買い物
関東ジュニアオープンへの練習中、リーダーの黒羽が“あっ”と声を上げる。
「ボールが足らねえ」
軽く額を叩き、苦い顔をした。
「あー……済まない」
詫びながら仲間を見渡し、その中の一人と目が合うと手招きする。
「樹ちゃん」
「はい?」
呼ばれて小走りで駆け寄る樹。
「悪いけど、ボール買いに行ってくれ」
「わかりました」
頼み事は同じ学校、同じ学年の樹が一番言い易い。まだチームは結成して日が浅いせいか、些細なものでも少なからず勇気がいる。彼は快く引き受けてくれた。
「そうだ、一人じゃなんだし。もう一人」
気が楽になったのか、次は指名がし易くなる。
「菊丸、行ってくれ」
「えー俺かよ。ま、良いけどさ」
露骨に嫌な顔をされるが、引き受けてくれた。
こうして樹と菊丸はボールを買いに行く事になった。
樹は練習場の入り口まで歩くとそこで立ち止まり、後から付いてくる菊丸を待つ。
「先に行っていても良いって」
「そういう訳にはいきません」
だって、と樹は付け足した。
「俺、店の場所わからないのね」
「なるほど」
意味を理解した菊丸は先に外に出て、その後ろを樹は追う。順番が逆になった。
ここは東京、千葉から来る樹には例え買い出しでも手探りである。
「頼りにしてるのね」
「やめろよ、そういうの」
菊丸はジャージのポケットに手を入れて、口を尖らせた。樹といると、どうしても調子が崩れるのだ。
「こっち曲がるぞ」
振り返り、行く方向を指差すが、樹は見当違いの方を進もうとしていた。
「そっちじゃないっ」
慌てて腕を引っ張り、正そうとする。
「すみません」
謝る樹だが顔は笑っており、反省の色が感じられない。
菊丸は胸の内からイライラが込み上げるのを感じた。
早く終わらせたい。店へ着くと手早く買い物を済ませ、帰路を歩んだ。
「菊丸…………怒ってます?」
樹は隣に並んで、菊丸の反応を伺ってくる。
「ただお前が苦手なだけ」
きっぱり正直に言い放つ。
「ふーん。でも俺は結構お前の事、好きなのね」
落ち込むかと思えば、そんな事は全然無かった。反対に好感を抱かれてしまう。
「だからさ!そういうの嫌なの!わかる!?」
横へ跨ぐようにして離れる。
「お前、楽しい奴なのね。見てて飽きません」
「飽きろよ!」
早歩きで進み、最後の方は駆け足になっていた。
そんな彼の背を、樹はのんびりと眺め、歩いていた。
練習場へ戻って来た樹は、黒羽に買い物袋を渡す。
「はいバネ。買ってきました」
「二人とも早かったな。樹ちゃん、道わかったか?」
黒羽は二人を送り出してから、地理の詳しくない樹を行かせてしまった事を早計だったと心配していた。
「菊丸が知っていたのね」
「そうか、良かったな」
安堵の息を吐く彼は、ある事に気付く。
「樹ちゃん、嬉しそうだけど何かあった?」
「好きな奴とテニスをするのは楽しいのね」
「ん?そうだな」
相槌を打つが、誤魔化された気分だった。
勝手にツンツンする菊丸と、マイペースな樹。
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