ボーダー
改札口を、切符を入れて通る。その先に待つ相手と目が合うと、菊丸は顔を上げた。
相手――――樹は柱に寄りかかり、軽く手を挙げる。
菊丸が樹の横を通り過ぎようとすると、樹は彼の隣に並んで歩く。
雑談を交わして行く先は、適当にゆっくり出来る公園であった。
菊丸は会う度に思う。なんでこんな事をしているのだろうと。
樹と出会った頃は苦手で、けれどもいつの間にか満更ではなくなっていた。好意を示された時も、ああそうかと大して動揺はしなかった。まるでそうなる事がわかっていたかのように。樹に好かれているのは知っていたのだから。
だがどうして“イエス”と答えたのか。
嫌いではない。樹との気持ちはつり合わない。
己の本意なのに、見えないままであった。
好意が友愛ではないなんて、知っているのに。今こうして会う行為は“デ”の字がつくものとして、呼べるかもしれないのに。
わっかんねぇな。
首の後ろに手を当てて、息を吐く。
「どうしたのね」
樹は瞬きをして菊丸の瞳を覗き込んだ。
「別に」
視線を避けるように適当なものを眺める。
「着きましたよ」
「ああ」
気付けば公園の入り口に来ており、慌てて相槌を打つ菊丸。
二人は奥の方へ進み、屋根つきベンチのある場所で荷物を置いて腰をかける。人気はなく、静かな場所であった。
空は赤から紫へと色を変え、もう少し時間が経てば黒に染まるだろう。
会うのには時間も金もかかる。空を見上げるたびに、リスクが脳裏を過ぎるのだ。
「菊丸」
「ん?」
樹は話題を振り、聞く菊丸の表情は穏やかであった。
ベンチには余裕があるのに、身体を密着させていた。日は暮れても暑い季節だというのに。
会うといっても、二人で話をするだけ。
こんなのは友達と変わらない。
では友達とは違う条件はなんだろうか。
友達とは異なるという軌道が曲がり続ければ、どうなるんだろうか。
良いんだろうか。そんな事。
樹と会う度に、菊丸の頭の中はぐるぐると考えが回りだす。
疑問は己の胸の内で掻き回すしかない。誰にも言えないのだから。
時間が経ち、暗くなった空を眺めて気落ちする。もう、帰らなければいけない。あーあ、という呆気なさ。
「樹」
名を呼び、彼の方を見て“帰ろう”と言おうとした。
「…………………………」
だが菊丸の首は動かず、口は薄く開いたまま停止する。
樹が頬に押し付けるように顔を寄せてきたのだから、動くはずが無い。
何か、頬についた。
それを離れた後で、遅れて認識する。
無言で樹を見ると、彼は無表情で視線だけを避けていた。
「そんな気分だと思ったのね」
声の色が、僅かに異なる気がした。あくまで、なんとなくではあるが。
わかるようになるまでの時間は経っていると思いたかった。
「ん」
そんな樹の横顔に、菊丸は顔を寄せる。彼の髪が頬に触れると、すぐに離した。
友愛でおさまりそうな範囲から外へ樹は踏み込み、菊丸もまた踏み出した。
これで、お互い様になったのだ。
触れた時、心の中で巡らせていたものは、ふらふらと彷徨い続けるだらしのない遠回りであったと、やっと自身の想いを認めた。
「嫌じゃなかった?」
逸らしていた樹の瞳が、菊丸の方を向く。
「なんで」
「振られるの、覚悟だったから」
「ごめん」
俯くように詫びる。はっきりとしない態度は、樹には丸見えだったらしい。
迷いは菊丸だけの問題ではなく、樹を傷付けていた。
「俺さ」
顔を上げ、出来るだけ明るく言おうとするが、声は掠れて途切れた。
「あのさ」
距離を縮め、息がかかりそうになるまで近付く。
手の平からは汗が滲み、熱くなる顔と胸を内側から叩く鼓動は、別の生物とさえ思えた。
目を硬く瞑り、樹の口に菊丸は唇を押し付ける。
ずれたかもしれない、下手かもしれない。
心の中で樹に“好きだ”と何度も告げた。
Back