三月下旬の春休み。桜でも見に行こうと樹が言い出し、場所は菊丸が決める事になった。
 東京の花見に適した公園へ、二人は出掛けた。


 晴れた心地の良い日差し。
 丁度花開いた桜が桃色に染め上げる。
 公園には彼らと同じ理由で来ただろう人が結構いた。


「綺麗だな」
「綺麗なのね」
 桜を見た感想は有り触れた当たり障りの無いもの。
 本当に綺麗なもの程、言葉は単純になってしまう。
「四月になったら高校かー」
 木を見上げたまま、菊丸は呟く。
 中学を卒業した二人は、四月から高校生になる。
 高校に入っても菊丸は東京、樹は千葉と距離は変わらない。特に菊丸は付属校なので進学という意識は低い。だが制服など要る物を揃えるのが意外と慌ただしく、やはり中学とは違うのだと思わされる。


 急に菊丸は反射的に横に動いた。自分の方へ樹の手が伸びてきたからだ。
「なんだよ」
 向き直り、言い放つ。
 樹は菊丸の避け様に目をパチクリさせるが、表情を変えずに答える。
「お前の肩に花びらが付いていたので、落とそうと思っただけです」
「そういうのは言えって」
 バタバタと彼は肩を叩いて花びらを落とす。
 菊丸の不意打ちの嫌がり様はなかなか変わらない。
 言わないから面白いのだという内の思いは胸に仕舞った。


「ええと……そう、ここはしばらく来ない内に変わったな」
 軽く咳払いをして、菊丸は別の話を切り出す。
「皆、変わるものなのね。大きく変わる前に、また来ましょう」
「え、あ、ああ。そうだな」
 約束の言葉に、どもりそうになりながら菊丸は頷く。
「あー、今日は暑いわ」
 背を向け、上着を摘まんで空気を送った。
 そんな菊丸の姿を見ぬ振りをして、樹はまた上を見上げ、桜を眺める。
 心なしか彼も今日は暑いような気がした。







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