お天気雨
ある真夏の昼、青空から突然降り注ぐ水。お天気雨が降ってきた。濡れるのを感じたと思えば、いっせいに降ってくる。
桜井は鞄を頭の上に乗せて、小走りで道を駆け、適当な店の前で雨宿りをする。
色を変えていくアスファルトを眺め、ふと横を見ると思わず声を上げた。
「あ」
僅かな呟きに気がついたのか、桜井の隣で雨宿りをしていた人物が彼の方を向く。
「あ」
同じように呟いた。
「柳生さん」
桜井は名を呼ぶ。
「桜井くん」
柳生も名を呼んだ。
「「奇遇ですね」」
声が揃ってしまう。次に、2人同じようにして喉で笑った。
「君とは、いつも偶然ばかりだ」
前髪を避けながら言う柳生の口元は綻んでいる。嬉しさを隠し切れない。
「なぜなんでしょう」
「わかりません」
小さく首を横に振った。こういう事は、わからないままの方が良いのかもしれない。
「偶然ついでに、お時間あれば中に入りませんか」
チラリと後ろを見た。雨宿りをした店は喫茶店であった。
「おごりますよ」
「お言葉に甘えちゃいますよ?」
桜井も後ろを少し見て、柳生の眼鏡の奥を覗き込もうとする。
「かまいません」
クスクスと笑って、柳生と桜井は店の中へ入って行った。
席に座り、桜井の前で揺れるのはコーヒーの湯気。柳生はアイスティーにミルクを入れながら、珍しそうに眺めた。
「ホットで宜しかったんですか?」
「ええ。今日、涼しいじゃないですか」
コーヒーに砂糖を入れて掻き混ぜ、桜井は淡々と答える。
「柳生さん、どうしてここへ」
「はい?」
「ここ、東京ですよ」
スプーンを置いて、テーブルの前で手を組んだ。
「図書館の帰りです。桜井くんは?」
「俺も図書館です。同じ所だったかもしれませんね」
「その割には、会いませんでしたね」
「ここで会えたから、良いじゃないですか」
「……………………………」
柳生はハッとして、言葉を失った。
遠くて、あまりに遠くて、どうしようも出来なかった桜井との距離。そんな彼と、こうして名を呼んで、言葉を交わし、向かい合って笑う。今でも信じられない。夢かと疑ってしまうくらいだった。なんとなく手は頬へ伸び、引っ張ってしまう。
「何やってるんですか?」
「いえ、別に」
慌てて手を離す。
「雨、止みませんね」
桜井は窓を眺めて、ぽつりと言う。
「お天気雨って変な感じがします。明るいのに降っていて、濡れると気持ち悪いというか…。不思議です」
視線を柳生に戻し、まじまじと見つめた。
「あなたも、お天気雨みたいだ」
「私、気持ち悪いですか?」
思わず自分を指差してしまう。
「いえ、そういう事じゃなくて」
笑いを堪えて、手を横に振った。
「あなたは、いつも突然だから」
「そうですね、私たちはいつも突然でしたね」
「変な感じはするけれど、嫌ではないです。不思議です」
顔を合わせる2人の口元は、おかしそうに曲がっている。雨音がどこか遠くなり、お互いの顔しか見えなくなってしまう。恋を、していた。
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