オジイの家の横にある簡易コートでテニスをする。
あの頃はそれが本当に楽しくて。
夢中でラケットを振っていた。
ずっと、いっしょ
「樹ちゃんっ。こっちこっち」
幼い佐伯はラケットを上げて、彼より少し背の高い樹を誘う。
「はーい」
樹は上手いように佐伯へボールを放つ。
「サエ、お願い」
「うん」
今度は樹が佐伯へボールを送る。
息を切らし、疲れ果てているはずなのに、口元は嬉しそうに笑っていた。
日が暮れてくるとオジイが帰宅をするように促す。
ラケットを大切そうに持って、共通の帰り道を佐伯と樹は並んで歩いた。
「今日もすっごい楽しかったね!」
佐伯は満面の笑顔を樹へ向ける。
「楽しかったのねー」
樹も笑ってみせる。
「俺、樹ちゃんとテニスするの一番楽しい!対戦するのも、ダブルスも」
ラケットを持ち直し、抱き締めて言った。
「樹ちゃん、中学は六角でしょ?」
「うん」
「俺と樹ちゃんとバネと亮と淳と聡でガンガンに勝とうよ。それで、優勝っ」
「まずレギュラーにならなきゃならないのね」
樹の話の腰を折るような発言も気にせず、佐伯は目を輝かせて将来を話す。
「俺たちなら絶対なれるって。部長は俺、副部長は良いや」
「部長、バネがなりたいって言ってたのね」
「えー?樹ちゃん、俺に一票入れてよ」
「まだ先の話じゃないの?」
「そうだけど。ねえ樹ちゃん、明日も来るでしょ?」
唐突に明日の予定を問う。
「来るのねー。あとバネが誰か連れて来るらしいよ」
「誰?」
「知らない」
「樹ちゃん、バネと話しすぎ」
佐伯は歩調を速めて樹の前を歩き、後ろを向いて彼を見た。
「サエ、そういう歩き方は危ないよ」
「だぁいじょぶだって。ととっ」
躓きそうになり、前を向いて樹の横に再び並んだ。
「ねー、高校になっても一緒にテニスしようよ」
「がってん」
「大人になってもしよ。結婚しても、しようよ」
「結婚したら、オクサンを大事にしなきゃ駄目なのね」
「オクサンがいても、コイしても、俺は樹ちゃんとテニスするのが一番だよ」
「俺も同じ。サエとのテニスが一番なのね」
「じゃあ、そうしよう。ね?」
佐伯は手を差し出し、握手を求めた。
樹も手を伸ばして、二人は手を握る。
「そーだ。明日、俺の誕生日なんだ」
「おめでとー」
「だから、明日だって」
「何か欲しいものある?」
「さっきも言ったけど、樹ちゃんとテニスがしたい」
「じゃあ、絶対に来ないといけないのね」
「うんっ。絶対に絶対だよ」
握手は解かれ、指切りへと変わる。
あの頃の約束は、それからも続いた。
佐伯の誕生日には、樹の二人でテニスをした。
今日は佐伯虎次郎の十五歳の誕生日であった。予定が組み合わず、日もすっかり暮れた浜辺で二人はラリーを行う。
あの頃よりも、ずっとテニスは上達して。あっちだのこっちだの言わなくても、相手のボールがわかるようになった。ラリーが続くように打たれる、相手を思いやった返球。ただ無言で打ち合っていた。
あれからもう何年も経って、色々変わった。本当に、色々なものが変わった。
けれども、この約束は変わらないままだった。
打ち合いを終わらせるのも、なんとなく合図がわかり、転がったボールを佐伯が拾う。
「はぁ……」
汗をびっしょりと掻いて、二人は肩で息をしていた。
疲れ果てている中で、佐伯は樹に笑いかける。
「楽しかったよ、樹ちゃん」
「俺も楽しかったのね」
樹も笑顔で答えた。歩み寄って、手を合わせる。パンッと、良い音が鳴った。少し痺れるが、それも心地が良い。
「俺、俺ね。樹ちゃんとテニスすんのが、一番好きなんだ」
感情が高まっているのか、なぜか泣きたくなる。声もどこか上擦っていた。
「俺もなのね」
同意してくれる樹に“ホントに?”と言う疑いが頭を過ぎる。
この想いまでもが変わってしまうかもしれない危機感なのだろうか。いつまでも変わって欲しくないから疑うのだろうか。
もしも樹の心が覗けたのなら。いや、やめておこう。佐伯は一人、首を横に振る。
「ねえ樹ちゃん。お願い、良いかな」
「サエの誕生日ですもんね。何でも聞くのね」
腕をだらんと垂らし、佐伯は願いを言う。
「抱き締めて」
「ええ」
樹は快く受け入れて、躊躇う事無く佐伯の背に腕を回し、彼を抱き締める。力を抜いてもラケットは持ったまま、佐伯は樹の肩口に顔を摺り寄せ、埋めた。
夏は終わっても、身体を密着させれば暑さが込み上げる。汗が滲んでベタついても心地が良かった。
大好きな浜辺に立ち、大好きな樹がここにいる。これが一番の幸せで、今幸せなのだと、佐伯は思う事にした。
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