それは何気ない雑談からの発端だった。
青の世界
黒羽と桃城は気が合い、全国大会が終わった後もメールのやり取りをしていた。
この日はなんとなく声が聞きたくなり、部活の終わりに桃城は携帯の電話機能を使う。
受話器から聴こえてくる黒羽の声は、普通に話す時よりもやや低い。少しだけ違う音量に、少しだけ緊張に似た胸のざわつきを感じた。
会話の内容は部活の事と、学校の事。あと黒羽は海の事をよく話してくれた。
不意に桃城は顔を上げ、無難な天気の話題を出す。
「バネさん、今日は良い天気ですね。今週はずっと晴れらしいっす」
そうか。じゃあ海も荒れないで良いな。
黒羽はすぐに天気と海を繋げるものだから、つい口から出てしまった。
「海ってそんなに良いですか?」
どちらかというと桃城は山派であった。海も好きは好きだが。
もしかしたら海に嫉妬をしていたのかもしれない。そうだとしたら、あまりにも情けないので理由を突き詰めるのはやめた。対して黒羽の反応はというと。
桃城。お前は何もわかってない。海は良いぞ。海はな…………
海の良さを説いてくるのかと思えば、なかなか途切れた言葉の続きが返って来ない。
電波が悪いのかと確認すれば、良好であった。続きは突然の大声で戻って来た。
説明は面倒だ!来い、桃城!!
「は?え?バネさん?」
意味がわからず聞き返す桃城。
いいから来るんだよ!
千葉へ来いと誘われているのだと、桃城はやっと察した。断る理由も無く、次の日曜日に千葉へ出掛ける事になった。当日の天気は当然のように晴れ渡り、真っ青な空の下、二人は再会する。
自転車で待ち合わせ場所へやって来た黒羽は、後ろに乗れと桃城を促す。彼が乗り、腰に腕を回して掴まると走り出した。
「いやっほーっ!」
爽快さに思わず桃城は声を上げる。
自転車は風を切り、夏の暑さを抜けきっていない気候には丁度良い涼しさだ。海はすぐに見えて来て、太陽に照らされキラキラと輝いている。海の青と空の青が溶け合い、美しさに桃城はしばし見とれそうになった。
「桃城、下りられる所へ回るから、しっかり掴まっていろよ」
「わかったっす」
回す腕の力をよりこめる。
「おいっ、そりゃ苦しすぎる。緩めてくれ」
「はーい」
さすがにきつかったようで、黒羽はむせた。
道を大きく回り、道路から砂浜へと下りて自転車を止めた。
「ほら見ろ、綺麗だろう海は」
どうだとばかりに胸を張る黒羽だが、肝心の桃城は靴の中に入った砂を出そうとしている。
「そんなのは後で良いんだよ、ほら」
景気良く桃城の背を叩き、前を向かせた。
靴を置いて、間近で見る海はより一層壮大であった。
「ここへ来るまでにも見えましたけど、凄いっす」
「だろ?最高の海だ」
「バネさんは本当に海が好きなんですね」
「あったりめえよ」
海を見据えたまま、笑う黒羽。その表情は彼が言う海と同じ、最高のように見えた。
「なんか……悔しい」
「おい、どうした」
桃城の呟きに黒羽は振り向く。桃城も彼の方を向き、つまらなそうな表情をしてみせる。
情けなくても幼稚でも構うものか、桃城は思った事をぶちまけた。
「だって海はバネさんを夢中にさせて、俺よりもずっと前から知り合いだし。俺も海だったら良かっ」
「馬鹿野郎!」
途中で遮り、黒羽は咎めた。
「海はなぁ、海だったらなぁ、お前を自転車に乗せる事も出来ねえんだぞ馬鹿野郎!テニスで会う事も無かっただろうよ!俺はそんなの許さねえぞ!」
「バネさん……すみませんでした」
謝り、俯く桃城。しかし、黒羽は彼の肩に手を置き、頭を上げさせようとする。
「俺も強く言い過ぎちまってすまねえ。なんだか悲しくなってな。桃城と見る海も、最高にしたいんだ」
「バネさん」
見上げる桃城は調子を取り戻し、元気に笑って見せた。
「………………………………」
「バネさん?」
「ん?ああ、なんでもねえ」
頷き、相槌を打つ。
良い笑顔だと、つい見入ってしまった。
手を下ろした黒羽と桃城は、海へ向き直る。眺めたまま、ぽつりぽつりと言葉を交わした。
「そういやあよ、会うのは随分久しぶりだな」
「そうですね、大会以来でしたっけ」
「そうだそうだ。あんまり離れている気がしなかったんだよ。不思議とな」
可笑しいだろ?黒羽は声を上げて笑う。
「奇遇っすね。俺もそうでした。繋がっている気がしたんです」
桃城も喉で笑った。
「俺もだ」
その一言に笑い声はおさまる。沈黙の中に波の音が揺らめいていた。
お互い大好きな感じに。
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