詐欺師と呼ばれる仁王から贈られるプレゼントには、ある異名があった。
 その名は――――



びっくり箱



 何が出てくるかわからない。
 緊張と底の見えぬ恐怖から“びっくり箱”と呼ばれるようになった。
 きっかけは去年の切原の誕生日。当人はもちろん、全員を驚かせるペテンをかけたからだ。
 噂は広がり、尾ひれが付き、とんだ物騒なものに思われるようになった。


 今年初めの春にある、丸井へのプレゼントは爆弾処理のように扱われた。
 開けてみての中身はごく普通のもので、拍子抜けだと言われる。
 勝手に警戒したのは誰だ。喉まで出かけた言葉を、仁王は飲み込む。
 これは日頃の行いの報い。後悔するか、誇りにするかと己に問いかければ、開き直れと心は答える。


 次にあった真田の誕生日。
 彼は表情を崩さず、冷静に開けてくれたが、眉間にはしわが終始寄っていた。
 内心可笑しくて、仁王も企んだような顔をずっとしてやった。
 六月に入ればすぐに柳の誕生日が待っている。
 ――――参謀、お前も疑うのか。ふと過ぎった想いに、少しだけ胸が痛む。
 皆から、嘘吐き呼ばわりをされても構わない。
 そう呼ばれても仕方の無い事をしてきたし、それが自分という人間だと思ってきた。
 だが、いざ真実で在りたい事態に遭遇した時、業を受けるのが人の常。
 おとぎ話だか、昔話だかで、数々の教訓としてずっと伝わってきたもの。


 何もしていないのに、柳に疑われる事。
 想像しただけで、とても嫌なものに感じた。
 笑って流せそうにない。
 きっと、深く傷付くのだろうと予想できる。




 そして柳の誕生日当日。休み時間に頃合を見て、廊下を歩く柳を呼び止めた。
「よお、参謀」
「ああ」
 柳は立ち止まり、振り返った。
「少しだけ、時間良いかの」
「構わない」
 ほれ、と仁王は包みを手渡す。
「誕生日じゃろ。おめでとう、参謀」
「有難う。開けても良いか」
「おう」
 口元を僅かに綻ばせ、テープに爪を立てようとする柳。
「参謀」
「なんだ」
「それ、ペテンが仕掛けられているかもしれんぞ」
 疑いの色を見せられる前に、先に手を打ってしまう。
 こうした方が、もしもの時に傷が和らぎそうだった。臆病で、逃げに走っているとわかっていてもだ。
「そうなのか」
 心なしか、口調が明るくなったような気がした。期待しすぎだと静めようとしても、耳が捉えた声は頭の中で都合の良い様に反芻される。
「参謀は恐れんのか」
「恐れるも何も、お前になら騙されても良いと思っている」
 包みに視線を落として柳は言う。剥がれたテープは音を立て、同時に仁王の胸がどきりと高鳴った。


「恐ろしい」
 仁王は呟き、顔を上げる柳。
「嘘は、正直にはかなわん。嘘は形を変える事は出来るが、正直は正直でしかない」
 正直にかける度胸は嘘以上。勇気のいる事であった。
 今、真実が言えないからこそ、仁王は思う。
「柳」
 あだ名ではない、彼の名を呼ぶ。
「……………………」
 けれども、その先が出てこない。
「仁王」
 沈黙する中、柳が口を開く。
「俺もお前が恐ろしいさ」
「ん?」
「お前は、見えないからな」
「見えたらきっと、俺は軽蔑されるっちゃ」
 この秘めた想いを知られる訳にはいかない。
「なぜ。そんな事はしない」
 柳は眉を潜めた。
「参謀は、優しいの」
 くすりと、仁王は笑った。
 その笑みはどこか呆れられたような、悲しいような、寂しいような。様々なものが混じり合った色に見える。笑みなのに、笑みには見えない。だけど、温かなものはある、不思議な表情。
 やはり、仁王は見えない。


 閉じられた目を開くと、チャイムが鳴った。







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