ボロ負けだった。
出会い
関東大会、不動峰は立海に手も足も出ず、負けてしまった。部長の橘も負傷してしまい、試合後のメンバーを包む空気は重々しい。悔しさと悲しさと絶望。桜井は頭を冷やしに、一旦この場を離れる。
会場の中を、早歩きで突っ切った。人で溢れて進み辛いが、気にせず歩いていく。水場に行こうと思っていたが、心の奥底ではどうでもよかった。とにかく、歩いてこの気持ちを吹き飛ばしたかった。
「…………………」
自販機が目に入り、歩みを緩める。缶も悪くは無い。考えながら進んでいたので、周りに気が付かなかったのか、自販機の前で何かに躓き、よろけてしまう。
躓いたものの正体を確かめようと、後ろを振り返る。見慣れないウェアを来た生徒と目が合った。相手は自分がどこの生徒か知っているようで。
「不動峰か」
そう、呟いた。
何気ない一言。だが、虫の居所が悪いのか、さっき負けた奴らだと笑われたような気分がした。
つい、睨み返してしまう。
「なんだよ」
相手は困惑して、こちらが敵意を向いているのを察すると顔をしかめてきた。ピリピリと、一触即発の状態。不穏な空気に気が付いた周りの人間は、離れるか見物するかのどちらかだ。
その時、2人の視線の間を、一本の腕が横切る。静かに伸びてきて、自販機に小銭を入れ、目当てのボタンを押す。落ちてくる缶の重い音に、桜井は今自分が何をしようとしてたのかを知る。暴力沙汰を起こしてしまう所だった。相手は調子を崩されたのか、踵を返して人の群れの中へと消えていく。謝るタイミングは無く、悪い事をしてしまったと後悔した。
横切った人物は、背を屈め、缶を取る。上着に引かれた黒いラインが目に入り、桜井は目を丸くした。立海の生徒だ。彼は顔を上げて、桜井の方を見る。
「何か?」
顔を見てさらに桜井は驚く。振り返った人物は、先ほど試合をした柳生だった。
「どこかで、会いましたか?」
しゃあしゃあと、何食わぬ顔で缶を開ける。
「さっき、試合しただろう」
「ああ、そうでしたね。申し訳ありません、倒した相手の顔はすぐに忘れてしまうもので」
「………っ…」
絶句。そのすぐ後に、胸の奥からマグマのように怒りが込み上げてくる。
「てめえっ」
「そうです。そういうのは私に向けるものでしょう」
くすりと、柳生が笑ったように見えた。怒りの矛先を向けられるのに、慣れているような口調。自ら、買っているようだった。その態度が余計に気に入らない。
「負けて悔しいですか」
「決まってる」
「だったら、強くおなりなさい」
「…くっ」
完全に言い負かされる。試合でも、口でも勝てない。咎められたのも、素直に認める事は出来ない。悔しくて、悔しくて、堪らない。
桜井は舌打ちをして、不動峰の仲間達のいる所へと戻っていった。
柳生は何事も無かったように、缶の中身を飲んだ。
すると、背中に圧し掛かるような重み。振り返るまでもない。誰の仕業かはわかっている。
「つまらんのう」
独特の喋り方。仁王であった。自分の背中を押し付けて、話しかけてくる。
「あのまま放って置けば、面白いものが見れたのに。余計な事しよって」
「私に格闘技の趣味はありませんよ」
「男じゃったら、血を躍らせてみたいと、思わん?」
「思いませんね」
きっぱりと言い放つ。
「なんじゃ………随分と優しい事してくれるの」
「私はただ、喉が渇いただけですよ」
「俺は何も言っておらん」
背中が震え、仁王が喉で笑っているのがわかる。
「全く、君は」
柳生の口元は、綻んでいた。
たまにはこんなヤギュサク。
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