同じ学校、同じ学年、同じ部活。
仲間ではあるけれど、友達という程の付き合いはない。
遠くはないけれど、近付けはしない。
一定の距離にいて、その他大勢から、眺めるだけの想い。
奇跡
海原祭で、中学テニス部はやきそばの模擬店を出す事に決まった。
準備で部活も休みになり、慌ただしくなったある日。仁王は柳に家庭科室へ誘われた。
なんでも、やきそばの味見をして欲しいのだと言う。
家庭科室へ入ると、他の生徒達の姿もあり、彼らは空いている1つのテーブルに荷物を置いた。
ここへ来るまで、一言の会話も交わしていない。
柳は食材を取り出して、蛇口を捻って手を洗い出す。
水の音に紛れるように、仁王が話しかける。
「参謀、どうして俺を味見役にしたんだっちゃ…」
独特の喋りも、どことなく頼り無い。
水を止め、手を拭きながら柳は顔を上げた。
「仁王なら、正直な反応をしてくれると思ったからな」
「俺は詐欺師。嘘吐きじゃ」
「100%の嘘は無い。嘘のどこかには、必ず真実が混ざっている。真実が含まれていれば含まれているほど、信憑性を増すはずだ。嘘が上手いなら、正確な判断も出来るだろう」
「さすが」
息を吐いて、仁王の口元は笑みを作る。
「じゃ、出来るのを待っていようかの」
椅子を引いて、腰掛けた。
評価は嬉しかったが、買い被り過ぎだと、仁王は内心思う。けれど、それは言えなかった。例え軽い口調に付け足す程度でも、言う事は出来なかった。もしも言ってしまったら、他の人間にこの役目が回るのかもしれない。そう思うと、言う事は出来なかった。この奇跡のような時を、誰にも奪われたくは無かったのだ。
柳に褒められる程では無いが、騙すのは上手いと自負している。この秘めた想いも、心の揺れも、誰にも悟られず、今の今まで来たからだ。いっそ、下手だったらよかったのか。そうすれば、今の今まで続く悲しみと不安から、解き放たれたのかもしれない。完璧な偽りで塗り固める一方で、見破って欲しい、気付いて欲しいという、助けを求めていた。
水の流れる音、包丁の音、焼く音。柳は黙々とやきそばを作る。ソースの良い匂いが香ってきて、仁王はクンクンと鼻をひくつかせる。
「良い匂いじゃ〜。参謀は料理も上手なんじゃのう。テニスも強い、勉強も出来る、それに料理も上手いとは、参謀は本当に凄いのう」
柳は凄い。本当に気持ちであった。仁王は、心の底から柳を慕い、尊敬していた。
「買い被りすぎだ」
返ってきたのは、不機嫌そうな呟き。仁王はハッとして、何を不快にさせたのか素早く思い返そうとする。
「俺は凄くなんかない。そんな言い方はやめてくれ」
「すまん。けどな、参謀…」
「お前の言葉は遠く感じる。話していると、ときどき悲しくなる」
閉じられている瞼を、柳は開けた。
「俺とお前は友ではないのか?少なくとも、俺はそう思っている」
「俺だって…」
言葉が続かない。親しくなりたい、近付きたい、そう思ってきたはずなのに。絆を信じようとしなかったのは、他でもない、自分自身であった。
「俺の方こそすまなかった。高校も一緒だろう。もっと話をしよう」
「お、おう」
裏返りそうになる声を抑えて、仁王は頷く。彼の元へ、やきそばの装われた皿を置いた。
「出来上がりだ。食べてみてくれ」
柳も自分の分を取って、仁王の隣に腰をかける。
やきそばは一見美味しそうに見えたが、箸でほぐそうとすると固まったまま、麺ごと動いてしまう。麺に押されて皿の外へ落ちそうになった野菜を取って、口に入れる。野菜ならではの水気が失われており、紙を食べているような気分であった。
「不味いな」
「そうじゃな…………。いや!これは、その」
柳の呟きに、仁王は思わず同意してしまい、慌てて訂正しようとする。
「不味いだろう」
「もう少しって所かのう。これは……そう、惜しいんじゃ」
手を合わせ、柳を指差した。
「言い訳ではないが、やきそばはあまり食べた事が無いんだ。嫌いでは無いが、他の物の方に目が行く。そうだな…貞治と祭へ行った時に、食べたのが最後だったはず」
柳はつま先で床を突き出す。彼にしては、落ち着きのないように見えた。
「へえ…」
「こんな話をしたら、丸井辺りには笑われるのだろうな」
「俺は、笑わんよ」
自然と口から出た仁王の言葉。柳はきょとんとした後に、柔らく微笑んだ。
「海原祭には美味い物を出したい。リベンジに付き合ってくれるか?」
「俺で良いのか?」
「またそういう事を。仁王が良いんだ」
告白にも似た言葉。仁王の頬に赤みが差す。ぎこちない笑みを浮かべて“任せてくれ”と、返事をした。少しだけ、近付けた気がした。だが、もう距離を考えるのはやめにしようと、彼は心に誓う。
柳は親しい人物には名前呼びな所から、友情にアツい奴だと思っております。
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