関東ジュニアオープンを目指す彼らのテニスは、夏を過ぎても続いていた。



記念日



 練習を終えて逸早く更衣室に着いた菊丸が、二番目に樹が入ってくるなり声をかけた。
「樹っ」
「え?は?はい」
 いきなりでは樹も驚く。
「なんなのね」
 扉を閉め、話を聞こうと歩み寄る。
「今日。なんの日か知ってる?」
「今日?」
 上を見上げて思い出そうとした。
 今日は確か、10月15日。これといって何も無い日である。
「何かありました?」
「ある事がわかったんだよ」
 強めに言う菊丸の頬には赤みが差していた。
 けれども樹は彼の変化には気付かず、何をそう熱くなるのかと怪訝な顔つきである。


「お前と、お、お、俺の。俺の」
 勝手に赤面をして、目を逸らす。
 照れる彼は彼で愛しいと思うのだが、もたもた時間をかけるのはどうにかして欲しかった。
「…………………日…………」
 小さ過ぎて聞こえない。
「聞こえなかったのね」
「樹と俺の真ん中の誕生日なんだよっ」
 樹を見据えて肩を押さえ、逆ギレを起こしたかのようにムキになって言い放つ。
「ふーん」
 予想以上に樹の反応は薄い。
「もっとこうさ、喜ぶべき事じゃにゃい?」
「お前、記念日にこだわるタイプだったんですか」
 今度は樹が顔を背ける。まるで笑い出すのをこらえているように。
 顔を戻して冷静に言う。
「そもそも。俺は菊丸の誕生日を知りません」
「言ってなかった?」
 こくっ。無言で頷く。
「俺は11月。覚えておけよっ」
 日にちも言ってくれ。
 今日の菊丸はなぜだか抜けている。浮かれているのだろうか。


 話を終え、背を向けて着替えようとする菊丸に樹は肝心な用件を問う。
「それで、真ん中の誕生日だと何かあるのね?」
 ロッカーを開けようとした菊丸の身体が手を伸ばした形で止まる。
 答えない彼の背に樹はそっと寄り添い、回される腕。布擦れを起こしながら締まっていく。
「言いたかっただけですか?」
 耳元で囁いた。
 震えと心音が菊丸の中で重なる。
「おい」
 手が身体に巻き付いた腕を捉えた。
「誰か入ってきたらどうするんだよ」
 チームのメンバーは二人だけでは無い。コートにいる残りのメンバーに入られては見られてしまう。
 やんわりと剥がそうとするが、動いてはくれない。
 身長はさほど変わらない二人。けれども力は樹の方が上だろう。本気の本気を出せばどうにかなるかもしれないが、そこまでの事態ではない。
「入ってきたって俺の背中しか見えないのね」
 樹は喉で笑って後ろから頬を摺り寄せてくる。
 悪乗りのような、からかわれるままに、抱きすくめられて菊丸の顔は耳まで赤く染まってしまう。
「やめろって。馬鹿」
 惚れた弱みか。叱咤の声は細く、弱々しい。
「今日は特別な日なんでしょう?」
 菊丸が愛おしくて、可愛くて、つい意地悪をしたくなる。
 密着する回した腕を上へ持っていき、開いた手の平が心臓のある場所に触れた。ドクドクと早鐘のように鳴っているのを感じる。ドキドキしてくれるのが嬉しくて、指を一本、ウェアのボタンの隙間に差し込んだ。
 素肌に触れた後、引き抜いてボタンを一つはずす。もう一つはずすと、布が引っ張られて間から鎖骨が覗く。
「ん」
 首筋に唇を押し付けて、吸い付ける。その次に耳の後ろを舐めて、溝に舌を這わせた。
「……ん…っ………」
 菊丸は反応して、喉を鳴らす。
「だから。駄目」
 制止を無視し、うなじに舌を付けて線を描くように舐め上げてみせる。
「駄目……駄目………駄目だって」
 耐え切れないのか、僅かに前に屈もうとするのを樹は見逃さない。


「駄目とは言ってない気がするのね」
 空いた手を下腹部へ滑り込ませた。
 スパッツの締め付けでわかり辛いが、中を探れば正直な反応を伺える。
「マジやめろっ。今すぐやめろ。ホントにまずいから」
 痺れを切らした菊丸は強引に樹の腕を引き剥がし、彼の方へ向き直った。
 不機嫌さを露にするが熱は治まらず、肌蹴た胸元が薄っすらと染まっている。乱れた衣服を直す仕種にいやらしさが漂う。
 まずいのは世間体なのか、それとも自身の身体か。問えば本気で怒り出しかねないので樹はやめた。
「なに考えているんだよ」
 咳払いをし、腕を組む菊丸。
「なにって。お前可愛いですから」
 悪びれた様子も無く、樹は後ろで手を組んでくすくすと笑う。
「あのなぁ」
 未だに樹の思考回路はわからず、物が言えない。
 可愛いと樹が言うなら、菊丸の方も同じであった。
「開けられても、樹の背中しか見えないんだよな」
「?」
 突然言い出す菊丸の言葉の意味を理解する前に、彼が近付いて唇を押し付けてくる。離すと後ろへ下がり、後ろで手を組んだ樹と同じ体勢をとった。
 色気の無い口付けであったが心を十分に動かし、樹の頬は赤らんだ。
「………………………………」
「………………………………」
 お互い、はにかんだ顔で見詰め合う。交わす言葉も無く、ただ見詰め合う。


 その後すぐに仲間たちが入ってきて、素知らぬ顔でそっぽを向いて制服に着替えた。







最強チームは時系列不明なので10月もテニスやっているって事で。
樹にデレデレな菊丸が書きたかった。真ん中バースデーで何かやりたかった。ええそれだけですよ。
Back