明るかった世界は突然、闇に堕ちる。
 まるでブレーカーの如く、がくんと。


 幸村精市は何の前触れも無く、病に倒れた。



お前が届かない



 意識を取り戻した時には病院のベッドで眠っていた。
 一度目に目覚めれば家族が、二度目は看護師が、三度目になって部活の仲間が来てくれた。
「幸村」
 真田が細い声で幸村の名を呼ぶ。その後ろの方では柳が見える。
「もっと、ちゃんと呼んでくれよ。俺がそんな声で呼ぶと気合が足りんって言うくせに」
 冗談交じりに言ってやりたいのに、上手いように笑えない。身体の節々の筋肉に違和感を覚えていた。
「すまん。幸村。…………これで良いか」
 呼び直す真田に幸村は満足そうに頷く。柳が前の方に出て、ベッド横の棚に包みを置いた。
「精市、良かったら食べてくれ。お前の姿が見られて良かったよ」
「うん、俺もだよ」
 口の端を上げて笑顔を作れば柳も微笑み、彼は病室を後にする。部屋の中が幸村と真田の二人きりになった。柳が気を遣ってくれたのだ。なぜなら――――


「真田」
 幸村の瞳がきょろりと真田を見上げる。
「どうして俺に話しかけているんだ。俺と口を利かないんじゃなかったのか」
 幸村が倒れる前、二人は喧嘩をしていた。原因はすぐには思い出せない些細なものであったが、お互い意地を張って譲ろうとはしない。とうとう真田の怒りが頂点に達し、幸村とは喋らないと言い出してきたのだ。
「そんな事はどうでも良いだろう」
 半眼になり、首を振るう真田。その瞳には必死で堪えようとする悲しみが秘められていた。
「情けない顔するな。それともどこか、痛むのか」
「どうともしない」
「それなら良いけれど。あのさ、どうでも良いなんて事はない」


 俺はまた、真田と喧嘩がしたい。


 掠れた声で、呟くように放つ。
「変わった奴だな。仲が良い事に越したものは無いだろう」
 風変わりな意見に苦味は混ざるものの、真田に笑みが戻る。
「俺、どうしちゃったんだろうね」
 喉で幸村も笑う。
 話そうと思った理由は言えなくなってしまった。


 真田のような奴は立って向き合える人間で無ければ喧嘩を仕掛けてこない。
 どれだけ神経を逆撫でする暴言を吐いても、真田は反論してこないだろう。
 死んだ訳でもあるまいし、こうして会話が出来るはずなのに、応えてくれないかもしれないという不安はなんて恐ろしいのだろう。
 地獄はまだ、始まったばかりだというのに。


 不意に幸村は腕を擦りだす。身体を、心を、蝕んでいく得体の知れない何かから己を守るように、自分で自分を抱き締めた。







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