした。その中でさっぱりとした髪型の橘はさすがだと内村は思う。髪も染めて反射する髪は黄金そのものだった。
 不動峰には二つの太陽がある。そう考えたらこの暑さは仕方が無いがした。








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