立海大付属校の合同文化祭・海原祭を前日に控え、生徒達は慌ただしく動き回っていた。
前日
適当な空き部屋で、男子テニス部の出し物の準備の打ち合わせをする為、真田は教室に入る。
「さて明日の…………」
教壇に立って前を向けば、誰もいない。よくよく目を凝らせば、後ろの方で椅子を二つ使って姿勢を崩す丸井がいた。
「丸井。奴らはどうした」
「真田か。待ちくたびれたー」
丸井は大きく欠伸をして座り直す。
「皆、文化部の手伝いで出払ってる。俺たちは運動部だし、そう準備はかからないしなー」
この時期、よくある話であった。テニス部は強い事で有名であるが故に力、体力ともに揃った人材がいるに違いないと、借り出されるのだ。
「一言俺に言ってから行けば良いものを!けしからんっ」
バン!教壇に手を置く真田。
「俺に言うなよ。俺は見返りに奢らされそうって避けられてるんだぜ。ひでえだろぃ?」
「全く、幸村も蓮二もおらんのか」
「真田くん……」
「あーあー、聞こえてますかー」
「これでは…………ん?」
真田はやっと、隣で声をかける女生徒二人に気付く。
彼の怒気に怯えながら、彼女たちは互いの肩を突いて言う。
「ねえ、ウチの準備手伝ってくれないかな」
「この通り、お願い!男手が少なくて困ってるんだ」
手を合わせてお願いした。
「そうか。行こう」
あっさりと受け入れる真田。女生徒は顔を見合わせて喜ぶ。
「手伝いが終わり次第戻ってくる。丸井、留守番は頼んだ」
「うわ、ずりい!」
立ち上がって引き止めようとする丸井だが間に合わない。
「畜生ーっ、俺も行ってやるっ」
黒板に一言書いて、丸井も他を手伝いに行った。
女生徒はクッキング部であった。連れて来られた教室は飾り付けをされている真っ只中であり、入り口近くでは生徒が行ったり来たりと出入りが激しい。
「おっ、お前さんも来たのか」
椅子に立ち、上の方に造花を付けていた仁王が振り返る。
「仁王、いたのか」
「幸村はそこにおるよ」
窓の外を指差し、真田が窓際を見下ろすと幸村が園芸部らしい生徒と準備しているのが見えた。
ガーデニングを趣味とする幸村は遠くからでも生き生きしている様がわかる。もしも彼がテニスをしていなかったら、園芸部に入っていた事だろう。
「柳生は図書部…………赤也はクラスの方で何かあるとか言っていたの」
斜め上を向いて考える振りをしながら、仁王は器用に造花を鮮やかに花開かせる。
「俺も花を飾れば良いのか」
「ううん、真田くんはこれ運んで欲しい」
花を一つ持って確認する真田に、女生徒は残酷にも台の運搬を頼んだ。
いかにもな力仕事と、仁王の仕事を見比べ、真田は一人眉間にしわを寄せる。
「わかった」
「ごめんねー、明日テニス部におすそ分けするから」
「かたじけない」
そうして誘導されていく真田を眺め、仁王はダンボールから造花を取ろうと手を突っ込んだ。
「うっ」
指先に走る鋭い痛み、慌てて手を引っ込める。
椅子から降りて中を慎重に漁ると、開かれたハサミが出てきた。
「危ないダニ。気を付けろっちゃ」
「仁王、大丈夫か」
傍にいた男子生徒が心配する。
「擦り傷だけだ。絆創膏取りに保健室行って来るぜよ」
「あ、ああ」
生徒にハサミを手渡し、仁王は教室を出て保健室へ向かった。
「染みるのう」
傷口に滲んだ血を唇で吸い、廊下を歩く。
保健室のドアを開けると先客がいた。
椅子に座った柳が女生徒の足首に包帯を巻いている。
「どうだ」
「はい。有難うございます」
女生徒は治療された足のつま先を立ててみて、柳に礼を言う。
「柳は保険の先生代理か」
「仁王、どうした」
仁王の横を治療された女生徒と付き添いの生徒が通って出て行く。
「良いのー、オフィシャルな名目で女の足に触れて」
「そういう言い方はやめないか」
柳は顔をしかめた。
「それで、どうしてここへ」
「ただの怪我じゃ」
「おい!」
怪我した手を上げると、柳が声を荒げる。
傷口から流れた血は上着の裾を汚し、ズボンに流れていた。
「おっと。太い血管でも切ってしまったかの」
「早く消毒しろ。来い!」
仁王の手首を掴み、柳は保健室を出て水道の方へ向かう。
柳の行動に、連れられる仁王は呆気に取られていた。
蛇口を捻って出てきた水に、仁王の指を持って行く。染みるが、ここは無言が得策だと睨んだ。
「何をして切った」
「たまたまあったハサミで切っただけナリ」
「そうか。ばい菌などは入り辛いな。戻るぞ」
ハンカチを取り出し、包むように仁王の指の水気を拭う。
保健室に戻っても、腕は拘束されたままであった。
「念の為に赤チンを塗る」
「自分で出来るぜよ……」
「いや、放置がオチだ」
放置していないから来たというのに、柳は否定する。
患部に赤チンキを塗り、丁寧に絆創膏まで付けてくれた。
「感謝するぜよ、参謀」
あまりにも優しい対応に、照れが入ったか口ごもりながら仁王は礼を言う。
「利き手の指だ。大事にしろ」
「お、おう」
「なんだ……どうしたんだ」
「少し、照れたぜよ」
頬を掻き、へらりと笑った。
「なんだそれは」
言われて柳も照れてしまい、仁王と同じように頬を掻く。
向き合う二人は雰囲気的に動けないでいた。
バン!勢い良くドアが開かれる。
「どこだどこだって…………あれ?」
入って来たのは切原であった。
「先輩たち、どうしたんスか」
「いや」
「別に」
きょとんとする彼の方を見て柳と仁王は言う。
「赤也、慌ててどうした」
「何か冷やす物、ないスかね。頭打っちゃった奴がいて」
柳はつかつかと冷蔵庫の前に立って呟いた。
「明日が明日だ。浮かれて集中力が散漫している者が多いようだな」
開けて氷嚢を取り出し、切原に渡す。
「どうもっス!ではっ」
彼は大きな音を立ててドアを閉め、去ってしまう。まるで嵐だ。
「忙しいな」
「仕方ないじゃろ。祭じゃし」
「だな」
息を吐き、柳は苦い笑いを浮かべた。だが戻ろうとすると、足をもつらせてよろけてしまう。
「っと。柳も気を付けんと」
反射的に仁王が受け止めてくれる。
「俺も浮かれていたようだな」
顔を上げると近い位置に仁王の顔があった。目が合うと、眼を開いて細める柳。
射抜かれた――――仁王は実感する。
温く甘く。
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