適当に寄ったファーストフード店で、不二は向かい側に座る人物へ礼を言う。
「有難う英二、助かったよ」
テーブルの上でまとめたプリントを置いて揃えた。
「ま、俺も助けられる事あるし」
菊丸は絆創膏の貼られた側の頬を決まりが悪そうに触れた。
一番
不二は夏休みの宿題のプリントを、部屋を掃除する際にうっかり捨ててしまい、同じクラスであり部活仲間の菊丸にコピーを頼んだのだ。
「珍しいじゃん。不二がそんなミスをするなんて」
「そう?昔、裕太の部屋で同じような事しちゃって、怒られた事もあるんだよ」
「ふーん」
相槌を打つ内心、菊丸は不二がさりげなく弟の話を出した事に驚いていた。弟に関して、落ち込んだ素振りは見ていない。しかし、裕太が転校する直前から今年都大会で当たるまで、あんなに出していた名をぱったりと出さなくなっていた。触れられはしなかったが、密かに心配はしていた。
今年は中学最後の年。不二は変化していき、菊丸もまた変化をしていった。
「ほんとに、助かったよ」
もう一度、不二は礼を言う。
「そんなにいいって」
「そうだ。お礼といってはなんだけど、良い情報を教えてあげる」
「なにそれ」
大きな瞳を瞬きさせる菊丸の視線の先で、不二の元から微笑んでいる口元がさらに笑みを作り上げる。
「今月の31日、樹くんの誕生日だって」
「ああ、そう」
素っ気無い返事とは裏腹に、菊丸の頬に赤みがさす。樹の名を出され、顔が熱くなった。
「やっぱ、知らなかったんだ。何かしてあげたら?」
「何すれば良い?」
「え?」
「わっかんないよ」
テーブルに肘を突き、頬杖をかいた。視線を逸らし、口を尖らせる。
「六角の奴らに祝われているだろ」
あれ?拗ねてんの?不二は菊丸が見ていないのを良い事に苦笑を浮かべた。
「あいつが何すれば喜ぶかなんて、わかんないよ」
両腕を置いて、突っ伏す。
「どうしたら、一番になれる?」
「一番に、なりたいんだ」
不二の声が上の方から聞こえた。
「あったりまえだろ」
自惚れに満ちた傲慢な言葉のはずなのに、その声は悲しみを含む。
「一番好きな人に一番好きなものを貰っても、一番良いものに感じる保障なんてどこにもないよ」
伏せた暗闇の中で、不二の声が降る。
「心なんてどうにでもなるかもしれないけど、どうにもならない時はどうにもならないよ」
でも。彼は続けた。
「伝わるかもしれない」
消えそうな、呟きであった。
「………………………」
菊丸はゆっくりと顔を上げ、座り直す。なんとなく髪を撫でて整え、息を吐いた。
「変な事言って悪かった」
「ううん。面白い事聞けたし」
不二は変わらぬ笑顔で手をパタパタと振ってみせる。
「いっそ、そのまま伝えたらどう?」
「出来る訳ないだろ」
「どうして出来ないの?一番だから?」
「………………………」
菊丸は答えない。不二はただ、笑っていた。
店を出て不二と別れた後、人気の無い通りの壁に寄りかかり、携帯電話を取り出す。
メールの画面を開いて、送り先に入れるのは樹のアドレス。
内容に打ち込まれるのは、誕生日に関しての事。
今、お前が一番欲しいもの、何?
「んっ」
咳払いのように、低く呻いて“一番”の文字を消した。
けれどもまた入力して、ひらがなを漢字に変換させ、何度も変換を繰り返す。
そうして、また二文字を消した。
指は送信を指示するボタンで止まっていた。
伝えぬまま、送るのか。
どうする?
どうする?
心は自分へ問いかけ続ける。
「あーあ」
一人落胆の言葉を吐き、送信した。
がっかりしたのは、他でもない自分自身。
数分後、返信が届いた。
菊丸が、くれるものなら。
具体的に言ってくれないと、困るだろ。
文字を見るなり、心の中で突っ込んだ。
しかし口の端は僅かに上がっていた。
だが同時に、胸を締め付けられるような感触。
苦しかった。
菊丸は断固、樹ちゃんの誕生日を知らない派で。
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