俺と君は付き合いが長い。
君が好きなものを知ってる。
君が嫌いなものも知ってる。
君の喜ぶことも知ってる。
君の悲しむことも知ってる。
少なくとも、他の人たちよりは君の事を知っているつもりだ。
それなのに、なぜだか焦る俺がいる。
一番
8月の終わりの夜、佐伯は樹を手近な公園へ呼び出した。
「樹ちゃん、樹ちゃん」
樹の姿を見かけると、佐伯はベンチから立ち上がり、彼の元へ小走りで駆けていく。待ち合わせの10分前に来て待っていた。
「こんばんは、サエ。一体どうしたのね」
「うん、ああ、こんばんは」
のんびりとした口調で挨拶をする樹に、佐伯は遅れて挨拶をする。心なしか、彼の口調は早い。
「こっち座って話そ」
佐伯は樹の手を引いて、先ほど座っていたベンチへ誘導する。
声は明るく、強引だが、なぜだかはしゃいでいるようには見えなかった。
「それでサエ、なんですか?」
座ると樹は問う。
「ええと、これ。これだけど」
佐伯はベンチに置いてあった鞄を膝の上に乗せた。
暗い中、少しだけ離れるにしても荷物を置いたままにするのは、無用心だと樹は思う。
「ああその、違う。その前に」
手を合わせて置いた後、佐伯は樹の方へ向き直る。彼は笑っていた。けれどもへらへらとした、彼らしくない笑顔であった。
「樹ちゃん、誕生日おめでとう」
「…………え?……有難う」
佐伯の言葉に一瞬固まるが、樹は素直に礼を言う。しかし、彼は続けた。
「でも」
「………………………」
笑顔のまま、佐伯は固まる。
「俺の誕生日、明日ですよ?それに……明日はオジイの家で集まる事になってますし…………」
樹はこの先の言葉に詰まった。
どう言えば良いのかわからないのだ。
「わかってるよ。樹ちゃんの誕生日、明日、だって。意味……ないよね、そんなの」
「そんな事は」
「それに」
佐伯は強めの声で樹を制止させる。
「抜け駆けした」
置かれた手に汗が滲み、ズボンで擦って拭う。
樹と顔を合わせるのが辛くなり、視線を落とした。
「ただ一番最初に祝いたくて。日が変わった時直後にメール出そうと思ったけれど、それでも。だから、今日だったら絶対一番だって、そう、思って。よく考えれば変な事なのに、単純な事に気付かなくて」
ただ、一番が良かったのだ。
ついこの間までは皆と一緒に祝えれば良いと思っていたはずなのに。
なぜだか心が焦るのだ。地位とでもいうのか、この場所を譲りたくない一心だった。
仲間を裏切ってまで、何をしようとしていたのか。そう、これは裏切りだった。
一番になりたい。そう考えていた時、何かが麻痺をしていたか、抜け落ちていた。思い返しても、自分の事なのに心境が読めない。狂っていたのだろうか。わからないのだ。
「樹ちゃん……俺はね…………」
「サエ、もう良いのね」
肩にそっと置かれる樹の手。夏の暑さとは別の、人の温度がじんわりと伝わる。
佐伯は顔を上げて樹を見た後、また視線を落とした。鞄の開け口を押さえ、一人頷く。
「この中身、やっぱり明日渡す事にするね。ごめんね、呼び出したのは俺なのに」
「サエがしたいようにすれば良いのね」
「…………………ん…」
何かが込み上げて、返事をするしか出来なかった。
ベンチを立ち、2人揃って公園を出る。
雑談を交わし、2人共通の帰路を歩く。
夜は静かで暗く、お互いの気配しか感じない。
やがて別れの道へ着くと、別れの言葉を交わした。
「じゃあ、また明日会いましょう」
樹は軽く、手を上げる。
「また、明日ね」
佐伯もつられるように手を上げた。
別々の道を歩き、2人は別れる。
「………………………」
不意に立ち止まり、振り返る佐伯。当然、誰もいない。
この時、何を思ったのかは佐伯自身にも表現出来なかった。
2人きりの時はサエさんの方がメソメソしていても良い。
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