学食で教科書片手に1人昼食を取る柳生に、一通のメールが届く。簡単に目を通し、遠くの席に視線を移すと、仁王がヒラヒラと手を振っている。
「全く、君は……………」
携帯をテーブルの下にまわし、メールを閉じた。
仁王からのメールには
“恋したってホント?”
と一言、書いてあった。
君の後ろ
わざとらしく身を屈めて、こそこそと近付き、柳生の近くにある空いた席に腰掛け、それを引いて隣にピッタリとくっ付く。
「専らレギュラーの間で流行ってる噂」
ニヤニヤと横顔を覗き込む。
「レギュラー……」
メガネのフレームを指で押し上げ、頭の中にレギュラー陣の顔を思い浮かべた。
「どうも2年生…………」
仁王は側にあった柳生のペンケースからシャーペンを取り出し、同じく柳生のノートの空いた場所に落書きをし始める。
柳をデフォルメさせた似顔絵を描き、
“年下趣味?”とセリフを付け足す。
「どうも他校生…………」
切原をデフォルメさせた似顔絵を描き、
“俺がいるのにー!”とセリフを付け足す。
「男…………と」
自分をデフォルメさせた似顔絵を描き、
“Wow!”とセリフを付け足す。
「何やっているんですか君は」
柳生は落書きをガシガシと消した。
「教えてもらえんかのうー………っていう複雑な友人の心境」
仁王はテーブルに突っ伏して鼻を啜り“比呂士ったら酷いのよー、雅治泣いちゃうっ”とブツブツ女言葉を喋っている。
「別に…………桜井くんの事は…………」
ぽそっと、想い人の名前が出る。
「桜井くん…」
きょろりと瞳を動かして、仁王は柳生を見た。
「不動峰のあん子じゃろ?」
「知ってたんじゃないですか」
ふいと柳生は顔を背ける。
「幸村と同じ病院に、あそこの部長さんが入院してるらしいね。どうりで見舞いの回数が増える訳じゃのう」
仁王は身を起こし、背もたれに寄りかかった。
「病院で彼の姿を見つけた時………目で追ってしまう自分がいました………もう一度、もう一度と……あそこへ足を運んで…………」
柳生は誘導されるように、桜井への想いを仁王に打ち明けて行く。
ストーカー?
仁王は声には出さず、口だけを動かす。
「人聞きの悪い」
「目で追うだけなんて、そのままじゃろ?」
「比呂士の好きんなった子じゃなかと?もっと自身持って頑張ってみんしゃいよ」
カラカラと笑って椅子を立ち、柳生の肩を軽く叩いて彼はテーブルを離れていった。
「…………仁王………」
もしかしたら、私を応援する為に、聞き出す振りをしたのですか?
柳生は仁王に桜井の事を相談出来なかった事を、申し訳なく思った。
病院へ続く道を、真田と柳生は肩を並べて歩いていた。今日は2人だけで、幸村の見舞いへと向かう。
「天気予報で雨が降るって言っていたのに、全然降らないですね」
「そうだな」
真田は傘を持つ手を見る。天気予報に従って、2人は傘を持参していた。
病院へ着いて、幸村のいる病室へ入ると同時に雨が降り始めた。
「雨が降り出して来たよ」
幸村は窓に手を当てて、外の景色を眺める。
そんな彼の背中を、真田はじっと見つめていた。
愛しげに。
桜井くんを見ている私の目も、こんな感じなのだろうか…
そんな事をぼんやりと思う。
「幸村くん、真田くん。ちょっと何か買ってきますね」
仲良さそうに寄り添う2人にそっと声をかけて、柳生は病室を出た。
近くのコンビにで買い物を済ませ、病院の入り口を潜ろうとすると、遠くの方から誰かが傘もささずに駆けてくるのが見える。
そう、誰か……なのだ。そう、誰かだと思いたい。
「桜井くん…」
その小さな姿だけで、彼だとわかる。
けれど君は、私の事を忘れているか、憎んでいるのでしょう。
こんなにも距離が遠いのに、どう頑張れと言うのですか?
隠れてしまおうと、足が後ろへ動く。
桜井が柳生の横を通り過ぎようとした、その時
「「あっ」」
2人同時に声を上げた。
桜井が雨で濡れたアスファルトに足を滑らせて、体が前へ倒れ込む。
柳生の持っていた傘が曇った空に浮かんだ。
反射的に、柳生は桜井を転ばせまいと、彼の腕を掴んでいた。
ザアアアアアア……
降り注ぐ雨の音が、2人を包み込む。
「あ」
桜井がゆっくりと柳生の顔を見上げる。
「ありがとう………ございま……」
感謝の言葉を言いかけた口が、開かれたまま止まった。
「あ、あんた…!」
「お久し………ぶりです………」
濡れた前髪から流れた雨が、鼻の横を通り、僅かに開いた口の中へと入り込む。
「離せよ!」
助けてくれた人物が立海の柳生だと知るや否や、桜井は掴まれているその手から離れようとする。
「濡れます。傘の中へ入ってください」
「傘って、どこにあるんだよ」
「はっ!」
柳生は地面に転がる傘を発見し、桜井を掴んだままそれを拾い、彼を中へ入れた。
「失礼……しました………」
「いいかげん離してくれないか」
桜井は柳生を睨みつける。
「買い出しですか?だったら、これを使ってください」
そんな目で、私を見ないで下さい。悲しくなります。
柳生は無理に微笑んで見せた。
「結構です」
「だ、だったら、買い物にお付き合いします」
「あんたは戻る途中じゃないのかよ」
桜井は柳生の持つ買い物袋に視線を落とす。
言葉の一つ一つに、刺がある。
「良いんです。遅い方が、彼らも嬉しいでしょうから」
「そんなのおかしい。離してくれ」
「さっ!さ、桜井……くんが濡れてしまう方が大変です……。手、離したら君……走って行ってしまうでしょう」
ふう。
桜井は短い溜め息を吐く。
「勝手にしてくれ」
「は、はい!…………します………」
柳生は桜井を傘の中へ入れたまま、先ほど入ったコンビニへと向かう。
店の中で買い物をする彼を、扉に背を向けて外で待つ。
もしもこの間に雨が止んでしまえば、あの子は逃げて行ってしまうのでしょう。
雨が降って良い事なんてあまり無かった。
けれど、今日、この時ほど、降り続ける事を強く望んだ事は無かった。
自動ドアが開き、桜井が出てくる。
「お待たせ…………しました…………」
心なしか、口調が落ち着いていた。
ずっと待っていてくれた柳生に、怒る気持ちも失せてしまったのだろう。
病院へと戻る道を歩きながら、ぽつりぽつりと2人は話し出す。
「誰か………入院されているんですか?」
柳生とは視線を合わさず、地面を見つめながら桜井が問う。
「友人です」
「そうですか………突っ込んだ事聞いてすみません」
「いえ。君の所は………部長さんですよね」
「はい………」
沈黙が走る。
車が走る音が、やたらと響いた。
「……………ウチを、憎んでいますか?」
「……………………」
「……………切原くんは、ああなってしまうと止まらない子で………本人もコントロールが出来ないようで………。彼もわかっているんですが、いかんせん不器用な子で……その………」
「だからって、しょうがないで済まされないでしょう」
桜井の足が止まった。
振り返り様に、柳生は桜井と向き合う。
「そうですね………」
「あんなプレイをしても、身内が可愛いんですね」
「はい」
率直に答える。
「責める事は誰にでも出来ます。けれど、守る事は私達にしか出来ませんから」
そう言い放つ柳生の姿は、迷いの無い堂々としたものだった。
先輩らしい先輩が橘しかおらず、崇拝に近い尊敬を彼一点に向けてきた桜井は、圧倒されてしまう。
心が、揺り動かされてしまいそうだった。
「そ、うですか…………」
ゆっくりと桜井は歩き出す。
それから病院のロビーで別れの言葉を言うまで、彼は一言も口を開く事は無かった。
病室へ戻るとそこには、石田と神尾、そして橘が待っていた。
「傘持って行かなかった割には、あんまし濡れてないのな」
神尾が目をパチクリとさせる。
「ああ、うん。上手く通って行ったから」
「そっか」
「うん」
桜井は愛想笑いを浮かべ、柳生の事は黙っていた。
その夜、柳生は仁王に携帯電話で桜井の事を話した。
“おお、よかよか。その調子で頑張りんしゃい”
「私、ちょっとお喋りが過ぎたかもしれません」
弱気になる柳生に、電話の向こうで仁王の笑い声が聞こえる。
“心なんて石で出来てるモンじゃなかよ。ゆっくりじっくり行ったらよかよ”
「そ、そ、そうですね!」
携帯を持つ手に力を込めて、何度も頷く。
自信を取り戻した柳生は、それから延々と桜井への想いを嵐のように力説し、落ち着いた時には仁王の寝息が聞こえていた。
数日後、再び幸村の入院する病院で桜井とその友人に会った。言葉は交わさなかったが、すれ違い様に軽く会釈をされた。驚きのあまり、何もリアクションが出来ぬまま、しばらく彼の後姿を眺めてしまう。
ああ、そうだ。
柳生は我に返る。
もう、目で追うのはやめたのだった。
柳生と桜井はビジュアル、怪しさ、立海と不動峰の因縁等、私的にかなり萌え所満載です。
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