別れ
ガタン。
ガタン。
電車の揺れる音以外は何も無い、静寂な箱の中。菊丸は窓の外から見える、漆黒の景色を眺めていた。隣には樹が座っているが、言葉を交わすこと無く、ただ眺めていた。
今日はクリスマスイヴ。菊丸と樹は会い、2人で遊びに行った。だが、楽しい時間はすぐに過ぎてしまい、 今乗っているのは帰りの電車であった。
ガタン。
ガタン。
電車は揺れて、進み続ける。夜も遅いせいか、それともただの偶然か、車両には菊丸と樹の2人きり。だが、次の駅で降りて乗り換え、2人は別々の電車に乗る。一緒にいられるのは、あと数分。僅かな時であった。
「……………………………」
景色を眺めていた菊丸の瞳が、寂しさを秘めて半眼になる。別れるのが寂しいのなら、もっと言葉を交わせば良いのに、感情に飲み込まれて無言になってしまう。せっかくのイヴなのに、こんな気分で終わらせては駄目だと、頭を振り、背筋を伸ばそうとする。
「?」
何かが肩に圧し掛かり、思わず身体が傾いてしまう。横を見ると“何か”は樹であった。押し戻そうとする菊丸の耳元に、寝息が聞こえる。まだ状況が把握出来ずに、樹の顔を覗き込む。
「……………………………」
樹はぐっすりと眠っており、顔を近付けても起きる気配を見せない。
普段何を考えているかわからない彼の、こんな無防備な姿は見た事がなかった。
よく思い返せば、合宿の時などで見た事はあるかもしれないが、2人きりの時ではまずなかった。
菊丸は低く呻いた。悔しさが喉の奥に溜まる。
よりにもよって、こんな、こんなギリギリの時に、動揺するなんて。
素早く辺りを見回し、周りに誰もいない事を確認して、近付けた顔をさらに近付けて、口付けをしようとする。目まで瞑り、ドラマティックに浸ろうとした。
ガタン!
電車が大きく揺れ、車輪が擦れる音がして止まってしまう。急停止のアナウンスが聞こえ、事故では無いらしいが、待たねばならないらしい。
意識を樹に戻せば、揺れた拍子に菊丸の方が押してしまったようで。菊丸が樹に圧し掛かり、押し倒したような格好になってしまっていた。突っ伏して、樹の顔が胸に当たっている感触がする。椅子から伝わる暖房の熱が、熱くなる顔にさらに拍車をかけて、羞恥で身体が焼けてしまいそうだった。
当然、樹も目覚めてしまう。眠りから覚めれば菊丸の胸に顔を埋めており、彼もまた羞恥で身体が焼けてしまいそうだった。
「菊丸っ」
樹は菊丸を押し退け、椅子に座り直す。つい声を上げてしまい、咳き込んだ。顔は真っ赤であった。やはり、そのような樹の姿は見た事はなく、菊丸の胸は忙しなく高鳴るばかり。
「電車、しばらく止まるって」
菊丸も座り直し、意味も無く髪の毛を整えてしまう。
「そう、ですか」
息を吐き、窓の外を眺める。駅までもうすぐだったようで、夜の闇を照らすイルミネーションが見えた。後ろの窓を眺めれば、さらに眩しいイルミネーションが見える。
「菊丸、後ろ」
肩に触れ、後ろの窓を突いた。呼ばれるまま、菊丸は後ろを向く。
「綺麗ですね」
「だな」
頷き合う2人は、顔を上げて互いの姿をまじまじと眺めてしまう。気付けば、向かい合っていた。
「このまま止まってくれねぇかな」
「そうもいかないのね」
樹は苦笑した。冗談だとわかっていて、嬉しい言葉だとしても、苦さが胸に染みる。
「今年中に、また会えないかな」
椅子に置かれた樹の指を、菊丸は摘まむように掴む。
「大晦日は、会いたいのね」
「それはそうだけど、もう一回」
指を掴んだ手は手首を掴み、手を握った。
「また連絡しますから、焦らないで欲しいのね。悲しくなります」
樹の空いた手は菊丸の髪を撫で、添えるように自分の元へ引き寄せる。
視界がぶれそうになると目を瞑り、口付けを交わした。触れると同時に発車のアナウンスが聞こえて、電車は動き出し、すぐに離してしまう。駅に着く瞬間まで手を握り、別れを惜しんだ。
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