全国大会終了。
お天道様は待っていたかのように、二日後に雨を降らせてきた。
寄り道
「今日も、雨だ」
不動峰中の昇降口前。伊武がぽつりと呟く。
かれこれ雨は三日続いていた。雨続きだとニュースでも話題になっていた。
「桜井」
伊武の瞳が、きょろりと隣の桜井を捉える。
「練習も中止で、神尾はクラスの用事。俺、一人なんだ」
一緒に帰ろうよ。
事情だけを先に語り、伊武の瞳はもの言いたげに語ってきた。
「神尾もか。石田もなんだよ」
普段、伊武は神尾と、桜井は石田と帰っている。桜井も伊武と同様、今日の帰りは一人だった。
「じゃ、帰るか」
「うん」
傘をさし、二人は並んで歩き出す。
空を雲が覆い、大地は光を遮断させて薄暗い。夏の暑さの残る気候は湿気を持ち、しっとりと肌と髪に水気を持たせた。二人は相手との間を保つ一定の距離に、不思議な熱を感じる。夏の暑さとは異なる、意識が胸の奥底から湧き上がり、肌の表面で感じている。緊張に感覚は似ているものの、期待に疼いている。
――――それは、特別な感情だった。
伊武と桜井は友情とは異なった慕う気持ちを互いに抱かせている。
誰にも知らせず、二人きりで密やかに育ててきた。
けれども後ろめたく、悟られないように帰りは別々に行動をしていた。なのに、今日は共に帰る事を選んだ。大会が終わり、天気の悪さの誤魔化しを信じてか、気が緩んでいた。
「なんだか、久しぶりだね」
傘の影から伊武の口元が綻び、語りかけてくる。
「本当だな」
桜井の口元も微笑んだ。
こうして二人で道を歩くのは、今までの日常が慌しかったせいかとても久しぶりのように思う。
「ね、手を繋ごうか」
「駄目だって」
「言うと思った」
誘いにすぐさま反応する桜井に、伊武は喉で笑う。
「でもさ、桜井は本当に嫌な時は黙り込むよね。本当は、ちょっとくらい良いって思ってるんでしょ。俺もちょっとくらいならって思ったから聞いてみた」
二人の共にいた日々が、反応から心を見透かす。
「このまま帰るの、つまんないよ。どっか寄ろうよ」
「ん?どこ寄る?」
「カラオケ、とか」
「えっ、カラオケ?」
つい桜井は傘を傾け、伊武を凝視した。
「嫌?」
「意外、なだけ」
「結構、神尾と行くよ。あいつマイク独占だけど」
「そっか。俺は構わないよ、行こう」
帰路を向かう足は駅前へと方向を変えた。
カラオケに入り、受付を済ませるとドリンクバーで桜井が問う。
「伊武はなに飲む?」
「ウーロン茶でいいよ」
「じゃ、俺もそれにしようっと」
「なんで?」
「なんとなく」
桜井は二つのコップにそれぞれ同じウーロン茶を注いだ。
部屋に入り、まずは鞄を置いて桜井が座ると、伊武は向かい側に座った。
「俺、こっちでいい?」
「なんで聞くんだ」
「桜井と来るの、初めてだし」
個室特有の狭まれた雰囲気に、胸もぎゅっと縮まる感じがする。
「お腹空いたろ、なにか食べよう」
適当なものを頼み、食べ物も届くが、一向に二人は歌おうとしない。
「伊武、なにか歌えば」
「俺は聴き役。桜井が歌いなよ」
「俺あんまり歌に詳しくなくて……」
「じゃあなんで来たの」
「伊武が誘ったからだろ」
「俺はただ、桜井といたかっただけだし」
言葉を交わす中、伊武が率直な気持ちを述べる。
「そう言えばいいのに」
桜井は口を手で覆って笑い、席を立って伊武の隣に座った。
すると伊武は目を丸くさせて肩を上下させる。テーブルの下で桜井が手を握ってきたのだ。
「手、繋ごうって、言った」
空いた手でウーロン茶を飲み、飲み込みながら言う。
「でもさあ、桜井」
伊武が握り返し、桜井の仕草を真似てウーロン茶で喉を潤す。
「あれは外での話」
伊武の瞳が素早く辺りを見回し、半分透けた扉の先へ向いた。
「この中だったら、手だけじゃ物足りないよ」
「じゃあ、どうするんだ」
桜井も扉の先を見据える。
「なにすんの?」
握られた手の中。桜井の指一本、伊武の指に擦り付けてきた。
意思を探るように、刺激させて表に出るように、くすぐってくる。
「エロい事、考えてるだろ」
桜井は足も伊武の足へあててきた。
「そりゃあ、ね。桜井こそリクエストあったら言ってよ。こういうのって、二人がしたい事するもんだろ」
「…………………………………」
「…………………………………」
黙りこむ二人。握られた手に汗が滲み、熱くなってくる。
沈黙を破ったのは桜井であった。
「たまには、さ」
「うん」
「こういうのでいいと思う」
身体を傾け、伊武の肩に重心をかけてくる。
「言いたくないだけでしょ」
伊武は返すが、呟くように付け足す。
「お互い様か」
廊下から流れる流行の音楽を聴きながら、二人はべったりとくっついていた。
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