私は、恋をした。



Sugar Baby Love



 学校へ行く途中、柳生は道に咲く花を見た。
 通学路に咲くこの花は、いつも綺麗だと生徒に評判だった。
 今までは、ついこの間までは、たいして興味の無いものだった。


 ああ今は、これからは、この花を見るたびに
 今度あの子にあった時に、そんな事を話せたらいいと、ぼんやりと思うようになった。


 そうして、この通学路を何度か通り、何も言えないまま
 あの時目に入った一つの花が、一枚、また一枚と花びらを落としていく。




 友人の入院している病院で、仲間達と部長の見舞いに行く、あの子の姿を見かける。
 何かを話しながら、笑う彼の顔が、焼きついて離れない。
 その夜には、あの笑顔で笑いかけてくれるあの子の夢を見る。


 夢の中のあの子は優しくて。私の事を好きでいてくれて。
 夢で何度も言った“好き”の言葉は、覚めれば挨拶さえも伝える事が出来ない。
 現実は一人ぼっちで、切ない想いを胸に秘めるのみ。


 ほんの片想い。されど片想い。
 ああ密やかな小さすぎる恋の灯火。


 彼を一目見た時、心が何かに摩擦して、灯ったこの灯火。
 私は、恋をした。
 そんな一瞬の心の揺らめきを、まだ消したくは無い。
 まだ、恋をさせて下さい。








「おはようございます」
 朝、挨拶と同時に部室へ入った柳生に仲間達の視線が集まる。
「柳生かぁ。どうしたんだよ」
「そうだ、どうしたんだ」
 丸井と柳が驚きと心配の表情を見せた。
「どうもしませんよ。ちょっとフレームを壊してしまいまして」
 柳生は眼鏡のフレームをいじるような仕草で髪を軽く横に分ける。柳生は眼鏡をしておらず、コンタクトをしていた。まだ2人は柳生をジロジロと眺め続け、あまりに見られるものだから、彼は声を上げる。
「何ですか一体」
「ん……………いや」
「ああ………………」
 曖昧な返事をして、視線をはずす。


 前々から、少し気になる事があった。
 今日、彼の素顔を見て、それは確信に近付く。


 柳生は変わった。


 どう変わったと聞かれれば、答えはまだ出てこない。
 柔らかな雰囲気がするのだ。
 今までは優しそうに見えて、どこか義務的でドライな感じがしていたのに。


「柳生」
 部誌を書いていた真田がそれを閉じ、柳生に声をかける。
「放課後、幸村の見舞いに行こうと思うのだが、お前も行かないか?」
「……………はい…………何だか照れますけど」
 決まり悪そうに耳の後ろに髪をかけて頷く。
「照れる?幸村に素顔を見せるのが?」
「えっ?…………そう、ですよ。あまり見せた事が無いものですから」
 思わず聞き返そうとしてしまうが、慌てて誤魔化す。


 この姿で、もしもあの子に出会ってしまったら思うと照れてしまう。
 そう、もしもだ。
 もしも、もしも、出会ってしまったら、の話だ。


 私の素顔を見た時、どんな顔をするのだろう?


 何を、期待しようとしているんだろう。


 もしかしたら、気付いてもらえないかもしれないのに。


 あの子に存在を気付いてもらえないかもしれない。
 そう思うだけで、心をごっそり抜かれた悲しみに襲われる。




 ずっしりとした不安と、ささやかな期待を胸に、柳生は真田と病院ヘ向かう。
 入れ違いに出て行くのは、あの子…………桜井と仲間。
 話に夢中で、前にいる人物の事など、目に入っていないようで。


 このまま素通りして欲しいと思う気持ちと
 私だと気付いてくれなくても構わない、ただこちらを見て欲しいと思う気持ち
 2つの気持ちが螺旋を描くように胸の中で舞う。


「………………………」
 すっと、糸にでも引かれるように、桜井が柳生の顔を見上げた。
 瞳は一瞬怯えたように揺れ、視線が交差する。


「………………………」
 何事もなかったように、桜井は視線を戻す。
 そうして病院を出て行ってしまった。


「柳生?」
 真田が怪訝そうに問いかける。
「どうもしません」
 軽く笑って、首を横に振った。




「………………………」
 幸村の病室へ向かう2つの背中をドア越しに、桜井は見ていた。

 あの時、交差した視線。
 真っ直ぐすぎる、想いが伝わってきた。
 気のせいかもしれない。
 自惚れかも知れない。


 あの人は、俺を好きかもしれない。


「あれ、立海の奴らでしょ?」
 仲間が問う。
「ああ、うん」
「どうしたの?」
「いや、別に」
 軽く笑って、首を横に振った。


「………………………」
 仲間…………伊武は何かを言おうと口を僅かに開く。
「………………………桜井」
 消え去りそうな声で、名を呼ぶ。
「ん?」
「最近、良く笑うね」
 橘さんがあんな状況なのにさ。
 2年だけで不安定な状態なのにさ。


 出て来そうになる言葉を、胸の中へ押し込める。


「そうかな」
「…………そうだよ…………」
 桜井、変わったかもしれない。


 そんな言葉が浮かんだ時、心をごっそり抜かれた悲しみに襲われた。







前半はタイトル通りの曲をベースに作ったお話です。どうにもならないような絶望的な片想いだけれど、誰よりも熱い想いなんかを表現出来たら良いなと。
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