暑い夏の日。今日は特別暑かった。
悪戯
橘が部室周りに水を撒こうと言い出した。立候補したのは神尾で、彼は嬉々としてホースを蛇口に取り付けて水を撒きだす。
「涼しげで良いな〜」
「うんうん」
石田と内村はキラキラと輝く水を眺め、のんびりと言う。
「そうだろそうだろ」
神尾は上機嫌で撒く範囲を広げた。
「あ!」
「えっ?」
声のするままに振り返った時には既に遅かった。
桜井がズボンと神尾を交互に見つめている。神尾はまだ現状を把握しきれずに、ぽかんと口を開けている。
「神尾、何やってんだよ!」
石田が後ろから叫んでいる。内村が蛇口を閉めてくれて水は止まった。
「つめてぇ〜!」
桜井も呆然としていたのか、やっと心情を口にする。
彼の下肢は神尾の撒いた水でびっしょり濡れていた。白いハーフパンツは水を吸って肌に張り付き、薄っすら透けている。下着の柄が見えそうで、そんな気は無いのについ凝視してしまいそうになる。
暑くても直接水を浴びれば寒くなり、桜井のくしゃみで神尾はやっと己のしでかした事を理解した。
「悪ぃ、いやすまん。ごめん」
普段、詫びの軽い神尾もこればかりは罪悪感を強く抱き、何度も言い直す。
「仕方無いさ。拭いてくる」
「俺も手伝うよ」
部室へ戻る桜井の後を追う神尾。当然、ホースは放りっぱなしである。
謝るまでは良かったのに。石田と内村が顔を見合わせる中、森がホースを拾い、片付けていた。
部室に入った桜井は、自分の鞄から大きめのタオルを出して足を拭う。
神尾はというと、拭う様子をじっと凝視している。
「俺は大丈夫だって」
「でもさ、ほら拭かせてくれよ」
タオルを奪い、膝を突いて神尾は桜井の足を拭いだす。
「良いって」
神尾自身、そう献身的な意思は無かったが嫌がる桜井の反応が面白く、拭うのがやめられない。
自分がしでかした事なのに調子に乗ってしまう。
「桜井って足綺麗なんだな」
「なに言ってんだよ」
桜井の頬に赤みがさす。薄暗い部屋の中でも良くわかった。
照れているんだ。悪戯心が神尾をくすぐる。
対して桜井は、立ち尽くして神尾を見下ろすのは気分が良くない。ひょっとしたら面白半分でからかっているのでは無いかという思いも過るのだが、神尾の持つ天然の押しの強さになかなか言い出せないでいた。
「もう良いから」
足は十分乾いている。神尾をやんわりと離そうとするが、彼の手は桜井の足をしっかりと掴んで動かない。
「まだだろ。ほら」
もう片方の手がハーフパンツに触れた。しっとりと濡れて冷たい。
「からかってるんだろ」
「なんで?」
図星を返してとぼけた。
「脱がないと冷やすよ」
少しだけ引っ張ってみせる。なのに大げさに桜井はハーフパンツを押さえた。
普段、部室で着替えれば下着姿は頻繁に良く見る。
けれども二人きりで見られるのとでは全く違う。
同じ場所、同じ人、状況が異なれば別の面を見せる。
冗談でした。
それで済まされるのはここまでだった。
桜井をそこまで困らせるつもりも、趣味も無い。
だが神尾は言わなかった。
ただの悪乗りか。それとも引き下がれない自尊心か。神尾自身にもわからなかった。
「仕方ねえな。俺が脱がしてやるよ」
「いい加減にしろよ」
さすがに桜井も怒りを露にする。遅すぎるとも言うべきか。
「俺が濡らしたんだ。責任は取るものだろ」
「そんなつもりないくせに」
「酷ぇ。俺、そんないい加減な奴に見えるのかよ」
手の平に汗が滲むのを感じる。他愛も無い悪戯のはずなのに。
桜井のハーフパンツを掴んでずり下ろし、何気ない動作で汗を吸い取らせる。
「やりやがったな」
怒りを通り越したのか、落ち着いた声で桜井は言う。
脱がして下着見て、神尾は驚いた。
「なに、トランクスなの」
思った事をそのまま口にする。
動き回るテニスでトランクスは下手をすると中身が見えてしまう弱点があった。
「おい、見えるぞ」
「今日はランニングだけだから良いんだよ」
「でもさ……」
言葉が途切れた。
水は下着まで浸食しており、トランクスの半分が張り付いている。
張り付きが桜井の自身の形がわかりそうで、そんな気は無いのに視線が向いてしまう。
「早く脱がないからだぞ」
神尾は桜井の太股をタオルで拭う。先程とは丁寧な手つきで、またもや桜井から言葉を奪う。
「もうさ、良いだろ」
下ろされたハーフパンツを上げる桜井。
「その、ありがとな」
いちおう礼は言う。
「何言ってんだよ、良くないだろ」
神尾がまた下げた。
桜井の頭いっぱいに“前言撤回”の文字が刻まれる。
「濡れたもんまた履いてバッカじゃねーの!」
神尾は立ち上がり、自分のハーフパンツを一気に下ろして脱いだ。
「乾くまで俺のを貸してやる」
そう言って差し出された。
「………………………………」
神尾の下着と彼のハーフパンツを交互に見てから受け取った。
「神尾はどうすんだよ」
「はぁ?俺はジャージがあるんだよ」
大股で自分のロッカーへ行き、ジャージのズボンを取り出して履く。
なんで逆ギレしてんだよ……。
またキレられそうなので心の内に仕舞っておいた。
神尾のハーフパンツは同じもののはずなのに、感触が彼らしいような気がした。
匂いもきっと神尾のものなのだろう。嗅ぐつもりは一切無いが。
神尾と桜井が部室を出ると、外にいた他のメンバーが二人に注目する。
「遅いお帰りで」
「まあな」
「何か楽しい事でもしてたのか」
内村の茶々に、桜井は無言で歩調を速めてコートの方へ行ってしまった。
「したの?」
森の視線が神尾に刺さる。
「俺は少なくとも楽しかったぜ」
通り過ぎる神尾の背を六つの瞳はしばらく離せないでいた。
桜井はセクハラ系が良いと思ってる。
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