砂浜に投げ出された足を、寄せては帰る波が優しく触れる。
 空と海の間に引かれた地平線をただじっと見つめて、葵は口を開いた。
「ねえバネさん…………」
「何だ?」
 その後ろで潮干狩りに勤しんでいた黒羽が顔を上げた。
「スポーツも出来て、さらに勉強が出来ればモテる事間違いなしですよねぇ………」
「ん……………まぁな」
 一瞬上を見て、黒羽は答える。
「決めた!」
 ガバッと葵は立ち上がり、砂も払わずに彼は言った。
「僕、今度のテスト気合を入れて頑張るよ!!」


 ああ、そうですか。ま、頑張ってください。


 その場にいた六角メンバーは心の中で軽く受け流す。
 そろそろ定期テストの勉強をし始めなければならない季節であった。



あおい一念発起



 オジイの家で六角メンバーは定期テストに向けての勉強に勤しんでいた。ちなみに大勢での勉強を好まない木更津はここにはいない。今年受験の3年生に負けないくらい、モテたい一年生・葵は燃えている。ただ1人の2年生・天根はマイペースに教科書を読んでいる。
 その数分後、葵はテーブルに開かれたノートに突っ伏した。
「うわ〜〜〜〜っ、わかんないよーっ、誰か教えて下さい〜〜っ!」
 上級生たちはその姿に、目標だけは一人前だが、すぐに人に頼る某眼鏡少年が思い浮かべる。
「剣太郎、見せてみ?」
 首藤が葵の隣に並ぶ。
「ここです」
「……………………そこはテストに出ないんじゃないか?」
「えーっ?」
「どれどれ」
 黒羽も葵の指す場所を見に来る。
「……………………そうだな。出ないな!」
 力強く頷いた。


「わかんないんじゃないスか?」
 天根の呟きに、首藤と黒羽の表情が固まる。


「一年の範囲わからないってかなりヤバ……」
「このダビデがっ!」
「このダビデがよっ!」
 言ってはならない事を口に出した天根はグリグリ攻撃の餌食となった。


「俺が見てやるよ」
 佐伯が葵の教科書を手に取る。
「ああ、ここは…………」
 わかりやすい説明をして、教えてやる。
「さすがサエさんですっ。サエさんってホント頭良さそうに見えますよね!」
「そうだよな、良さそうに見えるよな」
「ああ見える見える」
「頭、良さそう」
「素直に言えないのかい?」
 口々に“頭良さそう”発言をする仲間達に、佐伯が突っ込む。




「勉強はかどってますか〜?」
 樹が手作りのお菓子をトレイに載せて部屋に入って来た。
「待ってましたぁ」
 葵が逸早く飛びつく。
「樹ちゃんも勉強しに来たのに、悪いなぁ…………俺、手伝ったのに」
「サエは料理下手なので結構なのね」
「あは…そう」
 笑顔で断る樹に、佐伯はかくっと項垂れる。
「俺は得意だぜっ。やっぱ勉強だけが全てじゃないよな」
「そうだよなっ」
 ここぞとばかりに黒羽と首藤が居直りだす。
「でも学力に問題が有りす……」
「このダビデがっ!」
「このダビデがよっ!」
 再び天根はグリグリ攻撃の餌食となった。




 お菓子を摘みながら、六角メンバー−1は勉強にとりかかる。
「かなり良い点取らないと、誰も振り向いてくれませんよね〜〜」
 ノートに顎を乗せて葵は言う。
「まあ総合より一教科だけ高い方が、親しみ易さを出すかもな」
「なるほどぉ」
 黒羽の助言に、葵は感嘆の声を上げた。
「身近な実例は無いですけど、さすがバネさんですっ!」
「こいつ、シめて良いか?」
 天根、佐伯、首藤が頭の上で大きな輪を作る。出遅れて、樹も指で小さな輪を作る。


「ん?」
 自室で勉強をしていた木更津はふと顔を上げ、窓の外を眺めた。
 葵の悲鳴の声が、聞こえたような気がした。







皆、頭を良くはしたくなかった。
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